14 俺らの商売
ザザ…ン
ザザ…ン
波の音がする…
どうやら夜が明けたようだ。
瞼の裏がとても明るい。
ロナはまだ眠いので、目を閉じたまま今までのことを整理することにした。
え…と
故郷で盗みに入ったあいつらを追って船に乗り込んで、帰れなくなって、あいつらが海賊じゃないとわかって、これから役に立とうと思い始めた矢先に拐われて、そして助けられて、宴をして、甲板に出てみるとエドが一人でいて…そのまま話しをして…?
ん、記憶が飛んだな。そしてふわふわの…
!!
ロナはガバッと飛び起きる。辺りを見回すと彼の・元・部屋で、自分はそのベッドの上にいた。
するとガチャリとドアが開き案の定彼が入ってきた。
「あ、お早うさん。よく眠れたかぶっ」
枕が顔面にクリーンヒット。
「…あ。
すまない、なんか反射的に」
「…。
あの…一応言っときますけど、昨日はロナが勝手に寝て、俺は仕方なくここまで運んで、そしてちゃんと別の部屋で寝とったからな」
「いや、だからそんな意味じゃ…」
「まあ、ええわ。
ほら、早よ風呂入って支度しいや。
そろそろ出発するけぇ」
「え、もう船直ったのか?
昨日は明日の昼まではかかるって…」
「もう昼過ぎの3時やけど」
「なっ、何で起こしてくれなかった!
私も色々と手伝ったのに…!」
「色々あった疲れを取るのが優先やろ」
「それはエドたちも同じだろう」
「俺らはもう慣れっこやけぇええの。
じゃあ、俺は準備に戻るきぃ、ロナも早よせぇよ」
とひらひらと手を振ってエドは部屋を後にした。
風呂と食事を済ませ甲板に下りると、船員たちが忙しなく動いていた。
ギシギシと床板を踏み鳴らす音、マストのロープが軋む音、どこかで談笑する者たちの声、風が潮の香りを携え鼻を掠める。
とても清々しい日である。
しかしいつまでもこれを堪能して客人でいるわけにもいかない。自分はもう彼らの仲間と認められたのだ。働かなくては。
何かすることないかな…
ロナは辺りを見回して、船修理の為に出しておいた荷を運んでいる者たちの所へ近寄る。
「!
おう。ロナ、おはよう。
え?荷運びを手伝うって?
いやいや!いいって!
重いしアブねぇから、他あたりな」
次はマストのロープを登る者たちの所へ。
「うーい。やっと起きたか。
あ?何してるかって?─ロープの点検してんだよ。何だって?おめぇもやんのか?
ダメだよ。落ちると骨折るし危険だって。別んとこ行ってきな」
それから次々と危ないだの何だのと断られていった。
「…………」
エドも見当たらないので、ロナは昨日宴をした部屋に何という訳もなく居座ることにした。
「……」
やはり、私では役立たずなのだろうか…
仲間となったから、皆と同じように働きたいのに…
「暇だな…」
「なら皿洗い手伝っておくれよ。ロナちゃん」
「…!」
…ちゃん……!?
調理場から突如顔を出したのは、黒髪で前髪をピンで上げ、少しばかりつり上がった黒目をもつ男だった。
「オレはレイバー。
ここの調理係やってて、だいたいずっと調理場いたからあんたとはあまり顔合わせる機会なかったんだよね。
ま、気長によろしくっ」
「レイバー…。
じゃあ、あなたが昨日の料理を…!」
「うん、まーね。
美味しかった?」
「ああ、とても…!
この船で初めて食べたあのリゾットも美味しかった!」
「あー…あの時か!
エドが温まるものくれって言ってどっか持ってったやつね。
ここで食べればいいのに、て思ったけどあんたにあげてたのか。
嬉しいな、味を覚えてくれてたんだ。
ここの男共なんか味なんか気にせずに貪りやがるからな。
あんたみたいな奴が居てくれたら作り甲斐があるってもんだね」
レイバーは嬉しそうに目を細めた。
「…」
ロナは先ほどのことを思い出して少し物思いをする。
その様子を見たレイバーは彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「…私は、そんなに役立たずに見えるだろうか…」
「誰がそんなこと言ったんだい」
「いや、違うんだ。
皆私のことを思って危ないからと手伝わせようとしないんだと思う…。
でも、折角仲間となったんだから私も皆と同じように働けるようにならなければいけないだろう?
