9 存在意義③
絶え間なく奏でられる音楽が、ここウ"ィレッタを一層華やかにする。
広場には、その音楽に合わせて踊る人々の中に一際目立つペアがいた。
「いんや〜、それにしても兄貴。改めて見たら男前っすね〜。背ぇ高いし、ガタイいいし、顔も整って」
「…俺、保安官は黙ってたら美人だとおもうんだがよ」
「うは、俺も」
「あれだけ見たら美男美女だよなー」
「お、上手くなってきた」
「つ…ついていくのに必死なんだが…!」
「ははは。
でも楽しいやろー?
これでドレスやったら完璧なんやけどなー」
「!
あほか!」
「あでっ
痛いなあ、もー」
「あのカップル色々とすげーな〜」
「まるで貴族みたいね」
「相手の女は上玉だぜ。
髪がシルクみてぇだ」
周りの見物人は二人に目が釘付けである。
「………さっきから視線が集まっている気がするんだが…」
「あんたがキレイだからじゃない?ハニー」
「誰がハニーだ!
…ああ、もう恥ずかしくなってきた!
止めだ止めだ!」
「え、もう〜?
これからがいいとこやのに〜」
「お前の部下も帰ってしまったようだし、私達だけが道草くっていたらだめだろう」
「…お堅いなあ」
二人はもと来た道を戻っていく。
「追うぞ」 「おう」
「許したってな?」
「は?何の話だ」
「今朝のこと。
あいつらも急なことやし、まだ対応出来てないんよ。
あんたもいきなり男だらけの中でこれから一緒に暮らすってなって不安で一杯なのにな」
「…別に気にしてない。
そもそも私が勝手に乗り込んだせいでこうなったんだ。
ああ言われるのは当たり前だろ。
それに、保安隊にいたときも男だらけの中で生活してきたし、慣れてるよ」
エドは そぉか とロナの頭を撫でる。
「あ、船戻ったら自己紹介してな?
あいつら、あんたの名前知りたがっとったから」
「…知りたがってた?」
ロナは驚きの表情を見せる。
私を嫌っている奴等が私の名前を知りたがっているだと…?
「本当に?」
「おう。
あいつら、仲間ならなんで名前も教えてくれんのやって」
「………そうか」
そうか、そうだよな。
名前も名乗らない上にあんな態度じゃ、ムカつかれるのも当たり前だな。
「わかった」
早く彼らの役に立ちたい。
ロナは不思議とそう思い始めた。
「…………」
道にだんだん人気がなくなって来た。
すると突然エドが右手でロナを抱き寄せる。
「!?ちょ、なにす」
ザザッ!!
「こぉーんにーちはぁ」
「!!」
いつの間にか、二人を取り囲むようにして見知らぬ集団が立ちはだかっていた。
「…お前、人さらいの…ダグラか…!」
エドは腰に提げていた剣に手をかける。
「わあ、俺の名前知ってるのか若僧。なら話が早い。
…怪我したくなかったらそこの金髪ねーちゃん置いてきな。」
「!?…は、私!?」
「チィ…めんどいもんに目ぇつけられたわ…
…すまんな〜ロナ、ちょいと待っとくれんか?
すぐにこいつら片付けるけぇ」
「!…待つわけないだろ。
相手10人はいるんだぞ。一人で片付けられる訳ない。
……私も闘う」
ロナも提げていた剣を抜く。
「あんれ、ねーちゃんも剣扱えるんだ」
「…は、頼もしいね。
でも、こいつらの狙いはあんたやぞ。
絶対に俺の後ろから離れるなよ」
「ああ」
「くれる気は無いようだな。
俺は警告したぜ?」
「心配どうも。
遠慮せずに来たらどうでっか?」
エドはからかうように笑顔で手招きしてみせる。
「ククッ…若僧が…。
野郎共!女の顔には傷つけんなよ!やっちまえー!!!!」
ダグラの手下達が一斉に斬りかかった。
が、エドはひらりと身をかわし、素早い動きで一挙に3人ほどなぎ倒す。
ロナも機微に反応し次々と相手を斬っていく。
いくら斬りかかろうと中々二人は倒れない。
「っ。
何をそんなに手こずってる!
