13 宴
船の上には、包帯だらけの数人の部下たちが無事帰還したロナたちに手を振っているのが見えた。
「お頭ー!!」
「保安官ー!!」
皆の声が重なってわぁわぁと聞こえる。
「うるせぇなぁ、あいつら」
そう言いながらエドは彼らに応えて笑顔で手を振り返す。
「まったくだ」
ロナも笑顔で手を振り返した。
「どうやら帰ってきたみてぇだな」
「ああ」
アイトワはディールの包帯を換えていた。
その手際は良く、まるで何処かで医者をやっていたかのようだ。
遠くで船を修理する金槌の金属音に混じって、帰還した仲間の無事をたたえ喜び合う何とも陽気な声が聞こえてくる。
「ははは、ディールの幼稚な作戦とやらも成功したみたいで良かったじゃねぇか…!」
「幼稚て何だよ」
「だってよぉ、たった10人程度で何をしに行くのかと思えば、スレイバーケンの奴等に法螺吹いて騙して奴隷市場を襲わせるなんてなぁ…。
上手く事が運んだから良かったものの、絶対失敗する確率の方が高かったぜ?
奴等のバカさに救われたな」
「それも含めての計画だっての!
それに法螺でもねーし」
「は?…………─あー…」
アイトワは何かを思い出したように無意識に視線を下げる。
「そうか、お前…」
…こいつもかつてはあの場で売られてたんだっけ…
だからやたらと地理とかに詳しかった訳だ。
「まあ、それももう昔話となったんだ。別に今は気にしちゃいねぇよ」
ディールはアイトワに処置してもらった部分を手でさすった。
「…昔の話はしたくねぇんじゃなかったっけ?」
アイトワは意地悪そうににやける。
「おめぇが逃げるなっつったんだろが」
ディールは少し口を尖らせ、そして何か確かなものを掴んだような顔つきでアイトワを見た。それを見たアイトワは目を細め優しく呟く。
「そうだな…」
◇◇◇◇◇◇◇
「ほら、ロナ早よぉこっち」
夜、いい香りが漂う船内の居間のような一室には、船員+依頼した船大工が各々椅子に腰掛け、そわそわと夕食を待っていた。
そして、ドアが開き、エドに手を引かれてロナが少し決まり悪そうに入ってきた。
一気に彼女に視線が集まる。
「よし…みんな注目してくれ─…て言わんでもみんな見とるな…」
エドはロナに笑いかける。
それに応えるように彼女はコクリと頷いた。
そして、
「…─数日…。
たった数日前にこの船に乗り込んで、しかも勘違いで、…正直帰りたくて堪らなかった…」
─皆が私を見てくれている…
「それに私偉そうでむかつく奴だし、終いには拐われて、皆を傷つけて危険な目に遭わせ…ました…。本当に……………ごめんなさい。
最初は、心の奥ではこんな所早く出ていきたい、でも生きるためには居るしかない…って思っていたけど…。
今は」
─ちゃんと真剣に聞いてくれている…
少し声が震えるのがわかった。
「─今は、あなたたちと共にゆきたい。
私の名はロナ=シュリッヒ。
どうかこの身勝手を聞いてくれるのなら、この名前も覚えてください…!」
伝わっただろうか…
「ロナ…」
小さな沈黙の後に船員の一人が、少し照れくさそうに口を開く。
「…俺らも…わ、悪かった!すまねぇな!文句ばっか言って!」
「!」
他の者たちも口々に謝罪の言葉を述べる。
「お前ら…」
「いや…でもなんか照れんな、こういうのって…」
「お?何だよてめぇ、急に女らしくなった保安官に緊張してんのか…!」
「は、ちげぇよ!
てか、保安官じゃねぇだろ」
「あ、そういえばまだ僕ら言ってなかったすね」
「「…あ、そういえば」」
「…?」
船員たちは互いに顔を見合わせ、何かを確認し合うと、再び顔をロナの方に向きなおして
「せーのっ」
「「お帰り!!ロナ!!!」」
「!!」
わはははっと照れ隠しの笑い声が部屋を包む。
ロナはあまりの意外な展開に動揺し、嬉しさで涙を流した。
その様子に船員は目を丸くするが、また笑いが込み上げてくる。
「はははは!
