15 ひどい依頼人
約2年前、セモンスと出会った。
当時の依頼は、事故のためはぐれてしまった彼の妻探しというものだったが、実際のところセモンスにそのような事故も、妻もいた訳でもなく、ただ遊び金をとられた女への復讐だった。
しかしその女はたちの悪い組織のボスの妻であり、セモンスはそれを知るや否やエドたちを身代わりにして逃げたのである。
彼の代わりに捕まってしまったエドたちは、強制的にタダ働きをさせられるはめとなったのだ。
─あんなこと、二度と部下達にさせるか…!
エドはそう胸に誓い、目的地へと足を運びながらセモンスの今回の依頼を頭のなかで反復する。
──へ…そう冷たい目で見ないでおくれよ。
今回は嘘はつかねぇからさっ!
で、俺の依頼ってのは、…
「…やっぱやめんか…?これ…」
「えー何でっすかー?」
「いやいや、中々似合ってますよ、兄貴…ぶふっ」
「一度受けた仕事だ。
男に二言は無いんだろう?
それに、確かに似合って…ぶふ」
「ロナまで笑うなやー…!」
真っ赤なハイヒールにピンクのかわいいフリルドレスを身に付けて、艶やかな紅色の唇を潤ませ美しいブロンドの長髪を風になびかせているのは…
─エド兄貴だった。
「ぶくくく…
お、…お似合いじゃないか!エド!俺の彼女にぴったりだぜ…!」
エドはギッとセモンスを睨み付ける。
「…だから、言っただろ?
最近出来た女が束縛激しくてよー、別れようにも別れられないから新しい女でも見せてやったら諦めるかと思ってあんたらに俺の彼女役を頼んだんだって。
な?」
「だからって何で俺…!」
「しょーがねーじゃん。最初はロナちゃんに頼んだけどさ」
「私はドレスは着ない」
「てゆーこと」
「だったらなんでこの依頼受けたんや…ロナ」
「まさかドレスを着させられるとは思わなかったからな…」
「いや〜せっかく用意したドレスを無駄にすんのもあれだし、かといってレオイやロッジはなぁ…ちょいとむさすぎるというか…見る方も…な」
「……俺もどうかと思うんやけど。女にしちゃ背ぇ高いしガタイ良すぎん?これ」
「いやー結構かわいいかわいい。もし男ってばれても同性愛ってことだったら、このくらいのかわいさがリアルに見えるだろ。むしろそっちの方が引かれて結果オーライになるかもよ?」
「………お前ら絶対楽しんどるやろ…」
「「…さあ、彼女との待ち合わせ場所に行こう!」」
「おい!」
◇◇◇◇
「…あれか」
「ああ、あれだ」
エドたちの目に入ったのは待ち合わせ場所の店先で待つ例の女だった。ツインテールの巻き髪に、目鼻立ちがくっきりとした彼女は腕を組みセモンスの訪れを仁王立ちで待ち構えている。
「それにしても、お前本当に女癖悪いな」
「はは、今に始まった訳じゃねぇさ」
「開き直るな」
「なあ、すごく苛立ってないか?彼女」
ロナは少し不安げに言う。
「かなり待たせたからじゃないすか?」
「エド兄貴が歩くの遅ぇから…」
「な…、お前ら、この靴の歩きにくさ知らんやろ…!ほぼつま先立ちで歩いとるんやぞ…!」
「いやぁ兄貴、綺麗な足してますね。それにその豊満な胸(布)も魅力的っす(笑)」
「な……」
「ペチャクチャ喋ってねぇで行くぜ、エリー」
「エリー…!?」
「そうだ、今からお前はエリーだ。」
「「いってらっしゃいエリー」」
「お前ら…!!」
グイッ
「ロナちゃんたちはこの茂みで見守っててくれ」」
セモンスはエド…もといエリーを連れ女の元へ向かった。
「という訳だミカエラ。
別れよう」
バシンッ
店のなかにセモンスの頬をぶつ音が響いた。
「…!」
「何が、という訳だ、よ!