皆は同じように頑張っているのに…」
「…ふむ」
レイバーは調理場と部屋を仕切る台の上で頬杖をついて、働く仲間の声の方へ顔を向ける。
「…じゃあさ、あんたはあいつらが無理してるように見えるかい?」
「─見えない。でもそれは長年の慣れがあるから平気に見えるんじゃないか?」
「まあ、それもあるだろうけど、あいつらは決して出来ないことを無理にしてる訳でもないのさ」
「?」
「あいつらは力に自信があったり、登りが得意だったりして各々自分に見合う仕事をこなしてるだけなんだよ。
しかし君は見るからに荷が入った木箱を一人で持てるようには見えないからね。
危ないと思うのは当然のことじゃないかい?
現にオレなんかは料理得意だから荷運びなんてやらないし。
どー?これって役立たずかな?」
ロナは首をブンブンと横に振った。
「うん。君がどーしても彼らと同じように働きたければ死なない程度に努力をすればいい話でもあるしね。
長いのはこれからなんだ。
ゆっくりと仕事を探していけばいいさ。
─でも今は、オレの皿洗いを手伝ってくれないかな?
君に是非とも頼みたい」
レイバーは優しく微笑みかける。
「…………!
勿論だ!」
自分に見合う仕事…か…
そうだ。まだ自分はこの船に乗ってまだ数日の身だ。
仲間になれた嬉しさから早く期待に応えようと焦りすぎていたのかもしれないな…
レイバーの言う通り、ゆっくりと自分のペースで出来ることを探していこう。
ガシャン(皿割れる)
「…」
「…ロナちゃん何枚目よ、それ」
「す…すまない…」
どうしよう…見つけられるだろうか…
どうしようもなく不安になるロナであった…
◇◇◇◇◇
「陸に着いたぞー!!」
船大工に別れを告げ、出航してから約4時間。
次の目的地ギルドアに着いた。
入った港はきちんと整備してあり、きれいである。
「じゃあアイトワたちはディールたちの薬とかよろしくな。
船番には5人残して、残ったのは俺含め4人か…。
まあ、大した仕事は出来ねぇけどやらねぇよりはマシやな。
よし、お前らは俺に付いて来い。ロナもこっちな」
「わかった」
街に入り、エドたちは役場へと向かった。
「あ、そうや、ロナ。
仕事終わったら皿買いにいくけぇ。
─なんやレイバーから聞いたけど、16枚も割ったらしいな」
「え」
エドはからかうような口調で言い、それを聞いた他の二人は驚き呆れた顔をしている。
「…!
す…すまない…。
泡で手元が滑ってしまって…」
「いや、16回も同じ失敗するやついるかよ…!?」
「ガサツにも程があんだろ…。女の欠片もねぇぜ…」
グサグサッ
(ロナの心に何か刺さる音)
「…ごめんなさい…」
「皿16枚かあ…、痛い出費だな…。ただでさえ人数分ちょっきりで買ってたのに…」
「船の修理代も重なってもうスッカラカンっすよー、兄貴」
グサグサグサッ
「あー…なんか話持ち出した俺が言うのもなんやけど…。
ロナ、そんな落ち込まんでな、ここはドジッコっちゅうことにしたらかわいぶふっ!!」
「私だってこんなガサツになりたくてなったわけじゃない!
本当は花や人形やお菓子を愛でられる女の子になりたかったさ!!
─わぁーーん!!」
ロナはエドを殴り目についた建物へと走り込んだ。
「あ、すげえあいつ。
ちょうど役場に入った」
「お菓子って愛でるもんなんすかね」
「…─いや、何で俺なん!?」
こいつらの方がひどいこと言ったのに…!
…いやでも、…ロナのあんな反応初めて見たな。
ロナの変化にエドは一人喜びを感じつつ、彼女の後を追い役場へと入った。
「あ」
「…お」
役場へ入ると、50代程の見慣れた男性が、ちょうどロナを口説こうとしているところであった。
エドと他二人の船員は彼を見るなり渋い顔をする。
三人と相対的に中年の顔は輝いた。
「─エドー!にレオイにロッジ!久しぶりだなー!!」
彼は再会を喜ぶように両手を広げ抱擁を求める。
が、彼の接近と共にエドたちは後退りをする。
「何だよ何だよお前ら!
照れてんのか?え?
