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痴女と野獣の狂想曲《カプリッチオ》  作者: おうさとじん
第一章、眠れる森の痴女と舞踊曲《アルマンド》
7/12

第5話

 『繰り返す愚かさ』



 ギルビシア大陸は元来、獣人や獣のみならず精霊や妖精、竜などと言った魔法生物に分類されるモノ達が多く暮らす土地だった。分け入るのが困難な隆起した山々、そこから来る清らかな川の流れ、のこぎりの刃のような海岸線は多くの海の幸を齎す。自然の恵みに感謝をし、それを護る精霊や竜を崇め人々が生きてきた――そういった土地柄だ。

 対してアシテア大陸は中心地に山脈が連なるが平らかな草原地帯が多く、山から来る水の流れを利用して田畑が広がっている。工業の発達が目覚しく便利な道具に溢れているが、自然の成長速度を超える伐採が原因で資源の入手が難しくなっている。

 山には未だ多くの鉱石が眠っているが、世界最高峰とも言われる高山は人に溢れたアシテア大陸に在って、唯一と言っていい竜の棲む山であり、それを退治して資源の捕獲をするにはリスクが高すぎる。

 ならばどうすれば良いか?

 答えは単純であり、また愚かである。


 二百と数十年前まで、ギルビシア大陸は統一国家と言っていい規模でガルスドラフォル王国によって治められていた。いや、事実大陸全土がガルスドラフォル王国の配下ではあったのだ。ガルスドラフォルに<王国>という概念を齎したのは助言者オンノである。

 国家建設の時代、ギルビシア大陸は今よりも酷く戦火に晒されていた。少数部族がそれぞれの土地で静かに暮らしていたのだが、アシテアから侵略者が上陸したことで大陸全土が混乱の渦に巻き込まれ、多くの人々が亡くなった。

 青年ガルストはそれを嘆き、侵略者を憎んだ。彼は人々を、延いては大陸全ての命を守るために戦った。しかし、多くの港は占拠され大量の兵士が大陸を囲んだ。埋めることの出来ない戦力差に、ガルストはこの地に住まう聖なる存在たちの力を借りることを考えた。つまり、精霊や竜といった存在である。

 人の侵入を拒む自然を無理やり突き進み、清浄な空気が漂う空間へと出た。そこで、一人の美しい者と出会う。

 アシテアからの侵略者かと身構えたガルストであったが、その神掛かり的な様相にコレ(・・)は人ではない、もっと崇高な存在である。と、そう感じたと言う。そしてその直感の通り、ガルストの目の前に居る人物は人ではなかった。

 当時、あわいは神の国であると信じられていた。その間からの訪問者である存在――オンノ――が齎したものは大きかった。直ぐに打ち解けた二人は共に竜の元を訊ね、見事これを仲間に引き入れることに成功する。知の世界からの訪問者であるオンノの助言は的確で、竜の力を用いて効率的でいて平和的にアシテアの民を退けることに成功した。

 その後、オンノはガルストに自分はただの人間であることを打ち明け、そうしてから自分と言う存在、そしてガルストの存在をえて神聖な存在であると噂を流した。作為に満ちたその噂はたちま尾鰭おびれを付けて大陸全土へ広がり、ガルストとオンノを慕う人々、頼る人々が溢れた。

 元々少数民族が交流も少なく暮らしていたギルビシアはアシテアからの侵略によって団結力を高め、ガルストを王に頂くことで挙国一致きょこくいっちを果たした。

 ガルストがギルビシア全土を支配下に置いていると、ガルスドラフォル王国建国を宣言することで、アシテア以下いずれの大陸、いずれの国家への牽制となった。

 賢者とも言われるオンノ、大陸の守護者である竜すら使役する戦神ガルスト、その二人が納める国を侵略するのは難しく、アシテアの軍は掲げた旗を巻いて逃げ出した。

 実際に支配していると言う訳ではない。名目上王都を建設し、ガルストがその中心である王城で生活することで対面を保っているが、人々は今まで通りの生活を守った。

 それでも少しずつ国となったギルビシア大陸と他の大陸との交流が始まり、交易が盛んになることでチラホラと大きな街が出来てゆく。

 族長と呼ばれていた人物が町長と呼ばれるようになり、小さな国家のような体制を取る街も出てきた。歴代のガルストとオンノが治める時代はそれでも問題は無かったが、次代のガルストが生まれずオンノも現れなくなって直ぐ、調和が乱れ始めた。

