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痴女と野獣の狂想曲《カプリッチオ》  作者: おうさとじん
第一章、眠れる森の痴女と舞踊曲《アルマンド》
6/12

第4話

英語に関してはGから始まる素敵な翻訳さんの力を借りたので、間違ってたらチゲェよ!って教えてもらえると物凄く助かる、英語さっぱりの作者です。

 『森の中の城の中の森』



 ――玄関を抜けると、そこは森景色でした――


 (違うでしょー、そうじゃないでしょー、そこは綺麗な玄関ロビーが出てくるとこでしょー)

 と、なんとなく間延びした、ネット老人会のメンバーならピンときそうな有名なアレっぽい喋り方が脳内で再生された詩。

 玄関の前にはなぜか悄然しょうぜんとした様子の猫科甲冑の人。その人が、巨大な玄関ドアを開けると、目に飛び込んできたのは、城の外の森よりもおどろおどろしい森。

 (おいおい、可笑しくないかい?玄関のでっけぇドアが開けられたらそこには鬱蒼と茂る森があるとか、ありえないだろ、常識的に考えて。森の中の城の中に森があるってどういうことよ?Forestフォレスト inイン the castleキャッスル inイン the forestフォレストですか?わけわからん)

 『これが…眠りの森、か……』

 ガルストが、無意識に呟いた。

 (え、何?なんか怖いんだけど……こう、これから危ない所に入るぞ!見たいな空気がビシバシ漂ってねぇ?)

 雰囲気に焦る詩には構いもせず、クルーツが前に出る。

 『ガルスト、こちらです』

 その声に頷いて一歩踏み出すと、カッコイイ服を着た騎士と甲冑を着た兵士が武器を構えながらそれに続こうとして、止められた。

 『あなた方はここで待機して下さい』

 『しかし……』

 『大丈夫、危険はありません。いいですね?』

 『かしこまりました……』

 騎士たちが、玄関前に待機の姿勢をとる。

 『危険は無い、か。クルーツ、お前は良くここに来ているのか?』

 『はい……』

 詩を抱き上げたまま、ガルストはクルーツに従って森の中へと足を踏み入れた。

 (え、何?なんか空気重々しいですよ?もしかして、牢屋とかですか?まさかの死刑台直行とかじゃないですよね?あれ?私、身動き取れないけどこれワザと?え?)

 『後ほど、と言った話を聞かせてもらえるわけだな?』

 (なんなのー!この剣呑な空気はー!!)


 なんとも言えない空気に、詩はとりあえず沈黙することにした。ガルストの腕に揺られながらしばらく城イン・ザ森を進むと、石造りの教会風な、やっぱり蔦まみれの建設物がお目見えし、詩はその中の一室に放り込まれた。

 いや、放り込まれたって言うと語弊がある。部屋に入ると、まずそろーっと降ろされた。本当に、そろーっという言葉がぴったりなほど慎重に降ろされた。そしてクルーツが部屋の奥の扉を開くと、それに続けと言わんばかりにガルストに背中を押された。

 温かいお湯の柔らかな匂いを感じた詩は、風呂か!また風呂か!と心で叫んだ。

 (これは、あれかな?水から出てきたから水から帰すとかか?帰されるにしてももう少し、ほんのちょっとでいいから野獣を堪能したかったけど……)

 嘆く詩の心中など、知る由もないガルストに中々強い力でバスルームに押されて無常にもドアがバタンと閉まった。

 二人ともバスルームを出たって事は、送還じゃないのか?思うことにした詩はお風呂を堪能、もとい、髪や体を洗いきちんと湯船で温まってから出た。

 いつの間にか用意されていたワンピースを着、髪を丁寧にタオルドライしてからもとの部屋に戻ると誰も居なかった。

 (なんか、さっき空気がどよんでたから、二人で顔つき合わせてなんか話でもしているのかしらん?)

 と思って、部屋にあったふかふかベッドに倒れこんでみた。

 (いやー、そういえばアルコール入ってたんだよね。一応二人を待ってるつもりだったのに、うっかり意識は沈んでグースカ寝扱けてしまっています。うん、今まさに寝てるんだ。私。でも、なんでだろう。


 なんで寝ている私を私が見てるんだろう?)




