7 存在意義①
「うー…頭痛ぇ………」
船の寝室では、二日酔いに苦しむ船員たちがまだ体を起こすことが出来ないでいた。
昨夜、やはり自分たちも酒を飲みたいと言った彼らはエドとともに街へと繰り出したのだ。
その間ロナと残った船員は船番をしていた。
「だから言っただろう、飲み過ぎるなと」
ロナが男共の寝室に顔をだす。
「…お前に指図される筋合いねぇな」
「何?」
「一々偉そうなんだよ。
てめぇは居候の身だろ、俺たちの役に立ちてぇっつんなら黙ってろ」
「………っ」
「そんな言い方ないやろ、お前らが盗みに入ったせいで保安官はこんなことになっとんやから」
「!」
「兄貴…!」
「それに、ちゃんとこうして飯時に起こしに来てくれとうやんか」
な! とロナに微笑んでエドは彼女の頭を優しく撫でる。
「…」
しかしロナはエドの手を振り払うと、ツカツカとその場を去っていった。
「─ほら見ましたあ?
あの態度。あいつ絶対親に甘やかされて育ったんすよ。
女の癖に清楚の欠片もありゃしないし」
「兄貴はあいつに優しすぎますよ。
頭であるあんたがちっせぇ小部屋で寝起きして、自分の寝室はあいつに明け渡しちまうし、風呂は一番に入らせるし、今着てる服だって、こないだ買ったばかりのまだ着てない兄貴のやつじゃないすかー」
「……あんなぁ?
女っちゅうもんはデリケートなんよ?男と同じ扱いなんぞしよったらきっとあの子を傷付けてしまう。
大事な仲間の一人なんやから、お前らの方こそもうちっと優しくしたらどうなん?」
「…仲間ってったってまだ名前も知らないじゃないすか。
あっちも教える気ないみたいだし、仲間と思ってないんじゃないすか?」
「あ、そう言えば。おお、そうやったな」
「え」
「じゃ、今から聞きに行ってくるわ」
「は?」
エドは そやった、名前名前 と呟きながら上機嫌でロナを捜しに行った。
「………」
「ぷはっ」
まだベッドの上で仰向けになっているディールが吹き出す。
そしてニヤニヤしながら言った。
「諦めろ、あの人はああいう人だ」
甲板に出て空を見上げると、それは憎らしいほど青く澄み渡っていた。
私の心はこんなにも曇天が重々しく立ち込めているというのに。
…自分でもわかってるさ。
性格悪いことくらい。
でもこれ程気が強くないと保安隊の中ではやっていけなかったんだよ。
女だから、男より力量が無いし体力もない。
私は頭も悪かったから、残るのは気合いしかないだろ!
いつのまにかこれが素になってしまったし…
どうにか認めてもらいたいけど、しかしやっぱり下手にでるのは苦手かな…
そんなことを悶々と考えていると
「かぁーっ!今日は格別に良い天気やなぁー!」
後方から気の抜ける声が。
声で誰かはわかったが、ロナは振り返らない。
甲板の手摺に前屈みにもたれかかっていた彼女の隣に奴が来た。奴は人懐っこい顔で更に人懐っこく笑う。
「名前は?」
…─は?
唐突だったので は? の声も出なかった。
「やけん名前!まだ聞いとらんかったと思い出して。
ほら、前に言うたろ、俺らが海賊やないこと証明できたら名前教えるて」
「そう言えばそうだが、…聞いてどうする」
「どうするって…
仲間やし、呼ぶとき不便やろ」
仲間…─
「…どうして一度お前に刃を向けた私を仲間だと思ってるんだ」
「だって呼んでくれたやん」
…?
「俺がトロッコに連れ去られた時、あんた、俺の名前叫んだ」
「………!
叫んだか……?」
「覚えてないん〜?勿体無い。確かに俺は聞いたもん。
……無意識に名前叫んで助けに走ってくれんのは、俺を仲間だと思ってくれとるっちゅうことなんやろ?
だったら俺もあんたを信用する」
エドは屈託のない笑顔をみせた。
「…………」
「まあ、あんたの名前だけ聞くのもなんやし、改めて自己紹介しよか」
何かを心待ちにするこどものようにエドの表情は煌めいている。
………私から言えというのか。こっぱずかしいが、確かに居候の身で名を名乗らないとは失礼だ。
くだらん意地などは張らない方がいい。
…仕方ない
「…私はロナ。
ロナ=シュリッヒだ」
「ロナ…!
いい名だ。
俺はエド、これからよろしく!ロナ!!」
エドはとても嬉しそうにニカッと笑った。
やはり、この笑顔は私をひどく安心させる…
彼女がつられて笑いそうになったとき、エドが急に何かを思い出したような顔でロナを見た。
「おー!危ない危ない!!忘れるところやった…!」
そう言ってエドはポケットから小包を取り出し、ロナに手渡す。
「……?」
「開けてみ?」
「………!あ………」
それは、あの貝殻や綺麗な石で飾り立てられた首飾りだった。
………私の為に…?