ふざけないで!何故わたくしがこんな女の気品の欠片もない者に負けなければならないの!」
ごもっともですよね。
俺、男やし。
エドとセモンスは隣り合わせでミカエラという女と向かい合って座っていた。
店の他の客たちは突然の修羅場に耳を傾け興味津々である。
「ミカエラ…。すまないが、もう俺の心はこの愛しいエリー一筋なんだ。
諦めておくれよ」
よく言うよ。
「私に何が足りないって言うのよ!」
「……魅力かな」
セモンス直球やな。
「魅力…?魅力ですって?
この女にわたくしが魅力負けするですって…!?」
そりゃ信じられんよな。
俺、男やもん。
「…わかったわ」
「え?」
「おぉ!わかってくれたかミカエラ!これでキッパリ…」
「それならわたくしが目を覚まさしてさしあげるわ…!」
「「え??」」
「こんな女よりもわたくしの方が魅力が勝っていることを証明して、セモンス、あなたの目を覚まさしてさしあげるのよ!!
さあ、エリーと申しましたかしら?わたくしと勝負なさい!!」
なんでっ!?
ワアッ
待ってましたと言わんばかりに周囲の客が歓声を上げる。
「ミ、ミカエラ。そんなのどうやって…!」
「ふふ…、こんなこともあろうかと…わたくしちゃんとご用意してましてよ?」
ぞわ…
セモンスは女の周到さに少し寒気を感じた。
ボソッ「セモンス、ここはもう俺が男だとばらそう」
ボソッ「そうだな…」
「何をコソコソとしているの?」
「…!ミカエラ、あのな、こいつは本当は男なんだ!名前もエリーじゃなくてエドっていって…、俺たち、同性愛なんだよ!」
「…!」
客はドン引き。
さあ、ミカエラ、引いたか!
彼女の肩は、わなわなと小刻みに震えている。
「…わかってくれたか、じゃ」
「バカおっしゃい!!
騙されないわよ!!いくらわたくしと別れたいからってそんな嘘許されないんだから!!
決着は白黒はっきり、わたくしとエリー、あなたとの絶対的な差でつけようじゃないの!!」
えー…!!
「……。
だそうだ、…エリー」
ボソッ「何を言ってんだ!諦めるなよ!魅力勝負なんて俺が完璧負けるに決まってるやろう!!」
「いや、お前ならできる。中々魅力的だぜ、お前も」
「いや、何言って…」
セモンスは人差し指をエドの麗しい唇に押し当て言葉を遮る。
ボソッ「出来るだけ女っぽく話せ。声のトーンを高くして、主語は"わたし"な。"わたくし"よりそっちの方が儚げだろ?」
ボソッ「何を真面目に」
一見本当に愛し合う男女の二人にミカエラは激昂。
「きぃ〜!!そんな仕草やめて頂戴セモンス!!
エリー、この泥棒猫が!何をぐずぐずしているの!!早くいらっしゃっいっ!!」
グイッ
「えっ」
ボソッ「エリー声色っ」
「へっ?」(鼻から息が抜けた)
勢いよくミカエラはエリーの腕を引っ張り店から飛び出して行った。
◇◇
茂みでロナたち三人はエドたちの帰りを待っていた。
「兄貴上手くいってるかね。」
「どうだろうか…」
「いやぁ、エリー兄貴は体はともかく顔は化粧も似合ってたし…案外上手くいってるかもよ」
チリン
「あ、出てきた…」
「…ん?あれ?」
「どこ行くんだ?」
「すげぇ勢いであっち行ってるな…」
「あ、セモンスも店から出てきたぞ」
「…これヤバイ状況か?」
「セモンスこっち来るぞ」
セモンスは店内での出来事を彼らに説明した。
「ぶっ」
「ぶはははははは!!」
「兄貴可哀想ー!!」
ゲラゲラと三人は笑い転げ回る。
「ちゃんと聞いてくれ!その魅力勝負というのがな、ミカエラが予約しといた夜の店の協力で、二人を1日限りの接客員として働かせてくれるそうだ。ルールは簡単、訪れた客を多く獲得した方が勝者となる。執念深いあいつのことだ、エリーが負けちまったらおれぁミカエラから逃げられねぇ!