 *****     *****     *****




 『真王と助言者』



 ――眠りの森――

 ガルスドラフォル王国建国の頃、初代国王となった『ガルスト』によって建てられた助言者の為の場所であるという。それは美しい場所であり、春季には花が咲き誇り、雨季には涙のようにさめざめと雨が森を濡らし、夏季には木々が青々と生い茂る。秋季には美しい紅葉を魅せ、冬季にはギルビシア大陸には珍しい雪が降り積もる。

 温暖な気候のガルストにおいて、唯一五季を併せ持つ場所であった。それは、建国の功労者『オンノ』が時の移り変わりを愛し、その思いに初代国王が応える為、法力を持って創られた空間。故に、ガルスドラフォルの聖域とも呼べる場所だった。

 オンノはガルストを良く支え、共に国を盛り立てたと言う。しかしガルストが死去すると同時に、オンノは姿を消した。主の居なくなった森は精彩を欠き、ゆっくりと五季を無くし森厳しんげんな場所へと姿を変えた。

 初代国王に子は無く、忠臣であった男が王位に着いた。真の国王『ガルスト』と同じ存在を待ち続ける仮王として。そして数十年が過ぎると、山林に覆われた寒村に、初代国王と同じ特色――様々な動物の姿を混ぜ合わせた姿――を持つ者が生まれた。それは直ぐに王城に伝わり、その赤子は二代目『ガルスト』として、王位に付くこととなる。

 そして、真王が王城に上がると同時に、姿を消していた筈の助言者オンノが現れた。

 初代国王ガルストが死去してから三十年の月日が流れていたにも関わらず、老いた様子も無い。以前描かれた絵姿そのままの姿であったと言う。

 二代目真王もまた、助言者オンノと共に国を繁栄へと導き、しかし初代と同じく子を儲けることなく世を去った。そしてやはり、オンノもそれと同時に姿を消したと言う。

 三代、四代、五代と続くいずれの王の治世……その全てに助言者オンノの姿が在った。長い年月が流れるうち、真王は子を儲けることが出来ぬと知れ、真王は国に降臨する、人とはまた違った存在であるとされた。再降臨には王の死後長くとも五十年。真王と助言者の存在は色褪せることの無い史実とされていたが、五十年を過ぎても真王の器を持つ者は現れず、六十年、七十年と時を重ね、何かがおかしいと感じ年老いた術士がこの場所へと足を運んだ。すると、助言者オンノの帰還を静かに待つ筈の神秘的な森は、禍々しきモノへと変貌を遂げていた。

 王城へ戻りそれを王に伝えると、調査隊が組まれ、様々な調査がなされたが、原因が判明することは無かった。しかも、助言者を記した文書、肖像、オンノの存在を記す全てのモノが、消えていたのである。

 助言者はこの地を見放した、故に森は呪われた。助言者無くば、真王(あらわ)ることは無い。ガルスドラフォルの民は、絶望に打ちひしがれたと言う。

 その後三百年、真王と為るべき者が現れることは無く、真王ガルストと助言者オンノは伝説へと姿を変えた。


 そこに、彼が生まれた。

 衰退へと向かっていたガルスドラフォルの民は、伝説は偽りではなかったと歓喜した。真王が王城に上がれば、助言者オンノが現れる。真王が国を繁栄へと導き、助言者が国を支えると、皆が期待した。

 しかし、助言者は現れなかった。

 幼少の頃に城に上がって、二十四年。『ガルスト』の成人は三十と定められている。『ガルスト』は、一般的な民と比べて身体成長が遅く、寿命も幾許いくばくか長い。

 一年、あと一年で成人を迎える。と、ガルストは焦っていた。

 今、王城は荒れている。助言者が現れぬとも、王は王。成人と共にガルストが王位へ就き、国を導くべきと説く保守派と、これまで国を守ってきた現王の血筋こそ守るべきものであり、伝承などと言う不確かなモノは捨て去るべきとする革新派へと別れた。

 ガルストは王権を欲している訳ではない。彼自身、王として国を導くことが出来る器であるか疑っている。どうなるにせよ、血を流すような争いは避けたかった。

 だからこそ、術士であり、現王の第一王子でもあるクルーツを祭司として、この国の行く末を占ったのだ。


 『オンノは、居るのか?』

 ガルストの問いかけに、クルーツは力無く『わかりません』と口にした。

 『では何故、ここには生活するに困らぬほどの物が…全てがある?』

 瑞々しい果実を一つ、籠から掴み取る。眠りの森、城内。ガルストは厨房に案内されていた。

 肉に野菜、果実に酒まで揃った厨房を、ガルストはどんな思いで見ればいいのかわからなくなっていた。

 クルーツを、弟のように思っていた。ガルストが王城に上がってまもなく生まれた、三百年の歴史を持つ王の血筋。王に為ることを革新派に望まれている存在。しかし、クルーツはそれを望まず、ガルストの臣下として勤めるのだと、法術を学び、いつもガルストを立てた。

 オンノの住まうべき地、通いなれた様子のクルーツ。

 (望む者があるならば、私がいいと言うならばと、思っていた。クルーツが強く望むからこそ、王位継承第一位の地位を降りることなく此処まで来た)

 『お前は、何を思っているのだ?』

 (ガルストとオンノは共にあるべき存在。もしも、オンノの存在を、クルーツが知って隠していたのだとすれば、私は、一体どうすればいいのか……)

