2 勘違い
倒れたというより倒されたと表した方が正しい。文字通りの状態にあるエドを下敷きにして、一人の若者が立っていた。制服を着て、ヘルメットを被っている様子から保安官であろう、腰には剣を身に付けている。顔はヘルメットを深く被っているせいで見えない。
「どっから涌いてでやがった!」
男たちのうちの一人が保安官を睨み付ける。が、男に戦う気はないらしく、己の武器に手は掛けていない。
保安官はからかうように上を指差した。指差された方向の先にはメインマストが。
「あ…」
マストのすぐ近くには、先の出っ張ったような崖がそびえ立っている。
恐らく保安官は、男たちの後を追ってきて、あの崖からマストにこっそり乗り移ったのだろう。貴族の屋敷に侵入して見つかってしまったので、保安隊に捕まらないよう上手く撒いたつもりだったのだが。
「とにかく、早く兄貴から降りな小僧。後で痛い目にあっちまうぜ?」
「…フン。それはこっちの台詞だな」
ガスっ!!
「!!」
保安官はエドの首の真横に剣を突き立てた。刃先が触れたのか、首筋から少し血が垂れる。しかし当の本人は怯える様子もなく、ただじっとしていた。保安官に下敷きにされた時の衝撃が堪えたのだろう、痛みのせいで起き上がる気配もない。
「兄貴」
エドは部下の呼び掛けに右の掌をひらひらさせ応える。
「後で整骨師に腰治してもらわにゃいかん…」
「兄貴はすぐ治っちまうから金の無駄っすよ」
「お前…。年くって脆くなった足腰なめんじゃねぇ、毎日が闘いなんだよ。さらに上からハードプレスのプレゼントときた。俺の腰は粉砕されたね。きっとキレイになくなっちまってるよ」
「うわ、腰ない状態で立つと大分キモいっすよー」
部下は皆ケタケタと笑う。
「てめえら─」
「ふざけんな!!」
ドスッという音と共に保安官はエドを踏みつける。笑いはピタリと止まった。さらなる衝撃にエドは腰が…と悶えている。
「海賊ども、貴様らわかってないようだな…今の状況というものを!私はその気となれば何時でもコイツを殺せる。船長を殺されたくなければ即刻この船を降りろ」しかし彼らは降りる気配もなければ互いに顔を見合せながらニヤニヤと笑い合っている。保安官の苛立ちは募るばかり。
「俺ら海賊だってよー『船長』」
冷やかしのように言う部下にエドは呆れ気味に
「てめえらが海賊の真似事するからだ。」と注意しながらも、声色は実に呑気である。もうこの緊迫感のない空気に耐えきれず、
「この海賊!!嘗めやがって!!」
保安官が剣を勢い良く振り上げる。
「!」
その刃先はエド一直線へ
─その時
船体がグラリと傾きエドを貫こうとしていた剣はドッと床に突き刺さる。船が出航したのだ。その隙を突いて、体勢を崩した保安官にエドが一蹴りお見舞いする。「ヴッ」
反動でヘルメットが宙を舞う。
「「え…??」」
部下たちは息をのみ、己の目を疑った。
「「女!?」」
太陽によってキラキラと輝く艶のある金髪が、後ろでポニーテールをされているが、それでも肩より少し下くらいまであり、潮風に吹かれても絡むことなくはためいていた。あどけなさを残している瞳はエメラルドグリーンに近く、キリリとしている。
そう、保安官は女であった。
この時代、女性の保安官などそうそういない。現に彼らも初めて見たのだ。
保安官は不愉快そうに顔をしかめる。
「エド兄貴!!すんません勝手に船動かして!保安隊に見つかったものだから、出航せざるを得ないかと!」
「何?」
今はもう遠くに見える港には確かに、保安隊が船に乗り込んでいる様子が伺える。
「本当や…。全員配置につけ!振り切るぞ!!」
おう!!という掛け声と共に男たちは一斉に持ち場につく。
「諦めろ。どうせ捕まる」
保安官は不敵な笑みを浮かべる。
「あんたが諦めろ。捕まるもんか」 エドもヘラっと笑い返すと、部下を一人呼んだ。
「ディール、短刀貸してくれ。それと小舟を一隻用意よろしく」「何だやる気か?そんなちっこい刀で」自分が呼んだ仲間の保安隊のものたちが、何とか間に合ったことに安堵しながら、保安官は余裕の笑みを溢す。 「あんたにゃぁさっさと船を降りてもらわんといかん。小舟くらいは一人で漕げるやろ?」
「ハッほざけ。私を殺せばすむ話。こちらもみすみす海賊を逃す訳にはいかない!!覚悟しろ!!」
「くそっ!!離せ!!」
なんて様だ!!相手はあんなちんけな短刀なのに簡単に剣を払われて!おまけに軽々と肩に担がれる始末…
海賊一人捕らえることも出来ずに命は助けていただきましただと!?
こんな不様で屈辱的なことに耐えきれるわけない!!