さて!今日は宴や!
存分に騒げー!!
ロナ!料理を食べぇ!レイバーの作るもんは天下一品やけぇ!」
皆の愉快な騒ぎ声は船外に漏れ出す程で、真夜中の暗く冷たい海の波音をかき消した。
◇◇◇◇◇◇
船員たちは騒ぎ疲れ、酔いつぶれて、また夜の静けさが戻った。
甲板には一人、柵にもたれていつものように海を眺める彼がいた。
暗く深い、ただどこまでも闇を映す海を。
雲に隠されて度々途切れる月光の中で、彼は、左手を出し三本の、三本しかない指を見る。
あれからどれ程経っただろうか。
だいぶ長く空いた気がする。
─それでも、まだ忘れられない記憶。
体に痛みとしてしっかりと刻まれて、どうも消えてくれない…
…悪い癖が出来ちまったもんだ。ボーッとしてるとすぐこんなこと考えちまう…
折角ロナを取り戻せたってーのにな。
…ほら、笑え、笑顔を作れ。
苦痛なんかは押し潰せ。
無理にでも笑っとかないと…どうにかなっちまいそうだ…
「エド?」
!
「………おう」
背後にいつの間にかロナがいた。
いつからいたんだ
「どしたん?」
エドは笑顔で言った。
「それはこっちの台詞なんだが。何をそんなにニヤニヤしてるんだ…」
ドキリ
「え、ニヤニヤしとった?」
「…」こいつ無意識か…
「そんな冷たい眼差し送らんといてーな。
俺泣いちゃう。
あ、痛い。すごくその視線痛い」
痛いわーと言いながら顔を手で覆い、海の方に向き直す。
ロナも彼の横に来て海を眺めた。
「…」
「…エ、…エド」
「んー?」
「あの…」
「うん」
小さく息を吸い、呼吸を調える。
「…ありがとう」
「─…うん」
大きな積雲が月を隠したのだろうか、月光が届かなくなった。
辺りは暗闇に包まれ近くにいる互いの顔さえもはっきりとはわからない。
「エド…本当にありがとう」
「はは…!何べん言うんや。
もうええよ」
エドはロナの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
その手をロナは取り、きゅっと握りしめる。
「私は与えられてばかりだ…。
エドは初めから優しくしてくれて、ちゃんと庇ってくれて…
エドがいなかったら私…自分で命を断っていたかもしれない…」
「んな大袈裟な」
「本当に…。
私拐われた時あともう少しで…!」
「…まじか」
身震いがした…。
あと少し到着が遅れとったら最悪な形でロナと再会しとったかもしれんのか…
「…っ」
エドは彼女に握られた手をまた強く握り返した。
本当に良かった…間に合って…
「あ…そういえば」
ロナは首元をさすった。
「すまない、貰った首飾り…千切られてしまった…」
「え、どうしたん」
「ダグラに…」
「!?…っっ」
エドはガシッと彼女の肩を掴む。
積雲が途切れ、月が顕になった。
「なんもされとらんやろうな!」
彼の心配そうな表情が、月光によって照らし出された。
「うん…」
ロナも可愛らしい目が見開かれて更に大きくなり、キョトンとした顔である。
そのあどけない少女の顔を見て、エドはハッと我に帰り彼女の両肩から手を離した。
「あー…もう…心臓に悪いわ。
…このガキ…」
「ガキだと…?私はもう17だが…?」
「ガキやん。
俺は6歳年上のお兄さんやもん」
「あー思い出したぞ。
最初そのガキ相手に下心丸出しで添い寝してやるとかぬかしてたのはドコのどいつだったかな」
「いや、あかんわ、その解釈。人権問題や。
俺は寒いと思て横に居ってやっただけやのに。
自意識過剰とちゃいまっか」
「そのあとまんまと自室に連れ込んでたじゃないか」
「ひどい。
そんなん俺が悪いことしたみたいな言い方やん。
ちゃんと俺は別の部屋で寝とったやないか」
「は、どうだか」
「何をー!」
「………」
「………」
「「ぶはっ」」
ははははっ
と二人は笑った。
「まあ、とにかく。
これから長い付き合いや。
改めて、宜しゅうな、ロナ」
「ああ、これから世話になります。
…宜しゅう」
「はははっ」