まったくかわいいもんだぜ、なあ?ローナちゃんっ」
そう言って彼はロナの肩に腕をまわした。
「!?
…照れとらんし、何言ってんのかわかんねぇしロナにベタベタ触らんといてくれる?
─セモンス」
エドはセモンスという男の腕を彼女からひっぺがす。
「え、ちょっと何何?君ら知り合い?
え、ヤキモチー!?
ひゅーっ、ピュアボーイ!」
うぜえ
彼のハイテンションに三人はくっきりと眉間にシワが入るほど眉を寄せた。
「この人と知り合いなのか、エド」
「あーなんちゅうか、知り合いというより悪縁もいいところというか…な。まあ前に色々ありまして…。
気いつけぇ、こいつにはあんま関わらん方がええよ、ロナ」
「うへへ…ひでーな、…まあしかし何だ。悪縁も縁。
つい先にこの子と会ってだね、何でも屋と言うものだから…」
「─まさか」
「すまない、勝手にこの人の依頼を受けてしまった」
─何でなん!?─
「ロナ…そんな勝手に…!」
「おっと待ちな。
この子は何も悪かねぇ…
俺はお前らの仲間だとは思わなかったし、ロナちゃんは何にも知らなかったんだ。
悪いのは…俺らの切っても切り離せない縁さ…!」
「うるせぇよ。
お前のせいで俺らがどんな目にあったことか…。
とにかくその依頼は断る」
「えーまだ話も聞いてないじゃーん」
「お前とおったらろくなことがない…ほら皆いくぞ…」
「私は受ける」
「え」
皆の視線がロナに集まる。
「元々私自身が受けた依頼だ。私一人で遂行させればいいことだろう」
「な…ロナ…!
こいつはなぁ…!」
「いやーっ、流石ロナちゃーん!君だけは優しいねっ。
大好きだよーっ!」
「!!」
セモンスはロナに抱きつこうと駆け寄った。
しかしそれは阻まれ、自身の体が宙に引き上げられる。
エドはしかめっ面をした。
「やけぇ触んなっつったやろ」
エドは彼の襟を持ち上げ彼を捕獲していた。
「う…く…首しま…る」
声を出すのがやっとの彼をパッと解放してやるとエドはロナに振り返る。
「やめとけ、ロナ」
「いややる」
「ロナ…!」
「半端なことはしたくない!」
「…」
エドは申し訳なさそうにレオイとロッジに目を向けた。
二人は苦笑しながら肩をすくめてみせる。
「もういいんじゃないすか?兄貴。
こいつの頑固は今に始まった訳でもなし。
付き合いやしょうよ。
セモンスはしっかり見張っておけば大丈夫っす!」
エドは少しばかりため息を吐く。
「…ん〜…。
そぉか…。
…じゃあわかった、受けることにしよか」
セモンスの顔がぱあと明るくなり、エドの隣にいるロナも嬉しそうに彼の顔を見上げた。
「ただしセモンス。
てめぇにゃあしっかり監視させてもらうけんな」
「はははは!
やだなぁエド。まるで俺が悪いやつみたいに言っちゃって!」
「その通りだからだろ」
エドの眼光が鋭く光った。
セモンスは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「はは…は」
エドってこんな顔もするのか…
いったいセモンスは何をやらかしたのだろうと少しロナは怖くなり、自信無さげに視線を落とす。
エドはそれに気づいたのだろうか、ためらいがちに手を伸ばし彼女を頬をつねった。
「いっ…!?
─…な、何をする!!」
「勝手に依頼を受けたのはロナやけど、ロナに付き合うのも俺らの勝手や。
そないな心配な顔せんで、さっさと仕事終わらせよか」
にかっと笑ったその口からちらりと白い歯を覗かせる。
「おう、だいたい俺らは何でも屋なんだからさ、何でも出来なきゃなんねぇってのに気付いたわ!
目の前にあるヤマは好き嫌い関係なく全てがっついていく気持ちでやらねぇとな!
これが俺らの商売なんだよな」
レオイも続けた。
「おうおう若いねぃ。
んじゃあお前さん方、依頼内容伝えるから役場出ようぜ」
「ああ」
◇◇
外は強風。
太陽へと真っ直ぐ伸ばした茎もその圧力には耐えきれず大きくしなり、折角咲かせた大輪も力なく頭を垂れるようにして地面を掠める。
か弱く柔らかなその花弁は身を裂けながら風が止むのを待っていた…