「なんで…?」
「ん?乗船祝いっ!!」
エドは首飾りを彼女に着けてやった。
「うん!ようけ似合うちょる」
そうロナの頭を優しくポンポンと叩く。
「……………あり」
「兄貴ー!次の街に着きやしたー!」
「おう!わかった!」
じゃな と言ってエドは走って行ってしまった。
お礼…言いそびれてしまったな…
そう思いながらも彼女は小さく微笑む。
コロナードよりも活気があり、お囃子やら客を呼び込む声やらが飛び交う正に都会な感じのヴィレッタ。
とても楽しそうな街だか、ディール曰く、「ここは'あんた'にとっては最悪な場所」らしい。
どういうことかはわからないが…
「ロナ。何しとん」
「は?」
今日は船番をしようと思って皆が港に架けた板を渡り降りていくのを船の上から見ていると、エドが声を掛けてきた。
「は?やなくて。
早よう降りぃ。置いてくぞ」
「…私は今日は船番をしようと思うんだけど」
「そんなん他のやつに任せて、今日は買い出しの次いでにあんたの調度品揃えに行くんよ」
「!!……………………………………………………………………………買ってくれるのか?」
「え、だって無いと色々不便でない?」
「……!!」
こいつの人の良さには気が抜ける…
だが、とてもありがたい。
ロナが足を踏み出そうとしたとき
「いーんすか、こんなの連れてって…」
同行する部下の一人が口を挟む。
ロナは動けなかった。
「…」
「おい」
さすがのエドも少しキレた様子でその部下を睨み付ける。
「だってこの街は…!
こいつがトラブルにならないわけないっすよ!!」
「俺らがいるから大丈夫だろが!!」
そう言うと、エドは板をかけ登りロナの腕を掴んだ。
「ほら、突っ立っとらんで行くぞ!」
「!!うあ」
そんな風に駆け出していく二人の姿に船の上から見ていたディールは楽しそうに笑った。
「兄貴、イキイキしてんなぁ」
「お、おい!
待てって!」
エドはロナを引っ張ってずんずんと進む。
「おい…!
………エド!!」
その声にハッと気付いた様子でエドは立ち止まった。
「あ…すまん」
そしてパッと掴んでいた手を放すと、余程力を込めていたのか、ロナの手首は赤くなっていた。
「ほら、あいつらとあんなに離れてしまってる」
後ろを見ると、100メートル程先にエドの部下が歩いて来ているのが見える。
「別に大丈夫だよ、
調達せないけんもんはもうあいつらもわかっとる」
いつものエドらしくなく、少しむすっとしている。(いつもとは言ってもまだ3日しか過ごしていないのだが)
「何をそんなにムキになってる」
「……………!
は…。はは…、だよなぁー
何をそんなにムキになってんだよってなあ…
だめだな、まだガキだ俺は」
エドはいつもの様にニへっと笑う。
「………?」
「いや、ただ俺が仲間だと思っているやつがいつまでも受け入れられないのにムシャクシャしてただけ。
多分もう少し長い目でみれば時間が解決してくれたんだよなー
しまったな、あいつらが急なことで受け入れにくいのわかっとるのに…
キレてしもた
やっぱ…ガキやなー」
「お前は今いくつなんだ?」
違う。
こんなこと言いたいわけじゃないのに。
きっとここはお礼を言うべきなんだ。
私のことで怒ってくれたのに…
「俺は23だよ」
「へぇ」
「なんや聞いといて。
まあそれより店回ろか」
どうやらエドは部下と別行動をとることにしたらしい。
まず二人は服屋へ入った。
「あらーお嬢ちゃん。
旦那さんにワンピース姿くらい見せてあげたらどう?」
店員が無造作に言葉を言い放つ。エドとロナが夫婦に見えたらしい。
しかし即座に
「違います。そんな虫酸のはしること言わないでください」
ロナがきっぱりと訂正する。
「うん…そやね…
確かに違うけども、虫酸って…」
「あら、なんかごめんなさいねぇ」
ホホホー
と店員は去って行った。
何事も無かった様に服を選び始めたロナ。
エドはその姿を見つめる。
「あ、これいいか?」
「え、何今の素で言ったん!?照れ隠しかと思ったよ!」
「?…何言ってる」
「あ…すまん…はい、それいいっすよ…」
エドは小さく傷ついた。
会計を済ませ二人が外に出ようとドアを開けた
と同時に
「オラアアアア!!」
二人の男が取っ組み合いながらロナたちの目前に飛び込んできた。
エドはすぐさまロナを守って二人組との衝突を回避する。
男二人は服屋にドタッと倒れ込んでも尚取っ組み合いを続けていた。
「!?」
ロナは突然のことに唖然としている。
いつの間にか彼等の周りに集まっていた野次馬がやれ殴れ、やれ殺せ、と二人を囃し立てていた。
「ロナ、外に行こう…あ゛?」
エドは彼女の手を引こうとすると、なぜかその手は空振る。
彼は嫌な予感がした。
そしてその予感は見事的中する。
「なんだよてめぇ!!」
突然野次馬の輪がざわつく。
中央にはロナが、さっきまで取っ組み合いをしていた二人の首根っこを取っ捕まえて立っていた。




