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現実と幻想のワルツ

「どうして人は人をすきになるんでしょうか」


 突然、独り言のような彼女のつぶやきが響いた。しかし、残念ながらそれは独り言ではない。何故なら、その声の届くところにぼくがいるからだ。

 ぼくはぺらり、と読んでいた本のページをめくりながら、当然のようにその質問に答える。


「さあ、どうしてだろうね。君はどう思うの?」

「そうですね。人はみんな、アダムとイヴだからだと思います」


 相変わらず夢見がちな、言い換えれば、現実離れしたような答えを返す彼女。彼女の言いたいことはわかるようで、わからないものが多い。ぼくは顔を上げて、「つまり?」と尋ねた。


「旧約聖書によると、アダムの肋骨からイヴが創られましたよね。そして、すべての人間はその二人から始まっています」

「だから?」

「だから、アダム、つまり男性は自分の欠けた肋骨をさがしていて、イヴ、つまり女性は自分の還る場所をさがしている。それが、人が人をすきになる理由じゃないでしょうか」


 彼女はそう熱弁したあと、どうだ、とでも言うように鼻を鳴らし、胸を張った。

 女性が自分の還る場所をさがしているということは、つまり、自分が肋骨としてハマるところを見つけているということだろう。今回は珍しく彼女の言うことがわからないでもない。だが、


「その理屈だと、男と女なら、相手は誰でもいいってことになるんじゃないのかい?」

「何言ってるんですか。誰でもいいわけないでしょう?」

「ぼくは客観的に事実を述べたまでだよ」

「あなたは夢がないですね。そこはもちろん『運命』ですよ」


 ビシッ、と人さし指をこちらに向ける彼女にため息をつきたくなった。ああ、彼女の頭の中はどこまで夢でできているのだろうか。少しは現実を見たらどうなんだ。


「アダムとイヴだって、結局は物語だろう?」


 ぼくがそう指摘すると、彼女は至極残念だというようなカオをして、はあ、と大きなため息をついた。


「まったく、男の人ってロマンがありませんね。自分の欠けた骨をさがすなんて、所有物――ただの落とし物さがしじゃないですか」

「それは君が言い始めたんじゃないか。それに、男がみんなロマンチストだったら気持ち悪いだろう?」


 その言葉がトドメになったらしく、彼女はカオをしかめてしばし悩んだあと、呻くような低い声で「そうですね」と言った。


「でも、男と女なら相手が誰でもいいっていうのはよくないです。だから、運命はあると思います」


 前半と後半を「だから」でつなげるのが正しいかはわからないけれど、確かに男と女なら相手は誰でもいい、というのはぼくも違うと思う。


「君も還る場所をさがしているの?」

「そういうことです」

「君の還る場所は海じゃなかったっけ」

「それとこれとはまた別のお話ですよ」


 イタズラっぽく笑ってみせる彼女は、どこまでも子供だ。別に夢を見ることが悪いわけではないし、急いで大人になるべきだとも思わない。ただ、もう少し現実を見てほしいだけ。


「君は運命を信じているの?」

「もちろんです」

「どうして?」

「だって、わたしは、わたしのアダムを見つけましたから」

「へえ?」


 にこり、彼女は微笑む。


「流れ星に祈ったときから、いえ、きっとそのずっと前から、わたしの願いは一つです。あなたは、自分の欠けた肋骨を見つけることができましたか?」


 ぼくのすきなあどけない笑みをたずさえて、彼女は歌うように尋ねる。その質問の答えは、ぼくもすでに決まっていた。


「ああ、とっくの昔にね」

「あら、それは初耳ですね」


 彼女が夢を見続けるなら、ぼくは現実を見続けよう。どちらも現実を見ていたら、面白くないだろう。

 ぼくが自分の肋骨、つまり自分に欠けているものをさがしているのなら、ぼくに足りないのは夢を見ることだ。だから、きっとぼくのイヴは彼女なのだろう。ああ、「運命」なんて彼女の言うことを信じるなんて、ぼくらしくもない。でも、それはきっと真実だから。

 願わくば、どうかこんな二人に小さな幸せを。




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