相手は二人だぞ!!」
しびれを切らしたダグラはロナの背後を狙い拐おうと手を伸ばした瞬間、世界がグルリと一回転し、強い衝撃とともに身体中に痛みが走った。
「ぐっ」
「きったねぇ手でこの子に触らんでくれる?」 エドがパンパンと手をはらい彼に微笑みかける。
「く…くそっ
野郎共、ずらかるぞ!」
二人にやられた人さらい達は愚痴をこぼしながらヨタヨタとその場から立ち去っていった。
「ロナ、中々やるやん」
「私はせいぜい5人が精一杯だった…!
お前何人だ」
「んー、鞘から抜かんで撲っただけやし、19ぐらいかね」
「………初めて会ったときも思ったが、とてつもない手練れだな、お前」
「そお?」
きょとんとした顔で頭を掻くエド。
その顔がなんとも間抜けだったのでロナは少しにやけてしまった。
「ただいまー、皆の衆。」
「「兄貴!!お帰りなせぇ」」
船に戻ると部下たちは夕食の準備をしていた。
美味しそうな香りが船中に漂っていて、手持ちぶさたな他の部下たちはまだかまだかと心落ち着かない様子である。
朝のことなど皆気にしてない風だ。
エドは一度ロナに目配せすると、近くにあった椅子の上に立ち皆に注目を呼び掛けた。
「え〜、…コホン。
皆知っての通り、ここにおる保安官は新たに俺らの仲間として迎え入れることになった。
しかし未だに彼女の名前も知らんと、いう声が上がったちゅうことで、今から自己紹介をしてもらいたいと思う。
確かに、急なことで受け入れ難いゆうこともあると思うが、この子の方こそ不安で一杯なんよ。
だからまず、名前を知ることから始めて、仲良うなって欲しい。
頼むぞ。」
「…私もこの上に立つのか?」
嫌そうな顔のロナに頷いてみせてエドは彼女を促す。
そしてロナはしぶしぶ椅子の上に立った。
あ、意外と沢山人いたな。
少し高い位置から周りを見渡すと、二十数人のクルーの視線がロナを見つめていた。
ロナは彼らにバレないよう小さく息を整える。
そして大きく口を開いた。
「…あー、改めて、私の名は─」
ドオン!!!!
突然、激しい爆発音とともに船体が大きく傾いた。
椅子から転げ落ちそうになったロナをエドがすかさずキャッチする。
「どうした!!」
「どうやら、12時の方向から砲弾を撃ち込まれたみたいっす!!」
様子を見に行き帰ってきた船員が険悪な表情で話した。
「見張りはディールのやつだったんすけど、あの野郎、すでに何者かに矢を射られてやした!」
「ディールが!?大丈夫なんか!」
「胸に射られてやしたが、幸い内蔵にまでは達してないようで、意識はあるみたいです」
「そうか…」
「でも、なんでこんな海賊旗も掲げてない小っさい船に…!」
「………いや、少し心当たりが」
エドは少し眉を潜める。
「…兄貴?」
「ロナ。
絶対に部屋からでるなよ。
ここで待ってろ。いいな」
「は?なんだよそれ!
また私だけ省くのか!」
「いいから!!
絶対でるなよ!」
エドはめずらしく訛りも無く怒鳴ると、部下達を連れて船外へと出ていった。
「……なんだよ」
船の外では船首付近から砲撃で煙が立ち上っていた。
一番マストの根元にはぐったりとしたディールが胸から血を流して倒れており、仲間がそれを介抱している。
「ディール…!」
エドがディールに駆け寄ろうとしたとき─
ガッ
「!」
行く手に矢がとんできた。
「こぉーんばぁーんわー」
声のした方を見ると、そこには自分たちのよりも一回り大きな船が横につけていた。
そしてその船の縁にはあの男が
「ダグラ…!
