ジョーカーは泣かない
ジョーカーはいつも嫌われ者。みんなにイタズラするし、変態だし、格好も派手でおかしいし。
また今日もイタズラしている。しかも今日は城下町に出向いたキングとクイーンにだ。この国を治める二人にそんなことができるのは、変わり者のジョーカーだけ。この国は縦社会なのだから。上の者に逆らえばどうなるかわからないのに。
このトランプ国は、2が一番位が高くて、その次にエース、キング、クイーン、ジャックと数字の大きいもの順に位が決まる。ちなみに僕は一番位の低い3だ。
位の高い者ほど力が強くて存在も大きい。トランプ国では数字が何よりの存在の証だった。だからこそ数字を持たないジョーカーは異端視されたのかもしれない。
「このイカれたピエロ!早くキング様の王冠を返せ!」
普段は温厚と評判のキングも顔を赤らめてかんかんに怒っている。
「王冠~?クラウンでもあるジョーカー様には王冠ってピッタリだァ~♪ぷぷーっ!」
`僕はいつも野次馬として彼らを眺めることしかできない。僕と同じ野次馬はジョーカーに罵詈雑言を浴びせかける。
「それでは今から、皆さんのお待ちかね!!大道芸、披露しちゃいまァす♪」
ジョーカーは王冠を持ち直し、王様に向かって放り投げる。側近のジャックは王冠を受け止めようと慌てて走り出した。ジャックの努力も虚しく、皮肉なことに、王冠は綺麗に向きを保ったままキングのつるつる頭にはまった。
「いかがでした?それでは次回もお楽しみに」
ジョーカーはお辞儀をして華麗に去っていった。
僕は彼の大道芸が大好きだった。イタズラされたみんなは彼を嫌いというけれど、僕は彼のダジャレもマジックもイタズラも全て大好きだった。憧れていた。
ある夜、僕は仕事で失敗していつもより帰りが遅くなってしまった。日はとっくに暮れて綺麗な満月が空に浮かんでいた。満月は人をおかしくすると昔から言われている。そのせいなのか、疲れているにも関わらず少し寄り道して帰ろうと思った。なぜか月を眺めたくなったのだ。
小さい頃、よく遊んだ公園の滑り台の上。月が一番近く見える場所。僕はそこを目指して早足でその公園を目指した。
その間月は雲に隠れたり出てきたりと忙しなく動いているようだった。実際動いているのは雲なのに。
やっと公園に着いた。滑り台は入って右手にあるはずだ。しかし目的の滑り台の上には、すでに先客がいた。
独特のシルエットだけど、誰なんだろう?
足音を潜めて近づくと、正体が明らかになっていく。奇抜な形の帽子、だぼだぼの服。見覚えはあった。なのに、その人の頬から涙が伝うのが見えた。僕の見覚えのある人なら絶対にあり得ない行為。
「あ……」
思わず声が漏れてしまった。僕の声に気づいたのだろう、彼は慌てて目元を拭い、おどけてみせた。
「やあやあナイトショーを見に来てくれたのかい?」
思った通り、ジョーカーだった。ジョーカーは観客が僕一人だというのに、滑り台から転がり落ちたり、鼻から花を咲かせるマジックを見せたりしてくれた。
「いかがでした?それでは次回もお楽しみに」
話しかける間もなく、彼は颯爽と去ってしまった。
次の日の夜、公園に行くと、また滑り台の上にジョーカーが膝を抱えて座っていた。月を見上げているようだ。
「少しお話ししませんか?」
ジョーカーはびっくりしたように肩を震わせたが、にこりと笑ってトランプを取り出した。またマジックかと思っているとゲームを持ちかけて来た。
「ババ抜きで勝ったらいいよォ♪」
二人でババ抜きやってもおもしろくないのに。やっぱり変わっている……というより変だな。
ジョーカーは滑り台をすべって、近くのベンチに腰かけた。隣に座れと言わんばかりにぽんぽんとベンチを叩いた。促されるまま、ベンチに座る。
「さァて!ジョーカーとのお話しをかけたゲーム……スタート!!」
二人でのババ抜きは、やっぱり呆気なく決着がついた。どうやら僕はこういう時だけ運がいいらしい。
ババ抜きの結果は僕の勝ちだった。
「ジョーカーがジョーカーを引いた!ぷぷーっ!」
「僕の勝ちですね」
ジョーカは慣れた手つきでカードを片付け始めた。
「こォんなジョーカー様とお話ししたいなんてェ、君も変わり者ダヨ」
