君と二人で桜の下を
「ついに卒業しちゃいましたねえ」
帰り道、彼女は感慨深げにそう言った。その言葉通り、今日は高校の卒業式だったのだ。
「淋しい?」
「そうですね、友だちや先生と別れてしまって淋しいですし、制服を着るのもこれで最後かと思うと、ちょっと残念です」
「そう」
「でも、あなたとは大学も一緒ですから」
ささやくようにそう言って彼女はこちらを向き、はにかんだ。そう、ぼくと彼女は学部こそ違うものの、この春、同じ大学に進学することが決まっていた。どちらかが示し合わせたわけでもなく、進路の話になったときに偶然同じだと判明しただけだが、それでも確かにぼくも嬉しくはあった。
「楽しみですね、大学生活」
「気が早いね、君は」
「あなたは楽しみじゃないんですか?」
「モラトリアムが延びただけだよ」
「まったくあなたは……相変わらず現実主義者ですね」
彼女が少し拗ねたようにつぶやいたので、ぼくは話題を変えることにした。
「君は将来の夢とかある?」
「将来の夢、ですか? たくさんありますよ!」
その質問にすぐさま目を輝かせた彼女を見て、ぼくは苦笑した。だって、彼女の反応が予想通りのものだったから。彼女は今も昔も夢見がちだ。
「たとえば?」
「そうですね、実は童話を書いてみたいと思っています」
へえ、それは初耳だ。でも、夢見がちで子供の心を忘れない彼女には、なかなかピッタリな職業かもしれない。
「あなたは? 将来何になりたいですか?」
「ぼくは無難に公務員とか会社員とかかな」
「ふふっ、あなたらしいですね」
そう言って、彼女はおかしそうにくすくすと笑った。
将来の夢、か。ぼくも昔は公務員や会社員というような現実的なものではなく、もっと違うものだった気がする。でも、夢がすべて現実になるわけではないのだ。
すると、彼女がぼくの顔をひょこっと覗きこんできた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……何でもないよ」
そうだ、別に今さら夢を見たいと思っているわけではないし、ぼくはもうこの現実に十分満足してるのだ。
すると、何やらそわそわと小刻みに彼女が動いているのが視界に入ってきた。
「どうかしたのかい?」
そう尋ねると、彼女はピタリ、と動きを止め、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「あの、わたしのもう一つの夢、聞いてもらえますか?」
「ああ、別にいいけど」
何だ、そんなことか、と少々拍子抜けしながら承諾すると、彼女はとても嬉しそうににぱっ、と笑った。ぼくのすきな、あのあどけない笑顔で。
そして、その口から紡がれたもう一つの夢とは、
「あなたとこれからもずっと一緒にいることです」
彼女は意外と直球というか、ほかの人が聞いたら恥ずかしいようなことを平気で口にするからすごいと思う。まあ、それを驚かずに受け入れているぼくもどうかと思うのだけれど。
「それは四六時中ずっとってこと?」
「そんな現実的なボケはいりませんよ」
「冗談だよ」
「大学に行っても、大人になっても、ということですよ」
そう言うと、彼女はぼくの前に出て、くるりとこちらを振り返った。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそ」
「あっ、そういえば大学までの通学路に桜並木がありましたよね? 入学したらお花見をしましょう!」
「そうだね」
相変わらず彼女は儚いものがすきらしい。楽しみですねえ、と言いながら、彼女は踊るようにくるくると回っている。
あどけない笑顔は少女そのもの。そんな彼女を見て、大学に入学するころには桜がきれいに咲いてるといい、と思わずにはいられなかった。
* * *
さて、これは後日談である。
ぼくと彼女が大学に入学してから早一週間。今日は彼女とお花見をする予定になっていた。といっても大学までの通学路が桜並木になっているので、わざわざお花見をする必要はないと思うのだが、と彼女に伝えると、
「『お花見』という名目をもって見るから『お花見』なんです!」
と何やらもっともらしいことを言われた。まあ、つまりはお花見をすることになったわけで。今日は二人とも午前中で授業が終わるので、それから行こうという話になり、ぼくは今、彼女を待っている次第なのである。
「あ!」
「――ああ」
短くても聞き覚えのある声がしたほうを振り向くと、やはり彼女だった。彼女は友人と思われる女子と何かをしゃべったあと、こちらに駆け寄ってきた。
「お待たせしました!」
「いや、ぼくもさっき終わったところだよ」
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
桜並木といっても、通学路から生えているのではなく、歩道の脇が土手のようになっており、そこから木が生えているのだ。土手の上にはベンチがいくつかあり、ぼくたちはそこに座ってお花見をすることにした。
「じゃーん! お弁当を作ってきました!」
得意げに言った彼女が取り出したのは、
「重箱……?」
三段重ねの重箱だった。二人で食べるにしては多くないだろうか。
そんな心配を察知したのか、彼女はぱかっと広げて中身をお披露目してみせる。
「大丈夫ですよ。一段目は主食、二段目はおかず、三段目はデザートですから」
「大丈夫って言うのかな、それは」
「嫌なら食べなくてもいいんですよ」
「誰もそんなことは言ってないよ」
ぼくは一段目に入っていたおにぎりを一つ取り、そのまま口に運んで咀嚼する。
「おいしいですか?」
「うん、おいしいよ」
「えへへー、よかったです」
とても嬉しそうに笑う彼女につられて、ぼくのほおも自然とゆるむ。たまにはこういうのもいいものだ。
「うふふ」
「何?」
「あのですね、さっき一緒にいたコに『かっこいいね、彼氏?』って聞かれたんです!」
「……彼氏?」
そういえば先ほど一緒にいた女子と何かをしゃべっていたっけ。何かと思えばそんなことだったのか。
「それで?」
「だから『彼氏じゃなくて、わたしのアダムですよ』って言っておきました!」
彼女はにこにこと笑いながら報告してきたが、またそんな他人が聞いたら恥ずかしいことを……いや、今回のは他人が聞いたら意味がわからないことかもしれない。
「そう」
「もしかして、嫌でしたか?」
彼女は眉毛を八の字にして、おずおずと上目遣いでこちらを見てきた。それを見て、ぼくは一つため息をつく。
「まさか。事実なんだから、構わないよ」
「本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございますっ」
そう言って、彼女はこの桜に負けないような満面の笑みを咲かせた。いつもと同じ、あのあどけない笑顔を。
ああ、ぼくも随分とほだされたものだ。でも、目の前に広がる桜がきれいだから、良しとしよう。




