神の祝福をあなたに
「あなたはすきな花って何かありますか?」
学校帰り、公園に咲いていたコスモスを見ながら彼女は言った。花壇に咲くそれを揺らす風は、漢字のとおり秋を感じさせる、少し冷たいものだった。
「さあ、すぐには思いつかないな。君は?」
「わたしはやっぱり桜ですかね。和の心って感じがしますし、儚く散るところが素敵だと思います」
儚い、か。どうやら彼女は儚いものがすきらしい。儚いものはきれいだからだろうか。
「ちなみに桜の花言葉は『優れた美人』『純潔』『精神美』なんですよ。わたしにぴったりだと思いませんか?」
「確か『淡白』もあったと思うけど」
「うっ、よくご存知で」
「優れた美人、ねえ」
ぼくはその花言葉を反芻し、小さく笑った。確かに『純潔』と『精神美』はそれなりに合っているかもしれないけれど、『優れた美人』はどうだろうか。彼女は美人というよりは、かわいいという部類に入ると思う。
すると、ぼくが笑ったのを違う意味で――つまり、バカにされたと捉えてしまったのか、彼女は口を尖らせながら、ぶっきらぼうにもう一度尋ねてきた。
「で? あなたはすきな花が思いつきましたか?」
「そうだね。バラ、かな」
「あら、なかなか情熱的なんですね」
ふてくされたようなカオから一変して、意外そうに目を丸くして感想を述べる彼女。しかし、それに対してぼくはふ、と薄い笑みを浮かべ、
「残念、バラはバラでも青いバラだよ」
と付け加えた。
青いバラ、それは不可能の象徴だ。夢が現実になることなんてほとんどない。願っていれば叶う、なんてそんなのウソだ。そんな他力本願で夢が叶うわけがない。
それに、自分で実際に行動したとしても、どんなに努力をしたとしても、叶わないことはある。だから、夢なんて見るだけムダなんだ。
いつかのように無意識のうちにぎゅ、と拳を握りしめていると、あごに指を当てて何かを考えていたらしい彼女が口を開いた。
「でも、今は青いバラがあるじゃないですか」
「あれは完全な青じゃないだろう?」
「それでも青いバラには違いありません。それに、知っていますか? 青いバラの花言葉は『奇跡』なんですよ」
ふわり、彼女はこちらを振り向いて笑った。『奇跡』だなんて言葉が似合うのは、彼女だからだろうか。
だけど、
「キセキ、か」
「まさか奇跡も信じていないんですか?」
「いや、信じてるよ」
「おや、あなたにしては珍しい」
「奇跡は夢じゃなくて、現実に起こることだからね」
「……それはどういう意味でしょうか」
不服そうなカオをする彼女を見て、ぼくはくすりと笑みをこぼす。そう、奇跡は起こってしまえば幻想や夢物語ではなく、ただの現実だ。ならば、ぼくがそれを信じるのは、至極当然のことだろう。
「それに、ぼくはすでに奇跡を一つ経験しているからね。それを信じるには十分な要素だよ」
「あら、何ですか?」
「この世に生まれて、君と一緒にいることだよ」
ぼくがそう告げると、彼女は大きく目を見開いたあと、うつむいて大きなため息をついた。
「まったくあなたは……本当に素直じゃありませんね」
「そうだね。君より素直な人を、ぼくは見たことがないよ」
にこり、彼女はいつものあどけない笑顔を見せた。ぼくの大すきな、あの変わらない笑顔を。
「ねえ、君は青いバラのもう一つの花言葉を知っているかい?」
「いいえ」
「神の祝福、だよ」
青いバラ、それは不可能の象徴だ。しかし、いつか本当の青いバラができたのなら、それは奇跡となる。そしてそれは、神の祝福だ。
ぼくは奇跡を信じている。だってそれは、今、ここで、現実に起こっていることなのだから。