おどけて笑う彼を見ると、昨日の光景が嘘のように思えた。白塗りの顔からは笑みしか窺えない。
「昨日、泣いてませんでした?」
「昨日ォ?ジョーカー様がァ?ぷぷーっ!この涙マークと見間違えたのさァん」
たしかにジョーカーの目の下には涙の雫のペイントが施されていた。けれどどう考えても見間違えたとは考えられない。
「だって、たしかに昨日……」
「ピエロは泣かないんだよ~。何があっても涙は心にしまっておくのさァ」
悲しくても泣かない、涙は決して見せない、僕にはそう言っているように聞こえた。
「さ、今日のお話しはおっしま~い」
ジョーカーはぴょんぴょん跳ねながら闇へ溶け込むように去っていった。僕はだぼだぼのシルエットの消えていく姿を、ただ見つめることしかできなかった。
翌日、夜にいつもの公園に行くとやっぱり彼はそこにいた。マジックをして見せようとしたので、話をしようと持ちかけたところ、またババ抜きで勝負になった。そしてまた僕が勝った。ジョーカーは悔しい素振りも見せず、へらへらと笑うばかりだ。
僕はジョーカーの白塗りで下にある本当の彼が見たかった。僕は今日、気になっていたことを彼にぶつけることにした。
「なぜイタズラばかりするんですか?」
「そーだナ。まず僕はイタズラすることしかできないんだ。ジョーカーの運命ってヤツだね!」
「文句を言われても怒りませんよね」
「観客からの声援だよォ?怒る方がおかしいさ」
なんてポジティブ精神なんだ。イカれたピエロとまで言われたのに、それを声援だなんて……。
「あの、泣いちゃうこととかないんですか?」
最後の質問に彼は少しばかり驚いていた。答えにくいことなのか、詰まりながらの返答だった。
「……笑顔が命だからねぇ。その他の顔は見せられないよ」
だとしたら、僕は見てはいけないものを見てしまったことになる。とても申し訳ない。
僕は、ジョーカーは誰よりも強くて、滑稽な人だと思っていた。だけど本当は、誰よりも弱くて、憐れな人だった。
「君は自分の数字を大事にするんだよ。失えば僕のようになっちゃうからね~」
いつも陽気な彼のはずなのに、今は寂しそうに見えた。笑顔は変わらずそこにはあったが、なんだか辛そうで。
「ジョーカーはね、嫌われ者でしょ。ゲームに参加できないんだ」
トランプはさっきしまったはずなのに、服の袖からジョーカーのカードを取り出して見せた。
「参加できても嫌われ者」
「そんなことないです……!!」
切り札になることだってある。嫌われ者だなんて、僕だって位が低いからなることだってある。それにそんなものはただのカードゲームの話じゃないか!
「大道芸だって面白いし、マジックだってワクワクする。たまにひやひやすることもあるけど……。僕はジョーカーが好きです!」
ああ、何を言ってるんだろう。これじゃあ、まるで告白みたいじゃないか。それにピエロの彼を好きみたいな言い方をしてしまったような。ほら、男相手に好きだなんて言われたからジョーカーだってびっくりしている。何かいい弁解はないものか。
ふと、ありがとう、と聞こえたような気がした。彼を見ると、にっこりと、いつもとは違った優しい笑みを浮かべながら、僕に先程のカードを差し出した。
「そのジョーカーをプレゼントするよ!君はジョーカー様のファン第一号さァ」
少しだけ白塗りの下の素顔を垣間見れた気がした。きっと誰も見たことのない、僕しか知らないジョーカー。そんな彼をもっと見たい。明日もまた公園に行こう。彼の大道芸と笑顔に魅せられた、ファン第一号として。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
補足がないとわかり辛い話ですよね。
ジョーカーはイタズラすることが己の運命と言っていますね。これはジョーカーが嫌われ者であり続けないといけないからです。
ジョーカーはババ抜きや7並べで嫌われるカードですよね。大富豪では一番強いカードなんですが。
まあ、嫌われるカードというのが嫌われ者であり続けなければいけない一番の理由ですかね(^^;
ジョーカーがいないとできない遊びこそがジョーカーが嫌われ者になる……と彼はかわいそうな宿命を背負っているんです。
彼もいつか幸せになってほしいものですね。