 そして約五十年前、新たなガルストが生まれる二十年前に、一国家として独立宣言をした港街があった。

 それが、<コルタ国>である。民主主義国家を謳い、王のいない国として建ったが内実はアシテアに握られた傀儡国家である。

 ギルビシア大陸の北側一帯を領土とするコルタはアシテアがガルストを攻めるに恰好の軍事基地となった。



 四足を使ってひた走る。四足ではあまり長時間の走行には向かないが、中距離であればガルストは馬で駆るより速い。彼の直ぐ後ろを跳ねるようにクルーツがついて来ていた。クルーツは外見上獣人の特色が極めて少ないが、跳躍力はガルスドラフォル国内でもずば抜けて高い。その脚力でもって難なくガルストの後に続いている。

 城への道をしばらく行くと、騎士団の一人が騎獣きじゅうを伴って現れた。

 『お待ちしておりました!』

 ガルストは足を止め無言で頷き騎獣の背に乗る。これは躍竜やくりゅうと呼ばれる種で、空を飛ぶことは出来ないがおどるように飛び跳ねる。竜と名は付いているが、種類としては石竜子とかげ。乗りこなすことは難しいが、慣れれば馬よりも断然速い。

 クルーツが乗り込んだのは芦毛の駆歩馬で、生まれた頃は黒々としていたが今は少し灰色掛かっている。この馬だけがガルストの騎獣に着いて来ることが出来るのだが、何れ白毛に変化する。白は目立つので、そうなれば戦場での活躍は見込めない。

 クルーツを戦場に、ましてや前線に出したくないガルストは、芦毛の馬をじっと見つめた。

 『……行くか』

 クルーツが頷いた。


 コルタとの国境くにざかいに設営された前進基地へと辿り着いて直ぐ、ガルストは兵士から渡され竜鱗りゅうりんで編まれたころもも羽織る。これは、建国の際に協力してくれた竜から付与された鱗を元にガルスドラフォルの王たる者の為に作られた戦闘衣せんとういで、軽い上に鉄製の甲冑を凌ぐ強度を誇る。

 武器は持たない。元々己の爪や牙を用いた武術を嗜むガルストたが、戦闘を忌避する姿勢であることをコルタに主張し続けている為でもある。

 『どう収めます?』

 クルーツの問いかけに、低い唸り声が漏れた。

 (戦争は嫌いだ。人を傷付けたくない……)

 それが傲慢な考えであり、王となる者の考えとしては限りなく甘いことをガルストは自覚している。

 しかし、避けられる戦いは避けるべきであり、避けられぬ戦いであっても少しでも被害を少なく出来るよう努力することは悪ではないと思っている。

 『自軍に撤退命令を下せ』

 それだけで意図を察したクルーツは、術士数人を伴いテントを出て行った。

 ガルストはテントから出て、合図を待つ。暫くすると、空に淡く緑色に輝く光が打ちあがった。それを確認して彼は、戦場へと駆け出した。




 *****     *****     *****




 「ちょっと、いい加減泣き止んでよ……」

 室内に、ズズッっと鼻を啜る音が響く。

 「っ…だって、僕の大切なっ…っく……うーたんにっ、あえっ…うれっし……」

 盛大に泣き腫らしたせいで、しゃくりあげてしまう。男は息苦しそうにブツブツと言葉を繋ぐ。

 「でも……、うーたっんが……こっちに来ちゃうなんて……、喜んじゃいけなっ…いね……」

 詩の横でやっと涙が収まりだした人物。それでもしゃくりあげるのが止まらない程にボロッボロに泣いた人。イギリス人の父親と日本人の母親から生まれたハーフで、とても綺麗な顔をしているのに、名前が音之介おんのすけという、明らかに日本に憧れた外国人が名付けちゃいました感バリバリの名前の人。

 詩の、失踪した筈の父親。

 (まさか、こっちの世界に居たなんて……)


 大人は誰も信じてくれなかった。誰も信じてくれないから、詩もあれは勘違いだったのかもしれない、父親はきっと寝ている隙に家を出て行ってしまったんだと、思い込んでいた。

