12 存在意義⑥
無法の街スレイバーケンは大混乱に陥っていた。
─数時間前、街中にある噂が広まったのだ。
『この街の奴隷市場の奴等があんたら奴隷提供者を騙して実際に売れた金額の十分の一しか手渡してないらしい。
売買中会場にあんたらを入れないのはその証拠だ。
会場には貴族やらが来るから賊は入れねぇってのは只の名目で、実際は売買金額を知られたくねぇからなんだよ…! 腹立たねぇか…!?
奴等に俺らをなめてかかるとどうなるか、思い知らせてやろうぜ…』
ということが街のあちらこちらで挙がり、それを信じた街の者たちは奴隷市場の裏切りに激怒して感情に任せて売買会場を襲撃。
そんな中巡回に通りかかった保安隊の船がこの事態に気付き、更に仲間の保安隊を呼び寄せ混乱の最中にあるこの街に攻めいったのである。
スレイバーケンはもう終わりだろう。
◇◇◇◇◇
売買会場の裏口を抜けると雑木林が広がっている。
ハァッハァッ
黒いコートを着た男が彼女を大事そうに両手で抱え、走っていた。
すると突風が彼のフードを煽り彼の顔が露になる。
彼女と彼の視線が合うなり彼は我慢しきれないという様子で力一杯彼女を抱き締めた。
そして─
「ロナァァーッ!!!」
と叫ぶ。とびっきりの笑顔で。
「っうるっさい!!エド!!」
耳元で叫ばれたロナは少し顔を歪ませエドの頬を思いきりつねった。
「はははは!いてぇ!」
彼は決してマゾな訳ではないが、今回ばかりは全てにおいて嬉しさを隠しきれない様だ。
そんな様子のエドに驚き呆れつつロナは彼にしがみついた。
「…ロナ」
「…なんで来たんだ。
危ないとわかっていただろう。
もし万が一のことがあったらどうするつもりだったんだよ!
バカ…!」
その問いにいつものようにエドは笑顔で答える。
「そんなん当たり前やん。
仲間やからに決まっとるやろ!
そろそろ自覚してほしーな…
…それとも嫌なんか?」
ロナはその問いにぶんぶんと首を横に振る。
「ははっ
…でも良かった…間に合って…」
抱かれたままの彼女はエドの右肩に顔を押し付けた。
「でも…私なんかが一緒にいて何になる…。
大して役にも立てずに、終いにはお前らを危険な目に遭わせた…。
私と共にいてメリットなんて何も無いじゃないか…!」
それを聞いたエドは手が塞がっているので顎で彼女の頭に攻撃した。
「っ…!」
「だーかーらーさー。
何度言わせるんやて!メリットあるかどうかで仲間なんか決める訳ないやろ!
役に立てないからとかで俺らは切り捨てたりせんわ!
仲間になったら、ただ側に居てくれるだけでええ。
それだけでいいとや。
一緒に笑うて、泣いて、喧嘩して、日々を過ごす。
もし一人でも危険な目に遭たうたら、仲間全員で助けに行く。
仲間ってそんなもんやろ?」
エドはロナの顔を覗きこむ。と同時にロナも顔を上げた。彼女の大きな目にはなみなみと涙が溜まっており、今にもこぼれ落ちそうである。
その様子に少し驚いたエドだったが、直ぐに彼女の心中を理解しより強く彼女を抱き締めてこう言った。
「おかえり。ロナ」
その途端、今まで堪えていたものが溢れ出すように彼女の瞳からは熱い雫がポロポロとこぼれた。
うあああ
とロナは泣いた。
「もう…ダメかと思った…っ
恐くて…不安で…!
…っうあああ!」
初めてロナが素直になったな…。
細く小さな肩が小刻みに震える。エドは彼女を宥めるように優しく肩を掌で叩きながら何度ももう大丈夫、大丈夫と繰り返した。
─木々がまばらになってきた頃、何処かで風を滑切る音がした。
その瞬間
ヒュドッ
「「!!」」
後ろから飛んできた短刀がエドの首をかすめ前方の木に突き刺さる。
「あ"ー!くそっ!