ジタバタと保安官は必死に暴れる。
「あーばれるなって…!痛て痛て あぶな…ぐふっ」
エドの首に鋭い肘突きが入り、倒れる拍子に保安官は逃げ出した。
「帰ってくれよ!!もう!時間無いんだって!」
保安官を降ろすためにゆっくりと進行しているのでもう少しで保安隊の船に追いつかれそうである。
「このまま目を瞑って海賊を見逃すなど出来るか!」
「帰れ!」
「断る!」
「兄貴!!もう限界っす!」
「っ帰れ!」
「断固として断る!」
「兄貴!!」
「あ〜!もういい!後で後悔しても知らねぇかんな!!」
「これから先後悔するのは貴様らだ!」
フンと二人はそっぽを向く。
船は全速力で動き出した。
夜空に群がる雲が、せっかくの満月を隠してしまっている。
女保安官ロナは、一人甲板でおぼろ月を眺めながら奴らをどうするか悩んでいた。
奴らとは、数時間前あと少しで捕まえられたこの船の乗組員たちのことである。 街の貴族の屋敷に盗みに入られて、(結局は何も盗まれなかったのだが)ロナが海上で追い詰め、 保安隊の船があともう少しで追いつくというところで、器用に逃げられたのだ。
予想外の結果に彼女は焦燥しつつもこれからの身の置き方を思案する。
人質を捕るにしても多勢に無勢が過ぎる。勢いで留まったけど、この海賊を取り締まる策なんてあるのだろうか…
ん…?もしかして…?私一生故郷に帰れない?
今更ながらそんなことに気付いた彼女は、やっと己の置かれている立場が分かる。
あ〜私はいつもこうだ!目前のことだけ考えて突っ走る!もう…家族には…
……いや、ここまで来たのなら残る道は一つ。奴らの悪事を命賭けて取り抑えるのみ!!保安官としての本分を真っ当し、私に与えられた使命を遂行してやる!
「まだここに居ったんか…」
反射的にロナは振り返り声の主の喉元に剣を突き立てる。
コイツは、確かこの船の船長…剣を目の前にして恐れを微塵も見せていない…ムカつくな。
「そんな威嚇せんといてよー」
雲の合間から顔を見せた満月の光が、人懐っこく笑うエドの顔を淡く照らし出す。
「海賊め。貴様らの思い通りには…」
ふと、鼻先を誘惑する香りがしたので、よく目を凝らして見てみると、なんとも美味しそうな料理が目の前にあるではないか。ちょうど彼女の空腹は頂点に達していた。
「…見せびらかしに来たのか」「あほ。あんたのや」
何?敵の私に食べ物を与えるのか?毒でも入ってるんじゃ…
訝しげにしている彼女の様子を読み取ったのか、エドは付け足す。
「毒なんぞ入っとらん、腹が減っとると思ってな。ほら食べてみろよ。」
「海賊の癖に、甘いんだな」
「言っとくけどな、俺らは海賊なんかじゃねぇんだけど?」
「フン、小物がよく言う嘘だ」「…。まあいいけどさ、いい加減剣下ろしてくんない?」
ここで乱闘を繰り広げても無駄なので、素直に言うことを聞き、料理を受け取った。スープ仕立てのリゾットのようだ。
「美味しぃ…。…!」
空腹のためか思わず声が出る。エドはそれを見てははっと嬉しそうに笑った。
「キレイに平らげたな」
いつの間にか器は空となっていた。
「…海賊に食わせてもらうとは思わなかったな」
「いやだから、俺らは海賊じゃないっつってんの!!」
「小物」
「…」
何故だか、こいつは悪党ではない気がしてきた。話していると相手につられるのか、自然と笑みが零れるのだ。食べ物を与えられたからか?…単純だな私は。
フッと自嘲気味に笑う。
チラリと横を見ると、とても優しい目で見つめられていた。
「そんなに海賊だって疑うんなら、明日俺らの本業見してやるよ」
「商船は襲わせない」
「…まあ明日になればわからぁ。この船に乗ったこと後悔するだろうけどな」
「どうだかね」
「……もういいや。そろそろ内に入れよ。そこで寝ると風邪引くぜ?」
「やだね。海賊の巣穴で寝られるか」
「…………ったく、しょーがねぇなー」
そう言うとエドはロナのすぐ横に座った。
「何だ」
「ガキには添い寝してやんないとな」
「貴様も餓鬼だろうが」
ほら、また笑顔になる。
気が付くと既にエドから寝息が聞こえていた。
なんとも可笑しな海賊に出会ってしまったものだ。敵にこんなことをするのはきっと気紛れだろうけど、これも生き延びるチャンスである。今のところは劣悪な環境ではないから、コイツの気紛れに合わせて生き永らえよう。
保安官の私でも、流石に17年という短さの人生は物足りない。やはり私もまだ餓鬼ということか。
横を見ると、無防備に可笑しな海賊の船長が寝ている。今のうちに殺されてしまうかも知れないのに。
まあ、今の私にはその気もしないけどね…
穏やかな波に揺られながら、彼女はゆっくりと目を閉じた。
暫くして、隣から寝息が聞こえてきたので彼は目を開けた。




