秘鎌・大勾月<平・敦盛登場>
綺子が反対側の脇腹に添えた拳に肘を突いて腕を立て、薄っすらと微笑みながら響と板額の戦闘の決着に頷く。
「元気ちゃん、上品そうだけど絶対別の事考えてる」
「カツ丼の衣あるやんか」
「そりゃあるよ」
「衣丼ええな」
「そんなんあるの!?」
「あのな、カツ丼の衣って、ふやけてまうやろ。それをな、追加の衣後乗せで別料金貰うねん」
「サクサクだ!!」
「で、衣だけの衣丼も、お安くお品書きに入れといて、話題をさらったるわけやねん!」
「元気ちゃん!天才や」
「よーし!あのスケ番はもう雁字搦めだ!関節が極まって、勝負はついたぜ!」
「快勝やー!」
「響くん、すごーい!」
(どうですか?周くん!僕の戦い方は!)
(やるな!響)
周と一瞬見交わした響とが、唇を硬く結んだまま互いの心の中に燃える熱い炎を感じ取っていた。
響が板額の元へと、重硬で滑らかな音を立てながら、スケート靴で砕けた氷上を踏み歩く。
「最後の種明しです」
「ぬぬぬ」
「あの気体の正体。ぼくは、細片と粉として散布したガーネットのコットンムートン効果で増幅させた、光の複屈折を起こしていました。ガーネットの宝石としての特徴を活かして、この場に豊富に舞っている、花びらと氷片に錯視させていたというわけです」
「ふっ、響の野郎、薄氷の戦いと思わせつつ、端から盤石だったって訳か」
(ふふっ響!見させて貰ったぜ!お前の男気ってやつをよ!あの並の奴なら身も凍らせるような恐怖の大鎌使いと敢然と戦って、あんな風にあしらっちまうとはな!!)
響が板額に顔を寄せて囁く。
「ぼくと貴女との関係性だと、頚動脈を切るべきところですが、これは喧嘩」
板額が、響の視線から逸れた聖鎌に、尚も手を伸ばす。
響は忍者刀の峰で、板額の聖鎌を弾き飛ばす。
「女の命を頂いて、終わりとしましょう」
響が忍者刀で、板額の横髪を一房切り取って風に蒔くと、南淡高校の番格達がスケートリンクの塀を越え始めた。
「いてまえーっ!」
周が腕捲りをしながら、スケートリンクの塀を飛び越える。
「おうおう、面白えな、やろうってのか!」
「シュウ!やってまえ!」
「そこまで!」
両陣営の間に、小柄な生徒が歩み寄りながら、大喝する。
「双方とも、この場に潔さを残して解散!」
「誰だてめえは!」
小柄な生徒の濡れそぼった細い短髪が、凛とした人相だが子供の様な可愛らしい顔に、撓み曲がりして張り付いている。
(蒸れた強い塩素の匂い。襷掛けのビニール巾着袋。室内プール帰りか?)
(きちんと持って帰ってる)
(なんやら結締が利いてるニイちゃんやな)
繊細な二重瞼、薄っすらと陰を落とすとも柔らかく光を透かすとも言い及び難く人心を揺らし惑わす黒く艶やかな長い睫毛、柔らかく膨らんだ張りのある頬を誇りながら、小柄な生徒がスケートリンクの中央に立つ。
「南淡高校、生徒会役員、平敦盛。勝負は決した。この場は双方退くべし」
(平敦盛だあ?平敦盛といえば、源平合戦で自分の笛を取りに戻り、呼び止めた敵武将と尋常に勝負をしたという)
「あーん?生徒会さんが喧嘩の仲裁だあ?可愛い顔してるがよ、番格がそんなの聞いて、はい分かりましたって言って帰るとでも思ってんのか!?」
「荒んだ心に一曲、仕ろうか」
敦盛が細指で小さな横笛を取り出すと、南淡高校の番格達が強面に戦慄の表情を浮かべてたじろいだ。
「城も、それで納得だな」
「?」
「そもそも、これは試合形式の戦いのはず。当校生徒会管理のスケートリンクを用いているからには、他校の生徒も規則を遵守すべし」
「はー。何だかよ、笛なんか出されてよ、あいつらも、お前に怯んぢまってるし、白けちまったぜ」
「それでは」
周が敦盛を睨んで笑う。
「次やるのは、お前とだな」
(えっ?そんな強いの、あの笛の坊ん)
(響くんも、何だかんだで強かったしね)
「『タイマン』でも結構」
「はっ!役員つってもよ、会長連れてこいよ、まどろっこしいぜ?」
敦盛が眉先をしかめる。
「さあ生徒諸君、下校の時間だ!」
「のうー」
「ああ?」
「夕餉はまだかのう」
「煮えるまで待て!」
「おーい」
艶髪と乱髪気味の幼児二人が、輝く祭壇から現れる。
「また来たか」
「うまそうなものを食っておるの」
(いやまてよ?こいつらにまとめて夕飯を取らせれば、里心がついて帰る気になるか?)