カスったか!」
聞き覚えのある不快な声だった。
「よぉ…ダグラ」
エドたちが後ろを振り返ると、そこにはダグラがまた大勢の手下共を引き連れて立っていた。
「よお追い付いたなぁ、てかよおわかったなー」
「今回の騒ぎテメェの仕業か…!
もう奴隷市場は駄目だ。
それに国の犬ヤロー共のせいで逃げ場も失っちまった…!
だからよー…俺ら決めたんだわ。
どうせ終わんならテメェらを殺してからにしようとな…!」
「あーそれなら俺もてめぇの顔粉々になるまで殴ってやりてぇのは山々なんやけどな…
今手ぇ塞がってて無理やわ」
「あ"ん?
テメェ今の状況わかってんのか?コラ。後ろは行き止まり、前には50人くらいいるんだぜ?
テメェらに"殺される"以外に選択肢なんてねぇんだよ!」
ダグラたちがどんどん二人に迫って、エドたちは後退りをする。そんな風にエドたちは道の限界まで追い詰められた。彼らの背後は崖となっており、50メートルはあるであろうその先は海がうねっている。
「エド…!
降ろせ!共に戦おう…!」
ロナは彼の腕から出ようと試みるが、逆に強く押さえられてしまった。
「エド…!」
「いや、寧ろしっかり掴まっとってくれんか?
危ねぇから」
「…は?」
エドはダグラたちの方へ歩み寄ったかと思うと直ぐに身を反転し崖目掛けて走りそして─
─飛び降りた。
「何を!」
「きゃああああああ!!」
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
バシャアン!!
ロナは海面に体を強く打ちつけるかと思ったが、案外痛みは感じなかった。
それもその筈、エドが彼女を庇い衝撃を全て受けとめたのである。
しかし彼女の側に彼の姿は見当たらない。辺りを見回すと少し離れたところに彼を発見した。
彼は気を失っているのかピクリとも動かない。体は徐々に沈んでいっている。
エド…!
海の冷たさが一気に体の芯まで冷やす。
ロナは素早く彼を持ち上げ海上に顔を出した。
「エド!エドっ!」
エドはぐったりしていて呼び掛けにも応じない。
そんなっ…私のせいだ…!
不意に、自分の体が浮く。
「!!」
「保安官!」
それはエドの船のクルーたちだった。
彼らの手を借りて二人は船に引き上げられる。
「大丈夫か!」
「っエドが!
私を庇って…!どうしよう、目を覚まさないんだ…っ」
部下たちは倒れたままのエドを抱き起こし、脈を測る。
すると
「…っん、う…」
「…!エド!」
エドはうっすらと目を開けた。
「兄貴…!」
「…え。
なんで俺お前とロマンチックな状況になっとるん…」
エドはとても渋い顔をした。
端から見れば男がもう片方の男を抱き抱え、愛を確かめ合っているかのように見える。
「うは…。
兄貴が勝手に気を失ってたからっすよ…!」
彼を抱き抱えていた部下は半ばキレ気味に言う。
「お…?そぉか…?
はは、すまんすまん!
─んなことより、…ロナァ!」
エドはまったく気の抜けた声で彼女の名を呼んだ。
しかし呼ばれたロナは前のように仏頂面ではなく、彼の無事を確認してホッとしたような顔でうん と返事をする。
周りの者たちは彼女の意外な態度に目を丸くしたが、すぐに皆笑顔になった。
「さあ、今日こそ宴だ!」
エドが元気よく叫ぶ。それに合わせるように部下たちがおー!!と歓喜した。
「今度こそ皆の前で自己紹介してもらうけんな!」
「え?」
ロナはキョトンとする。さっきエドが自分の名を呼んだではないか。それでいいだろう。
「だけぇ、皆の前で自己紹介!
途中で終わっとってしまったやないか!」
「確かに兄貴がしつこく保安官の名前呼んでたから知ってるっちゃ知ってるけども」
「しつこくってなんや」
「でも名前ってのは本人から教えてもらって呼ぶもんだろ。
だから俺たちはあんたの口から聞きたいんだけど?」
「…わかった」
ロナは少し恥ずかしそうだ。
「よっし!
そんじゃあ急いで船に戻るぞ!」
「「「おう!」」」
彼らを乗せた船は、潮の流れに押されるように速度を上げて仲間の元へ帰って行く。
ロナが救われるまでが短くなっちゃいました…
すいません…