てめぇ何のつもりだ…」
「はあ、まあ、手っ取り早く言うとさあー、昼間お前にやられてあのねーちゃん盗れなかったからさ、リベンジに来たんだよ。
で、ねーちゃんどこ?」
「さあな」
エドは剣を鞘から抜く。 その様子を見てダグラは鼻で笑った。
「強がんなよ。
まあ、今回こっちは百人弱居るし、ゆっくりと探すことにするぜ。
野郎共、かかれぇーー!!」
おおーー!!
という声とともに渡り板が架けられ、大勢のダグラの手下達がエド達の船に乗り込んできた。
「兄貴」
「すまん、お前ら、巻き込んじまうな」
「へへっ。
何を今さら。
俺達の命はあんたをこの船に乗せたときからあんたに捧げるって誓ったんすから。
今になってよそよそしくしないでくださいよ。
みずくさい」
「はは…
お前ら、
バカやのぉ…」
一方船内に残されたロナ。
「外が騒がしい…」
まさか戦闘でもあってるんじゃ…
きっとそうだ…
助けにいかなければ…!
ロナはキッとドアを睨み付け、ドアノブに手を掛ける。
「!!!!!!」
ドアを開けると、やはり戦いが繰り広げられていた。
そして周りを見渡すと
「!…あいつ!!」
昼間襲ってきた…確か…ダグラ!たいしたことない奴だったが、そうであれ数が多すぎる…!
これでは多勢に無勢だ!
……まさか私を狙って…?
ロナの目の前でエドの部下達が次々と斬られていく。
彼女の唇が自然ときゅっと結ばれる。
そんな…
待って…
止めて、止めてくれ
私のせいで彼らが…
どうすればいい…?
どうすれば…
………………………!
「ダグラ!!」
ぶつかり合う剣同士が擦れ合う金属音の中に、まだあどけなさを残す彼女の声が響く。
「……!?
ロナの声…!」
船室のある方を見ると、ロナが部屋から出ていた。
あいつ…!
なんで!
「お〜う
金髪クリクリお目々のねーちゃんじゃねぇかー。
そこにいたのね〜」
「ダグラ、貴様の狙いは私か…!」
「正解っ
どうしたよ」
ロナはダグラの船に向かって歩き始めた。
「ロナ……何を…!」
そして彼女は渡り板の端に足をかける。
「私はお前の船に乗る。
その代わりこいつらには手を出すな!!」
「!!!!
ロっ…」
「だはははは!!
いいねぃ、自分の身を売ってこいつらを助けるのか。
…あいよ、りょーかいしたぜぃ」
ロナはそのままダグラの船へと乗り込む。
「バカっ
待て!!」
エドはロナを追いかけた、が、何人ものダグラの手下に押さえつけられる。
そしてダグラに左手を踏みつけられた。
「なんだてめぇ、指が三本しかねぇじゃねぇか、踏んだ感じがしねーよ」
とさらに力をこめる。
「………っ。
っおい!
バカなまねはよせ!!
ダグラは人拐いだ!人拐いに拐われた奴は大抵奴隷にされちまう!!
お前は奴隷にされるんだぞ!
ロナ、その意味がわかるのか!?
ロナ!!」
ロナは一度も振り返らず船の奥へと消えていってしまった。
「ロナ…」 「くくっ
どうだ、自分の欲しいものが手に入らない気分は。
もどかしく、腹立たしく、悲しいだろう。
俺は今まで人拐いをヘマしたことは一度もねぇんだ。それをてめぇがぶっ壊しやがった。
でもまあ、これでチャラにしてやるよ。
じゃあな、若僧!!」
ガッ
「…っ」
「兄貴!!」
エドの首筋を鞘で殴り気絶させ、ダグラは手下共を連れて船を出港させた。
エドの部下達はただ見ていることしか出来なかった…。