 『ここには、美しい人が眠っています……』

 クルーツが、静かに言葉を発した。

 『私は父に、王家の秘密である、と……王となる者のみに伝えられると言われました……』

 そうして俯いたクルーツが、ややあって顔を上げる。

 『私は、あなたに話すつもりだったのです。ですが、初めてあの人を見て……私は魅入られてしまった……』

 付いて来て下さい、と、小さな声を漏らし、クルーツが歩く。ガルストはただ黙ってその後に続いた。


 そこにいたのは、美しい人だった。

 金に近い髪、すらりとした鼻、白磁のような肌、まるで、神によって作られた人形。

 『この方がどなたなのか、名はなんと言うのか、王家にも伝わっていません』

 クルーツは、まるで神聖な者に傅くように、ベッドに横たわる美しい人へと膝を付き、頭を垂れる。そして、まるで愛しい恋人に触れるように、頬を撫でた。

 『もしかすると…この方は……この方こそ……』

 その後の言葉を、口にするのを怖れているかのように、クルーツが小さく振るえる。

 『オンノ、か』

 『眠り続けているのです!父の代よりも、祖父の代よりも前から、ずっと!ずっと!』

 堪えていた感情が爆発したかのような、切実な声。

 『どうすれば目覚めていただけるか、ずっと…ずっと研究し続けて来ました!ですが…どんなに手を尽くしても目覚めては下さらないのです……』

 クルーツが、美しい人の手を握り締める。

 『お目覚めになられたら…もしもこの方が……助言者様ならば……私は、親愛なるあなたと、この方が共に治めていく国を、私も…私も一緒に……』

 『クルーツ……』

 ガルストはなにを言えばいいのか、わからなかった。静けさの中、先に言葉を発したのはクルーツだった。愛おしげに眠る人の頬を撫で、立ち上がる。

 『時視の水盆から現れたあのお方は……ウタと言う人は、この方に似ていると思われませんか?』

 (ウタが……?)

 言われて、改めて静かに眠る美しい人に目を向けた。

 この人物に比べて、詩の髪は茶色い。瞳の色は閉じられているからわからないが、鼻筋、唇、確かに似通っている気もする。しかし、詩のほうが線が柔らかいように感じられた。

 『もしも、ウタとこの方が……』

 クルーツが言いかけた言葉が続くことは無かった。ガルストたちの目の前に、伝達魔法によって運ばれた手紙が舞い込んだからだ。

 すぐさまそれを掴み、紙を開いた。

 綴られた文字に、舌を打つ。

 『国境が攻められた』

 『……っ!』

 『出るぞ』

 短くそれだけ言うと、クルーツは頷いた。

 『一人で良い、誰かウタの傍につけることは出来るな?』

 『……それならば、わたくしが残りましょうぞ』

 急に掛けられた声に振り返ると、保守派筆頭のシーラハイド老が、ヒゲを撫で付け立っていた。

 『いつの間にか居なくなったと思ってはいたが……』

 『ほっほっほ、気持ち良さそうな、寝るのに丁度良さそうな枝振りの木があったもので、少し昼寝を致しておりました』

 眠りの森の入り口に辿り着いた時には居なかったはずだ。

 猫の特色が強く出ている。神出鬼没でいて、自由気まま。しかし、勝手放題と思わせておいて、抜け目が無い。

 『お任せいたします』

 シーラハイド老に応えたのは、クルーツだった。




 *****     *****     *****




 (なんでこんなことになったんだろう?)

 起きたとも言えない。ふと気がつくと、自分を自分が見ていた。

 (あっ、これってもしや幽体離脱?)

 詩が試しに壁に手を当ててみると、ものの見事にすり抜けた。

 すり抜けたのはいいのだが、どうすればいいのか困惑した。ただでさえ、急に異世界に飛ばされ、夢にまで見た野獣ではあるが言葉の通じない獣人たちに連れられて森の中のお屋敷(?)に押し込められた状態。無意識に優しげなガルストだけが心の拠り所のように感じていたのだ。

 (ど、どうすればいいんだろう?とりあえず、ガルスト探す?)

 お屋敷(?)の中を歩き回って見るも、ガルストもクルーツも見つけることが出来なかった。詩は自分の体がある部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。

 しばらく、途方に暮れてぼうっとしていた。

 「Heヒー wasワズ goneゴーン

 「うわっ!?って、……英語?」

 誰も居ないんだろうか、置いてかれた?と、不安になっていたところに聞こえてきた声に、飛び上がるほど驚いた。

 振り返り、声を発したモノを見た瞬間……色褪せた景色が、幾重にも重なるようにフラッシュバックした。

 「あれぇ?日本語?外人さんかと思ったら、日本人なんだねