18 モヤモヤ
俺、ディールは今疑問を抱えている。
それは先日のこと、罰掃除を終えた俺は甲板に昼寝をしに行った。そこで大変奇妙なものを見てしまったのだ。
兄貴、エド兄貴が甲板に立ち尽くしある言葉を放つ。
─〔ラヴだ!〕─
ラヴ…?
そう、ラヴ。すなわちラブ。
"L""O""V""E"のラヴだ。
ラヴ…すなわちそれは愛。
エド兄貴から最も遠い存在だと思ってた異性に対する感情。
なぜなら、あの人は恋愛に疎いからだ。
もう23にもなるのに、あのキス事件のあれで、ファーストキスだというのが物語っている。
疎いというよりラヴという単語ですら知らないのかと思ってた程に。
なのにその口から確かにラヴという音が聞こえた。
何故だ…?
どういうことだ…?
その答えは一つ…
兄貴は誰かに恋をしたってことだ…!!
ガガーン(心の効果音)
いや、誰かというより、この船で恋をするには一人しかいねぇ…
あの…
ロナだ……………………!!
確かに、顔は世間一般で言う美女だろうが…その中身はそこら辺の田舎の芋娘と変わりゃしねぇ、いやいやそれ以下かもしれない。
口調は男っぽいし、まあ保安隊にいたからしょうがないが、しかし家事も出来ない。最近やっと掃除がまともになったぐらいだ…!
そんな女にあの強くて優しくて男前のエド兄貴がぁ…!
そんなぁ…!!
「………おい」
いや、でも最近の兄貴の様子からして怪しいのは確かだ。
ロナに対してなんとなくぎこちない。
ああ…もしかして本当に…!
「おい!!ディール!」
「!」
ギイィィィン!!
「兄貴!」
「何ぼさっとしとるんや!
気ぃ抜くな!!仕事はまだ終わっとらんぞ!」
「すいやせん!」
今回の仕事は、山を越す間、山賊から商者とその荷を守るというもので、今エド達は山賊に出くわし、戦いの真っ最中である。
しまった…俺としたことが、集中しねぇと!
「オラアアアア!」
◇◇◇◇◇◇◇
「─いやはや本日はどうも、有難うございました」
無事仕事を終え、代金を受けとり依頼主と別れを済ました一行(エド・ディール・ロナ・その他五人)は船に戻りに山を越え返る。
「ロナまた腕上げたか?」
「そうか?エドから見ればまだまだだろう」
「はは…まあ、でもロナは元々剣さばきが上手いけんなあ」
あれ、普通に談笑してやがる…
やっぱり俺の勘違いか…?
「やっぱロナは女に見えねぇよな!」
「あっ、レオイ!お前またそんなこと言う」
「気にするなエド。もう慣れた。私は気にしない」
「………鞘で撲るなよな…」
「…自業自得やぞ」
「…………」
「?ディールどうした、こっちをボーッと見て。
なんか顔に付いとるか?」
「えっ?いや、なんもねぇす!」
言えねぇ!兄貴とロナはラヴなんですかなんてこと知りたいなんて言えねぇ!
「そういや、エドの兄貴とロナってあれっすか?
ラブ発生しちゃってんすか?」
!!!!!!!!レオイィィ…!!!!!!!!
エド「…!」
ロナ「…!」
だが俺も知りたい…!
「おいおいレオイ。
お前いきなり何聞いてんだよ」
「そうだぜ、ロナは女と言えどもおめぇがさっき言った通り女として見れねぇし仲間だからさ、それは有り得ねえって!」
「え〜、そうなんすか?兄貴〜」
二人を見ると彼らの表情は固まっていた。
「兄貴?」
エド《ラヴ…ラヴか…!くそ!折角仕事でそのこと忘れとったんに思い出してしまったやないか!そうやった。ロナは今、レイバーとラヴやったんや…!!気まずいんか知らんけど、なんかモヤモヤする…!!けど本人には聞けん…!》
ロナ《そうだ…忘れてた…。ラブと言えば、きっとエドには私とレイバーが恋仲にあると思われてるんだった…。誤解を解きたいが、あの時私がレイバーに慰めてもらってた理由をどう答える…!?エドの過去であいつらが揉めてるのを聞いて、でも知るなと言われたから泣いたら抱き締められた、なんて言えるかっ!本人の前で過去の話なんか出したら私はきっと彼の何かをえぐってしまう…!!く…なんだか色々と…気まずい!!》
「え…なんだよなんだよ二人とも。
もしかして…本当に」
「あーーーーーーーーー!!!!!」
エドがいきなり声を上げたので一同びくついた。
「そうや!お前ら!今から船まで競争や!」
「「は!?」」
「兄貴何言って」
「一番乗りには豪華な夕食プレゼントやぞ!!」
「「マジッスカ!」」
「はい!位置についてヨーイドン!!」
豪華な夕食をめぐって彼らは風の如く山の斜面を駆け降りて行く。ディールとロナを残して。
残された二人は顔を見合わせる。
ロナ《エドが…変だ…!!》
ディール《やっぱりお前らそうなのか…!》
─互いにまったく違うことを心に思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
ディールとロナが船が停めてある港に着いた頃には、すでに夕陽が半分ほど海に沈んでいた。
「お!お帰り!ディール、ロナ」
レイバーが甲板から手を振っている。しかし彼は少し疲れている様だった。
◇
「いやさぁ…なんだか知らねぇけど、エドたちがものすげぇ勢いで走って帰ってきたと思ったら、豪華な夕食作れっつうもんだから…このザマだよ…疲れた…」
「結局全員分になったのか…」
「ディール!ロナ!やっと帰って来たんか!すまんなぁ置いて行って……」はっ
「あーもう兄貴ー」
ロナと…レイバーや…!
