10 存在意義④
「…っ」
首筋の鋭い痛みを感じ、エドはうっすらと目を開ける。
「兄貴…!」
目の前には心配そうな部下達が彼を覗きこんでいた。どうやらベッドの上で眠っていたらしい。
「………ロナ」
そう無意識に呟くと記憶が思い起こされ、エドはがばっと飛び起きた。
「ロナ!!あいつは?保安官は!?」
部下達の顔を見回すが、誰もが暗い顔である。
「ダグラと一緒に…」
部下の一人が伏し目がちに言った。
そう、ロナは先ほどダグラという人拐いに拐われた…というよりも、エド達の為に自ら奴の船に乗り込んだのである。
エドの部下達は相手の多さに何も出来ず、彼女が去っていくのをただ見守っているしかなかったのだ。
「………ディールは」
「ああ。
あいつならもう大丈夫っす。
ちょっと傷が深くて心配でしたが、今は意識はしっかりあるようで」
「そうか…」
安堵の溜め息をつき、他の斬られた部下達の無事も確認するとベッドから足を下ろし端に座った。
「俺…どれくらい気ぃ失ってた?」
「5時間くらいです。
…エドさんすいません。
俺ら…何も─」
「何も言わんでええよ。
あれはどうしようもなかった…
とにかく誰も死なんで何より」
エドはまたいつものように…とまではいかないが、この暗い空気の中弱く笑ってみせる。
彼の過去を知る一部の部下は彼のことをよくわかっているようで、心中を察しながらもうつむかずに真っ直ぐ彼を見つめた。
「………ディール見てくるわ」
そう言うと、立ち上がりエドは部屋を後にした。
ダグラの船ではいつもより豪華な宴が行われていた。
「ガハハハハハハハハ!!
見たか!?あの顔!!
あれは見ものだったよなあ!
ロナ…─だってよ!
情けねぇ声出しやがって
─なあ?“ロナ”ちゃん?
っだははははは!」
ロナは両手を後ろで縛られ、他の拐われてきた人々と一緒に檻の中に入れられていた。「…………」
彼女はダグラの声に少しも反応しない。
「…連れねぇなぁ。
─まあ、そんなことよりよ…改めて見るとべっぴんだよなあ?あんた。
髪は潤いがあって、目は宝石のエメラルドみてぇだ。
………」
暫くロナを見つめたダグラは格子の中に手をのばし、彼女の顔を引き寄せた。
「どうだ。
売り飛ばさないでやるから俺の娼婦にしてやろうか?
─あんなヘタレのとこは退屈だったんじゃねぇの?あぁ?
─…!」
ロナはプッと唾を吐きかける。
「…てめぇ」
ダグラが胸ぐらを掴みかけたとき、不意に手に痛みが走った。
「ぃだっ!
…何着けてんだ?」
あ…
ダグラがロナの服の下から引っ張り出したのは、エドがくれたあの貝殻などの首飾りだった。
「…なんだガラクタじゃねぇかよ」
ブチッと音を立てて首飾りは千切られ、貝殻や綺麗な石などがバラバラと床に無惨に散らばる。
自然と手に力が入るが、ロナの手は固く縛られて自由がきかない。床に転がった貝殻たちをただ見ているしかなかった。
「てめぇを俺の側に置くのは止めた。
新しいご主人様にでも宝石のやつを買ってもらうんだな」
そう乱暴に言い放つと、ダグラはまた宴に戻り、ドンチャンと騒ぎ立てる。
ああ、なんてバカなことをしたんだろうと自分でも思う。
でもあのときはこの方法しか思い付かなかったし、これをするしかなかった。
もう誰にも血を流して欲しくなかったんだ…
…ディールは大丈夫だろうか…
他の奴らも大丈夫だろうか…
……あいつは今頃どうしているんだろう……
悲しんでる…わけないかな、だってたった三日程しか居なかったし。
私はずっと保安官として生き、そして殉職していくのだと思っていた…
まさか、他人のオモチャになろうとは…(笑)
…私の存在意義ってなんだったんだろ
保安隊でもあまり役立たずに、初めての大きな手柄になりそうだった不法侵入者も取り逃すどころか共同生活してしまったし…
結局自分一人で何も出来ずに終わっていくのかな…
波に揺られ、心の不安がよりかき乱されるようだ。
「あ…兄貴…」
ベッドに寝かせられていたディールが、部屋に入ってきたエドの気配に気づき細く目を開ける。
「すまん起こしたか」
エドは近くにあった椅子に腰を掛けた。
「どうや、体の方は…」
「はい。
お陰さまで、もうだいぶらくです。
………すいません、俺…」
「お前が気にすることない。
あれはしゃーなかったわ。
─…もともと俺がお前らに言っとくべきやったんや。
すまなかった…」
部屋はベッド脇の棚にあるランプの明かりでのみ灯され、薄暗い。
「保安官…どうなるんすか…」
「……………。
…今日襲ってきたやつはダグラっつって結構各地に名を轟かせとる人拐いや…
あいつは…容姿目当てで拐われとる…
………悪ければ、…奴隷にされる…やろうな…」
エドの眉間にくっきりと強くシワが寄る。
彼女の最悪の結末を想像すると、自然と体に力が入った。
「兄貴…
俺らの体のことは気にせんでください。
…すぐに出港の準備をしやしょう…!」
「!…ディール。
それは出来ん…
例えお前らが良くても俺が良うない。
数があまりにも違いすぎる。
…さっきの砲撃できっと船も動かんやろうし…」
エドは左手に視線を落とす。
「はっ…
いつからすか?
その兄貴の臆病性は。
大切なもの守るためなら何でもする、それが貴方でしょう?
助かった俺らの面倒見てる暇あったら今、危険に侵されている彼女を救うべきじゃないんすか?
現に、あなたが一番保安官のことが心配でならないようですしね…。
兄貴、そんなに握りしめたらほら、シーツがしわくちゃっすよ」
「…!」
気づくと、エドは力一杯シーツを握りしめていた。
あわてて手を離すと、握りしめた跡がくっきりと残っている。
「はは…
…そおやな…
だが…どうする?
船は別のを借りるとして、こっちは数が足りん」
「兄貴、目には目を、数には数を…っすよ!」
「…?」