そこでだ、お前ら客になってエリーを選べ!ロナちゃんも男装してお願い!それと金ばらまいて出来るだけサクラ要員連れてこい!いいな!」
「ぶははあ!…わ、わかったよ!!はははは!!」
「よろしく頼むぜ…!?な!?」
セモンスは二人を追って駆け出して行った。
「よ…よし。ふ…行くか」
◇◇◇◇◇
辺りは暗くなり、建ち並ぶ夜の店には明かりが次第に灯り始めた。男たちは己だけの夜蝶を求めてこのストリートに足を運ぶ。
=夜の胡蝶*ルリアゲハ=
「セモンス、あなたはここに座ってわたくし達の勝負の行く末を見守っていてくださいね」
「……」
「さあ、エリー。始めますわよ?あなたとわたくし、どちらがセモンスに相応しいかの勝負を…!
まあ、わたくしが勝つのでしょうけど」
オーホホホホとミカエラは高笑いをした。
エリー…頑張れよ!
エドは足を閉じた慣れない座り方で店のソファに座り、緊張で体を固くする。
俺こんな夜の店で接待するどころか入ったことも無いんだけど…
辺りは露出の激しいきらびやかなドレスを着た妖艶な女性たちが、客の男性をもてなしていた。もちろん横にいるミカエラのドレスも露出が激しく、中々魅力的な胸をさらけ出している。対してエリー(エド)は外見から大きな胸というのが分かるが、首もとまでドレスが覆い隠し、露出が非常に少ない。
男に接待って…何すればいいんだ…
俺こういうところ興味ねぇし、こんな場所で男が喜ぶ接待って何なんだ…!わかんねぇ…!
…とにかく周りの女性の仕草を真似しよう
「さあ、客が来たわよ」
「…!」
一人目の客は当然ミカエラを選んだ。
「ふふ…当然。まず一人ね」
ミカエラはこちらに余裕綽々な笑みを向けて見せる。
くそ…
いや、まだ一人目だ
この間にミカエラの仕草を学ぼう
グラスに酒を注いで…話を聞くふむふむ…
しかし次から次へと客が訪れるが、ミカエラを選んでいく。
ふふ…エリーはまだ一人にも選んでいただいてない様子…
この勝負…貰ったわ…!
彼女が勝ちを悟ったその時…!
カラン…!
店のドアベルを鳴らし、一人の美男子が入ってきた。
店内の誰もが彼の美貌に目を奪われる。
あれは…ロナ!?
あの長く美しい金髪を帽子の中に隠し、体に布でも巻いてガタイを良くしたのだろうか、タイトでお洒落な男服を見事に着こなしている。
あら、かわいい男の子だこと。
だとしても所詮は男。
わたくしの魅力を選ばないなんて有り得ないことだわ…!
「いらっしゃい…な…」
しかし"彼"が向かった先はまさかのエリーだった。
「な!」
あんなちんけな女を…!
「やあ…エド…いや、エリーぶふ」
ボソッ「ええ加減慣れてくれ…!でもなんで…」
「今から私達が客になって票を稼ぐ。私達の他にもサクラの男たちを連れてきたが、もし足りない場合はエリー、君の実力に懸かっているよ…ふ」
ボソッ「ロナめちゃ乗り気やな…。そない楽しいか」
「ほら真面目にやれ」
「……」
ミカエラの見様見真似でグラスに酒を注ぐ。
すると、
カラン
今度はレオイとロッジが入店。
「うす…。あに…いやエリーちゃん…ぶふ」
「………」
それから次々と(サクラの)男達が入店し、エリーを指名していった。
な…なんていうこと…!
なぜあんなに集まっていくの…!
なぜ…何故…!
女の気品もない上に、胸があるくせしてさらけ出しもしないのに…!
…!
いや…待って…
もしかしてあの胸…
「エリー?」
「…!」
ミカエラが話しかけてきた…!
「な、何かしら?」(裏声ハイトーン)
(ロナ、レオイ、ロッジ、セモンス)「「ぶーっ」」
「あなたも中々やりますわねぇ、でも、もう少し肌を出してさしあげた方がもっと喜ばれるのでは?」
「……!!」
こいつ……!
「……」
「ねぇ?そちらの殿方」
ロナたち以外の男はうんうんと期待の相槌を打つ。
しまった…サクラの者達にはエリーが男だということを伝えてない…!!
「……」
「あら?どうしたのかしら?エリー。
まさかその胸…偽物だから見せられないのかしら?
いえ、そうなんでしょう?本当は胸が小さいのでしょう?エリー!」
小さいどころかまったくねぇよ!!
