きつねはち
「ほら後輩ちゃんも飲んで飲んで!」
はぁ、と生返事をしながら目の前で注がれるビールに私は溜め息。何杯目なんだろう……これ。ジンジャーエールも追加して、後でシャンディガフにしてゆっくりと飲もう。ジンジャーエールとビールを合わせると甘めのカクテルになって飲み易いのです。
私にビールを注いだ人は、もう別のテーブルでお酌しながら談笑していた。その凄い速さに驚きながら、私はおつまみのサラダを食べて時計の針とにらめっこ。時間が過ぎるのを待った。
「ごめんね~、私はまだ付き合いあるからー」
なんて言いながら先輩は笑顔で、まるで夜の蝶の様に軽やかに去っていった。うーむ。同性ながら女性って凄いなんて思ってしまう。
営業の先輩に、数合わせをお願いと頼まれ、取引先との飲み会に来ていました。気を使い過ぎて、酔えもしなければ、楽しくもなかった。
まだ時間も早いからと、都会のビル街を散策。うちの近所と違い、ハイクラスなビルが立ち並び空も遠くに感じる。と、そんなビルの合間に神社が。
去年建て直したばかりだという建物は、金ぴかで綺麗。ビルの明かりを反射してまぶしい位。時刻はまだ宵の口。ちょうど人の流れが途絶えてひっそりとした佇まいは、霊験あらかたというよりは、圧倒されそうな感じ。
折角だからと参拝していたら、頭に軽く何かが乗っかる気配。手を伸ばすともふもふしてる。――まさか……。
「おや、お嬢さん。上着が逆になっていますよ」
他の参拝客の方から教えてもらって恥ずかしさで顔が熱くなる。慌てて裏返しの上着を戻しながら、確か服を逆にしていると【あれ】が寄ってくると聞いた事があるのを思い出していた。
「というわけで、これ狐ですよね」
駅からの帰り道に、ぐだり狐さんの神社に寄り道。提灯の明かりがついていたので、大丈夫かなと思ったら、まだ起きてらした。
そして私を見るなり首をひねる。ひねり過ぎて、真横になりそうな状態で視点は私の頭の上へロックオン。
「うーん……。これは懐かれたというかなんというか。しかしここまでとは……」
うなるばかりのぐだり狐さんの頬っぺたを引っ張って、身体を真っ直ぐに戻す。ようやく視線を合わせてくれて話し始めた。
「新人ですね」
一言で済んでしまった。
手を頭の上に伸ばすと、もふもふが動いて私の手にスリスリしてくる。見えないけど、可愛い。このままで大丈夫なのかな。
「うーん。元の神社に帰るなら、帰るんでしょうが、特に害を与える事も無いと思いますし、恐らくはー……」
初めての事態らしく、また首をひねって顔が真横になりそうだ。
「何かあったら、連絡しますね」
と、大分前に頂いた濡れてしわくちゃの名刺を取り出す。ぐだり狐さんが、あわあわ言って新しい名刺を取りに行こうとするのを止めてさっさか帰る。
――だって、これがきっかけだもん。私の記念品だもん。
思わずにやける顔。何だか熱くなる顔。頭上の狐が、眠そうに鳴いた。
実際にとある神社が、ビルの合間にぴかぴかと佇んでいます。光輝く様は強かったです。