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幸せの花束はいらない

「先生、きれいでしたね」

「そうだね」


 彼女が『先生』と言ったのは、ぼくと彼女が中学生だったころ、奇しくも三年間担任だった女性のことだ。今日、ぼくと彼女はその先生の結婚式に招待されていた。周りをぐるりと見渡せば、三年間同じクラスだった生徒を中心に、懐かしい面々がちらほら見える。


「このあとはいよいよブーケトスですね!」


 興奮したようにそう言った彼女は、至極はりきっていた。ぐっと握った両手のガッツポーズがその意気込みをよく表している。

 今はもう式が終わり、教会の外で新郎新婦が出てくるのを待っているところだった。そして最後に、彼女が待望しているブーケトスが行われる。


「知っていますか? ブーケを取った人は次に結婚できるんですよ」

「君、まだ結婚でき……る年だったね」

「そうですよ?」


 何を当然のことを、とでも言うように、きょとんとしたカオをこちらに向ける彼女。いつも子供っぽいことを言っているからついつい忘れがちなのだが、彼女はもうとっくに結婚できる年齢なのだ。かくいうぼくも、実はもう結婚できる年齢になっている。


「君も結婚とかしたいの?」

「それはもちろん! 結婚は女ノコの夢ですから」


 へえ、彼女が結婚を夢見ていたとは初耳だ。いつもの「夢」とは少しベクトルが違うものの、彼女の頭の中は相変わらずそれでいっぱいのようだ。


「あっ、先生が出てきましたよ!」


 ため息をつこうとした瞬間に聞こえた彼女の声を合図にしたかのように、わっと歓声が上がる。それと同時に、先生の親戚や友人、ぼくと彼女の元クラスメイト――の女性のテンションが一気に高くなったのは気のせいではないだろう。みんな彼女と同様にブーケを狙っているということが容易に想像できた。


「いっくよー!」


 そのとき、先生が合図する声が聞こえ、その手からブーケが放たれる。それは空中に弧を描いて一直線にこちらへ――


「、え?」


 ぽすっ、という音とともに、ブーケは何とぼくの手の中に入ってきてしまった。そして聞こえてきたのは、大勢の女性陣のため息と、男性陣の失笑。

 ――ああ、


「神様はいじわるです……」


 彼女はがっくりと肩を落とし、至極残念そうにつぶやいた。


「奇遇だね。ぼくも同じことを考えていたよ」

「あなたはブーケがとれたんだからいいじゃないですか」


 拗ねたように口をとがらせて、ぷいっとそっぽを向いていしまった彼女。しかし、やはり気になるのか、こちらをちらちらとうかがっている。さて、どうするかな。


「――これ、どうぞ」

「え? い、いいの?」

「ぼくには必要ないですから」


 彼女とは反対側いた女性にブーケを渡し、ぽかーんと口を開けてその様子を見ていた彼女のほうを振り返る。


「さあ、帰るよ」

「え? あ、ま、待ってください!」


 すたすたと歩き出したぼくを小走りで追いかけてきた彼女が、並走するように横から話しかけてきた。


「な、何であの人にブーケあげちゃったんですか?」

「ぼくには必要ないから」

「だからって!」


 彼女はそう叫んだかと思うと、先回りしてぼくの行く先を阻むように立ち塞がった。


「……わたしだって、ほしかったです」


 うつむいて唇を噛みしめる彼女のカオは悔しそうで、どこか哀しそうだ。

 だけど、


「君にも、必要ないだろう?」


 ぼくが一言だけそう告げると、彼女はぱっと顔を上げて驚いたような表情でこちらを見てきたので、ぼくは微笑んでみせた。


「……それはどういう意味でしょうか」

「そのままの意味だよ」


 すると、彼女はいつものあどけない笑顔を浮かべた。ああ、このカオは――


「ホントに素直じゃないですね、あなたは」

「そう?」

「そうですよ。――さあ、帰りましょう!」


 その帰り道、わたしの未来は明るいようですね、と彼女は弾むような声でつぶやいた。

 幸せの花束はいらない。だって、彼女がいればぼくの未来は明るいのだから。




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