 母親は、彼女が生まれて直ぐ亡くなっていた。父親がハーフだが、実は母親もハーフだった。詩はハーフとハーフの間に生まれたクォーターであった。母の両親は、日本人の父とイギリス人の母という組み合わせで、駆け落ち夫婦だったせいもあり、母方の親族との交流は全く無かった。ちなみに母親の名前は旋律メロディ。そう、旋律せんりつと書いてメロディと読ませている当時を先駆ける……、日本で育つには色々あったであろうことを容易に想像させる名前だった。

 父が音之介で母が旋律メロディ。音が旋律となって、やがて美しい詩になる。そんな意味を込められた名前だと、詩は勝手に思うことにしていた。愛されていたんだと、思いたかった。


 (あの日……私は、買ってもらったばっかりのDVDを見ていた。何かイベントがあるたびに増えていくプリンセスを主役にしたアニメのDVD。

 うろ覚えだけどあの日も、父親より先にお風呂から上がった筈だった。体を洗って貰って、湯船でちょっと遊ぶ。自分でお着替えが出来るようになったから、私は父親より先にお風呂を出る。私が出た後、父は自分の事を済ませて、ゆっくり湯船に浸かる。それが習慣化し始めていた頃だった。

 DVDの出し入れは禁止されていたから、お風呂から上がると、デッキに入ったままの美女と野獣をそのまま流した。見ていると、バスルームから「うわぁっ~」と言う声が聞こえて、私は慌てて父親の元に行った。

 声も掛けないで開けたバスルームの扉。そこには、ゆらゆらとお湯が揺れる湯船しか無かった。


 おとんさまが消えちゃった


 私は、そう思った。でも、私は四歳で、だからどうしたらいいのかわからなくて、延々泣いた。泣いて、泣いて、疲れて脱衣所で眠って……

 起きてもおとんさまは居なくて、親子二人だけの生活だったから、保育園にも行ってないし、父親は職人さんで家で仕事をしていたから、誰にも気付いてもらえなかった。

 私は、ただ呆然としていた。そのうち感覚が麻痺して、おもちゃで遊んだりした。冷蔵庫にはハムとかベーコン。他にも色々。私の手の届く棚にはシリアルがあるし、お腹が空いたら手に届く範囲のものを食べていた。

 きっと、次に寝て起きたら、おとんさまが居るはず。ソーリーソーリーなんて言いながら、笑ってくれるはず。そう思いながら、一人で遊ぶことにも飽きて、ずっと、ずっと、DVDを見続けていた。

 何日過ぎたのか判らなくなっていた。食べるものが無くなって、一人で出ちゃダメって言われていたけど、私は家から出た。街をさ迷い歩いて、警察に保護されて……

 そして私は、父親に捨てられたと教えられた)


 (怨んでたはずの、私の――おとんさま――)

 「ごめん…ね、一緒に、いてあげられなく…て……」

 もしも生きて出会うことがあったら、恨み辛みを思いっきりぶちまけてやろうと思っていたのだが、詩の中にあった澱み靄の如く心を漂っていた感情が、ポシュっとでも音がしそうな勢いで、怨恨が、消えていた。

 「もう、いいよ……。しょうがないじゃん?帰れないとこに来ちゃってたわけなん……だよね?」

 「あ、うん……」

 落ち込んだ様子で頷く。

 「帰り方を必死で探したんだけど……、多分そんな方法は存在しないんだと思う……」

 「そっかぁ……」

 現実であれと願っていた筈が、いざ帰れないと言われると、詩の心にぽっかりと穴が空いた。

 「だから、喜んじゃいけないんだよね、本当は」

 「ん?何が?」

 「うーたんに会いたかった。うーたんがおっきくなって行くのを、傍で見守りたかったんだ。でも、帰り方が無いってわかって、じゃあせめてうーたんが幸せであるように、それだけを祈ってた。でもね、やっぱりおとんさまは娘がどんな風に成長したか知りたいものなんだよね?だから、うーたんに会えて嬉しい。だけど、会えてしまったことが悲しい。だって、うーたんも、もうあっちの世界に帰れなくなっちゃったってことだからね……」

 ……なんだろう、父の愛を喜んだり、帰れないことを嘆いたりするべきなんだけど、うーたんって連発されることのむず痒さに負けるって言うか……

 「おとんさま」

 声を掛けると、男にしては綺麗な顔を詩に向ける。

 「さすがに私も二十九なんで、うーたんはやめねぇ?」

駆歩馬=サラブレット

芦毛=生まれて直ぐは真っ黒だが、年々白くなっていく


2012/5/30 誤字修正

2020/9/15 改稿

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