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永遠は儚く消えた

「きれいですね」

「そうだね」

「感動が薄いです」

「普通だよ」


 ぼくと彼女は今、蛍を見にきている。彼女が「久しぶりに蛍を見にいきましょう!」なんて言うから仕方なく。

 唐突な提案ではあったけれど、そういうことはよくあるし、以前水族館に行ったときと同じで特に用事があったわけではないので、ごく自然にそういう流れになったことは認めよう。


「久しぶりだときれいさが増して見えますね。感動も倍です」

「そう。それはよかった」

「どことなく客観性を感じますね……もっと喜んでくださいよ。昔はもっと素直だったでしょう?」


 そう言った彼女は不満そうなカオをしていた。

 ――昔、ね。確かに昔は素直にきれいだと思えた。いや、今だってもちろんきれいだと思っている。だけど、彼女が言うように、どこか客観的で素直さがないという自覚もあった。それは、仕方なく見にきたからというのもあるが、多分、本当の理由は――


「それにしてもきれいですね。天の河みたいです。そう、地上の天の河です」


 彼女は自分の発言に納得したようにうなずいて、とてもあどけない笑顔を見せた。こういうとき、彼女は変わっていないな、とつくづく実感する。今も昔も、素直で夢見がちなままだ。そう思うと、くすりと自然に笑みがこぼれる。


「……何ですか」

「いや、昔とまったく同じことを言っているなと思って」

「よく憶えていますね」

「今も昔も言っていることがあまり変わっていないからね」

「成長してないと言いたいわけですか?」

「ああ、察しのよさは成長しているみたいだけどね」

「まったく、相変わらず失礼な人ですね」


 彼女はほおをふくらませて怒ったような素振りをしたが、ふい、と目の前を飛んだ蛍を見ると、すぐに穏やかな表情に変わった。


「きれいですね。どうして儚いものはきれいなんでしょうか」

「さあ」

「儚いものは嫌いですか?」

「別に嫌いじゃないよ」


 嫌いではない。だけど、儚いものは一瞬で、すぐに消えてしまうから、存在自体がむなしく思えてしまうのだ。

 蛍は何のために存在しているのか、などと自分で考えることはないだろう。だから、それを「むなしい」と思うのは、ぼくの独りよがりな感想でしかない。だけど、蛍を見ているのも、それを見て何か感じるのも、すべてぼくなのだ。だから、ぼくが蛍を見て憐れむのはぼくの勝手だし、やっぱりどうしても「むなしい」としか思えない。

 すると、彼女はふわりとやさしく微笑んだ。


「知っていますか? 一瞬は永遠なんですよ」

「永遠、ねえ」

「今、あなたとわたしがここにいる時間は、長い歴史の中ではほんの一瞬しかありません。でも、その事実は永遠に残っているんですよ」


 穏やかに彼女の口から紡がれた言葉は、何とも詩的で、彼女らしい表現だった。

 一瞬は永遠で、永遠は一瞬で。それらが表裏一体であるという理解、あるいは感覚は、ぼくにもわからなくはない。

 だけど、


「それなら、永遠も儚いってことになるんじゃないのかい?」


 永遠が儚いものである、なんて可笑しな言い方だ。永遠はどこまでも続き、いつまでも存在するものであるから「永遠」なのに、それでは永遠も「儚いもの」になってしまう。

 儚いものは嫌いではないし、こうしている間にもぼくたちの周りを飛んでいる蛍はきれいだと思う。だけど、それ以上に、ぼくは「儚いもの」を「むなしいもの」だと思ってしまうのだ。たった一瞬でしかないのなら、それらが存在する意味はあるのだろうか?

 ただ、かと言って永遠のほうがいいだとか、永遠を信じているというわけでもない。ぼくはただ、今、自分が立っているこの足元と、今まで歩いてきた道、そしてこれから進む先という「現実」を見つめるだけだ。

 けれど、この「今」という足元は、一歩進めば「過去」となり、「今」ではなくなってしまう。ああ、ぼくが立っているところだって、こんなに儚くて、むなしいものだったではないか――。

 無意識のうちにぎゅ、と拳を握りしめていると、彼女がふっと困ったような笑みを浮かべた。それは、いつものような子供っぽい無邪気な笑顔ではなく、むしろ駄々をこねた子供をやさしく見守るような、そんな笑みだった。つまり、今はぼくのほうが子供だと思われているのだろうか?


「ええ、永遠を信じる人がいなければ、そんなものは存在しませんから」


 何かを言おうと口を開いたぼくよりも先に声を発した彼女の口から出てきたのは、いつも夢を見ている人物とは思えないほど、とても現実的な言葉だった。


「へえ、君らしくない現実的な答えだね」


 思っていたことをそのまま口にすれば、彼女はにこっと笑い、


「だって、今はあなたが宙に浮いているみたいですから、わたしが現実を見なくちゃいけないでしょう?」


 と言った。セリフだけ聞けばどこか得意気でもあったが、彼女に上から目線のような態度はなく、当たり前のことを指摘しただけだと思っているのが感じられた。

 ぼくが、宙に浮いてる? へえ、どうやら察しのよさは本当に成長しているらしい。ぼくは少し自虐的に苦笑して、


「ああ、そうかもしれないね」


 とつぶやき、儚く、むなしいものである蛍を見つめていたのだった。




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