ガチャッバタン
エドはすぐさま船内に入った。
「え、兄貴!?」
ディールもあとを追い船内へ入る。
「なんだ…エドはまだ勘違いしてるのか」
「ああ…そうみたいだ。
さっきかくかくしかじかとなってな…」
「ぷっ
ははは!
それであの全力疾走か!成る程ねー」
レイバーはイタズラっぽく笑顔を見せた。
◇
─船内
「兄貴!どうしたんすか!」
「どうもこうも…レイバーがおるやないか…」
「は?レイバー?あいつがどうかし…」はっ
まさか…三角関係っすか…!!
ガガーン!!(心の効果音)
エド《あの二人にラヴがあると思ったら、あそこに居れん!気まずい!!》
ディール《まさか…レイバーもロナを狙っていたとは…。モテるな…あいつ…。
いや、そうじゃなくて…!
俺はもう決めたぞ!俺は兄貴の味方だ!兄貴がロナでいいならそれでいいさ!なんとしても兄貴に勝ち取ってもらおう!》
「兄貴!何引いてんすか!このままじゃいけねぇすよ!兄貴も押して押して押しまくらなきゃ!」
「何?ディール、お前知っとんのか…?」
あの二人がラヴだということを!
「ああ、知ってますよ!」
兄貴はロナが好きなんすよね!
「押して押して押しまくる…か…」
つまり気になることは迷わず聞けっちゅうことやな…!!
「そうっす…!!」
確かに最近レイバーとロナが二人のときが多い気がする…
だったらエド兄貴もロナにアプローチしなきゃ!
「よし!わかった!
いくぞ!」
「はい!頑張ってくださいっ!」
◇◇◇◇◇◇◇
夕陽も完全に沈み、暗闇の空には数えきれない程の星たちが瞬く。
意味もない豪華な夕食を堪能した彼らは甲板に出て貴族の舞踏会の真似をする。
以前あてもなく買った少しの楽器を弾き鳴らし、はしゃぎにはしゃぎ回っていた。
おっ!ロナが一人外れで海眺めてる!
「兄貴!チャンスっすよ!」
「お…おう!そうやな…!!」
ディールに促され、覚悟を決めた足取りで、エドはロナのいる方向へ向かう。
そう!そのまま真っ直ぐ!頑張れあっにっき〜!!…?
エドの歩みは次第に小さくなり、そして止まった。
彼が話しかけたのは…
「レイバー、ちょっとええか?」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
え…えぇ〜!!!!!!?
兄貴…嘘だろ…嘘だろ…!!
レイバー!?
男だぜ!?兄貴…!!
そ……そんな…
そっちだったのかぁ〜!!
ガガガガーーン!!(心の効果音)
◇◇◇◇
「なんだよエド。
こんな裏の甲板まで来て。
俺に何の用?」
まあ、大方察しはつくけどね…
「…一つ…聞きたいんやけど…」
「うん、何?」
「お前と…ロナのことや…」
やっぱりね!
「その………」
「うん。エドが思ってる通りだよ」
「え…?」
エドがレイバーの顔を見ると、彼は狐のように意地悪そうに笑った。
「オレとロナは愛しあってる」
にこっ
!!!!
「………そ…そおか…!!」
"愛しあってる"
つまりラブラブちゅうことだ。
ふむ…成る程。
二人はラブラブなんだ…!