セモンス(くそ…やべぇぞ!)
今度こそ…勝ったわ…!!今の時点で同じ数ですけど…
気品も胸も無い女に、魅力があるわけないじゃない!
以降は誰もがわたくしを選ぶはずよ!!
一同に視線を向けられたエド。
恥ずかしさと屈辱と焦りのあまり顔を赤らめ、そして上目遣いでこう言った。
「っ…ごめんなさい、わたし…そんな風に育ってこなくて…胸や肌すらさらけ出すのが恥ずかしいの…」(裏声ハイトーン)
キュン
何かが…鳴った…
サクラの男(な、なんだ…やけにガタイが良くて女らしくないのに…なんかかわいい!!)
刹那の沈黙の中、徐にサクラの男の一人がエリーの手を掴む。
「君…魅力的だね」
エド ぞわり
ミカエラ ガーン!
な…な…み、魅力的!?あんな子が…!!
(ロナ、レオイ、ロッジ、セモンス)「…っっ」(笑い堪える)
男はエリーが注いだ酒のせいで酔ったのか、エリーの手を掴んだまま顔を近づける。
!?ちょちょちょちょちょ!
焦るエド。
経験もしない出来事に力が上手く入らず男をはね除けることが出来ない。
ちょ、誰か助けて…っ!
だが他の四人は笑いを堪えるのに必死でこちらを見ていない。
「…っ」
カラン!
「まだ船に兄貴たちは帰ってきてないみてぇだし、今のうちにちょっとパアッとやろーぜー!!」
「おー!!…ん…?」
!!
「…どうした…、…え?」
店に入ってきたのは、薬の買い出しに向かったアイトワ達一行だった。
彼らの目の前には信じられない光景が。
女装も化粧もバッチリしたエド兄貴が…男と…キ
「う…うぎゃああああああ!!」
突然の叫びにロナ達は顔を上げた。
あれはアイトワ!!
「エ…エ…エドっうぷ」
ロナはすかさず反応し、アイトワの口を塞ぐ。
ボソッ「これには訳が…!!」
「んーっ!!」
ロナはアイトワが指差す方向に顔を向けた。
…! ぞっ
「ぎゃーっ!!!!!!」
ドガッ
彼女はエリーの唇を奪った男の顔面に蹴りを入れる。
「キャーッ」
店の接客員が悲鳴をあげ、店長が顔を出してこちらへ向かってきた。
「乱闘するなら出ていってくれ!!」
こうしてたちまち閉め出されてしまったロナ達。
「エド.…エリー」
ロナが呼び掛けるが、エドは身に起きたあまりにもショッキングな出来事に顔面蒼白で放心状態だ。
いつも健康的な赤銅色をした肌をもつアイトワも今ばかりは青ざめている。
しかしなんとか口を開いた。
「ろ…ロナ…これは…!?」
「すまない…かくかく然々なんだ…」
「な…なるほど…」
ミカエラはクックックと身を震わす。
「お客に唇を奪わせるとは…本当に中々やりますわね…!
しかし勝つのはこのわたくし!
さあ、今しがた入って来られた方々!
どちらをご指名するのかしら?」
彼女はアイトワ達に目を向けた。
「…まあ、そんなこと…なら……エリーで」
「え…」
ミカエラはショックを隠しきれない。
ロナ「さあ、決まったな。あなたの負けだ。」
「…う、うわああああん!!
こんなっこんな女に負げるな"んでぇえええ!
うわああああん!!
ひっ…く…い、いわ!!もうセモンスなんが知らない!
あなたにあげるわ!エ"リー!!」
ミカエラはそのまま暗闇へと大声で泣き喚きながら走り去って行った。
「さあ、セモンス終わったな、これで晴れて自由の身となったわけだ。よかったな。で、代金を…………セモンス?」
辺りを見回しても彼の姿は見えない。
「レオイ!!ロッジ!セモンスは!?」
「え?あ"?いねぇ…!」
「逃げられたあ!?」
「な…な!なんだとー!!」
エドをこんな目に合わせといて…その上依頼料も払わずに、逃げた…!
やっぱり最悪だ…最悪の依頼人だ…!
あいつ…!!
残されたのはただ何とも言い難い…微妙な空気だった…