「たまには姉弟三人で団欒しろよ」
周は、鍋の鶏肉おじやが仕上がるまでと、数学の予習をしている。
(方程式と函数、二次曲線、線形代数。数学と音楽の相性は抜群。統計で社会を自家薬籠中に。搬送波に和音、フーリエ解析等役立つ事が一杯。楽しく数学で頑張ろう!だってよ、このプリント。なんだ、ご丁寧に音楽の基礎理論とかも書いてあるぞ。完全に趣味だろ、これ)
「煮えてきたのじゃ!」
「おーし。溶き卵を流したぞ。さあ食え」
(鶏肉おじや。肉は天草大王。卵は蘭王。見ていた通り、昆布だし以外の調味料一切抜きだぜ)
「塩くらいは欲しいのう」
「そうだそうだ!」
「そのまま食え」
「これでは素っ気ばかりなのじゃ!」
「いいんだよ、食え!」
「熱いのじゃ!」
「吹いて食え!」
周が、きよが持つ蓮華の上のおじやを息で吹く。きよも合わせて吹き冷まして、おじやを口に含む。
「ほふーう」
周は、きよが視線の仰角を上げる様を見て、半笑いする。
(その通り。お前は今、『虚無』を味わっている!溶き卵がとどめだぜ。厳選された全ての素材。昆布は沁み、肉は旨味豊かに、脂は甘く、淡白な米と並列しているだろう!そこにそれ自体が甘みを持つ生の卵の濃厚なまろやかさ!シンプルは最高のソース!というわけだ!ははははは!さあ食え!濃厚にして虚無!あたかもそれは天地創造。虚空に輝く離れ離れの星々が一つの感動をもたらす様に、虚無の中に今お前は自ら美味を導き出している!お前だけが知る、お前だけの美味。畜生、どんな旨い思いをしていやがるんだかだな!)
きよが幼指を曲げて空に食い込ませながら、口を閉ざしたまま鼻から吐息を漏らす。
「ふまひのろお〜」
「おおっ!ならば食うぞ食うぞ!」
「おう、沢山食えよ。鍋一杯あるからな。ちょっと待て」
(それにしてもあの敦盛とかってのと、板額ってのの間には、何かがあるようだぜ。いっとき顔を合わせてたあいつらの視線からは、常に輝く流星が飛び交っているような気迫が感じられた!あれは相当信頼し合ってるな!!)
周は携帯通信端末の呼び出しに応えて、食卓から中座する。
「きよね、つきえ」
「なんじゃ」
「なんですか」
「あまねの眷族としての強さの秘密だけどさ、何食ってたら高次元化生子を獲得出来るのか?それはこういう旨いものを食ってるからなのかもな」
「つまりなんですか?」
「つきえとオレは、秘密を調べ上げるために、ここにうけに来るべきだと思うんだよな」
「それは良さそうですね」
「何を言っておるのじゃ!ここはきよの城なのじゃー!」
(周くん!来た!500人はいる!!)
「!?野郎おー!待ってろ!」
周が猛然と車庫へ走り出す。
「どこに行くのじゃ!」
「全部食ってろ!」
「全部じゃと!」
「うまい!全部食うぞ!」
きよは掬い取ったおじやを急ぎ食べ進もうとするが、蓮華の端を噛むに留まる。
「はちはち…時間がかかるのじゃー!」
響は、夜の摩天楼から飛び降りながら体をひねり返して、敵の単車へ寸鉄を投擲し、再度地上へ向いて、風を受けながら斜めに落下して行く。響は、操舵を乱された単車群が、軌跡を絡ませながら相互に衝突する様子を目端に捉える。
周の単車・赤鸞が、響の傍に現れる。
「周くん!」
「乗れ!教えろ!」
「今、ぼくらを襲撃しているのは、南淡高校の番格達!」
「よし!」
「そしてやはり、生徒会の平敦盛とスケバンの板額さんとは、平氏同族!総番長伊藤七郎も平家一門」
「思っていた通りだぜ!全員繋がってやがったか!」
「あ、それと」
響が口笛を強く長鳴させる。
『昭和』とナンバープレートに書かれた、白地に赤い模様の単車が響の足下に滑り込む。
「ぼくの単車、『飛竜』さ!」
勢い余った『飛竜』が、周に後尾部を露呈する。
(昭和48 ひ 26-33?そんな地名どっかにあったか?車体にはでかい水平両翼、それに付いたロケットエンジンっぼい部品)
「派手だな!」
「変形もするよ!」
「後で見せろ!」
「周くん!空中戦では敵の上と後ろを取るんだ!」
「分かってらあ!」
「!」
「うあっ!」
「ぬおおりゃっ!」
「秘鎌、大勾月!」
周と響の単車を一絡げに両断すべく、『建仁』ナンバーの単車を駆る板額の、巨大な三連鎌が虚空を光らせながら振り下ろされた。
【新生淡路高校】
執印 周 (しゅういん あまね):本編の主人公。あだ名はシュウ。単車の名前は赤鸞 (せきらん)
きよ:謎の女の子。メカフェチ少女ライダー
妙義 稀人 (みょうぎ まれひと):周の友達。あだ名はマレト。
源 綺子 (みなもと あやこ):周の友達。あだ名は元気。
響 彼方 (ひびき かなた):周の同級生?自称、光の忍者
【南淡高校】
平敦盛 (たいらの あつもり):南淡高校の生徒会役員。
伊藤七郎:南淡高校の総番長。響曰く平家最強にして侍大将の「藤原景清」
城板額 (じょう はんがく):南淡高校のスケ番。ゴシック少女。