エドは驚きの顔を隠せなかった。
「どー思う?」
ここでまたレイバーは意地悪く問う。
「え…どう思うって…
お似合いやと思うけど…?」
「は?」
お似合いって…いやいや、エドは絶対ロナのこと…!!
「いや〜ずっと聞けんでモヤモヤしとったけど…はは」
「!
………じゃあ今は?
答え聞けてスッキリ?」
レイバーの問いに少し詰まるエド。
「…………スッキリは…しとらん…」
!!来た!
「なんでスッキリしないの?」
「いや…お前らはお似合いやと思うんやけど…う〜ん…」
エド、自分の気持ちに気づけ!
「……………わからん」
なんでだよ!
どんだけ鈍感だよお前!
「……お前さぁ…
………!」
………鈍感?
いや…昔からエドはそんな奴じゃなかった。
こいつはどんなことにも察しが良かった。
恋愛だから?
いいや違う。そんなんじゃない。
すべてはあの日から、エドが自分の心に目を背けるようになったからだ…!
自分の感情に気付かないフリをするのが癖になってしまってるんだ…!!
レイバーは一つ大きく溜め息を吐いた。
「これじゃあいくらからかおうが無駄だな…」
「レイバー?」
バコッ「あでっ」
レイバーはエドの頭に一発殴りを入れてやった。
「なにす…」
「嘘だよ」
「は?」
「だからオレとロナちゃんはそういうのじゃないってこと。
…ごめん嘘ついた」
「いや何で…あの時抱き締めあってたやないか」
「エドだって、ロナちゃん誘拐されたときおもっきし抱き締めてたらしいじゃん」
「あれは…なんというか…嬉しすぎて…」
「オレもそんな感じだよ!」
「…………」
「…………」
前方の甲板で、船員たちが騒ぎあっているのが聞こえる。
「どう?スッキリしただろ?」
「………あれ?ほんとや…」
「………何でだと思う?」
「……………………………………………………………………………………………ん〜……………何でやろ…気分?」
本当にわかってないな…こいつ…
「………」
エドは本当に不思議そうに悩んでいた。
くそ…言ってやりたい。
お前はロナのことが…って!
でも、こういうのはオレなんかが言うことじゃないしな…
「はぁ〜なんだ…!!
違うのかー!!無駄にモヤモヤした!
レイバーも変な嘘やめろよー」
「ん?ああごめんごめん。
ところでさ、ロナ一人でたそがれてるから、あっちで踊ってきたら?」
「?
何で、レイバーは?」
「オレは料理で疲れた!
だからもう寝るや!
エドはそのモヤモヤした分晴らしてきなよ」
「…そやな!
じゃ行ってくる!
あ!レイバー料理ごちそさんでした!」
そう言ったエドの笑顔は弾けていた。
◇◇◇◇◇◇
騒がしい甲板。
その端でディールはロナから真相を聞いていた。
「─というわけで、私とレイバーはそんな関係ではないし、エドとも何もないからな!」
「…よ…よかった〜!!
なんだ、そういうことか!
いや〜兄貴がレイバーに声を掛けたときはもう兄貴はそっちなんだって…!!」
「誰が何やて?」
「兄貴!」
「エド!」
「ロナ、すまんな、最近変な態度ばっかとったりして…
レイバーに聞いたわ。
俺の早とちりやったみたいやな」
「まったくだ…!!ずっと気まずかったし、それに変な噂でもたったらどうしてくれる…!!」
「はは…すまんすまん」
「こんなときにはダンスだな」
「へ」
「ダンスだ!エド!行こう!」
今俺が言おうと思ってたんに
グイッ
ロナがエドの腕を掴み男だらけのダンスパーティに参加する。
「ダンス嫌いやなかったけ?」
「エドが教えた北洋躍りがあるからいい!!」
「!!ははっ」
甲板上の小さな舞踏会もどきは、海の波音もかき消すほどに大いに盛り上がった。
◇◇◇◇◇◇
ザザ…ン
レイバーは夜空を一人眺めていた。
エドはわかりやすいなー
なのに自分でわかってないのが少し問題だな
─それもあいつの乗り越えるべき壁か…
だけど俺らがどうこうして治るものじゃない
まあ、最近エドが気を遣ってロナちゃんと二人きりにしてくれてたからね…彼女の口振りからしてきっとあの子もエドのことを想ってる。
ロナちゃんはただ鈍感でそれには気付いてないみたいだけど。
─大丈夫。
お前らは両想いだよ。
きっと上手くいくさ。
少し離れたところで聞こえる楽しげな音楽が、一人の静けさをより一層際立たせる。
まるで降ってきそうな満天の星空に、ポツリと呟いてみた。
「あー…モヤモヤする…」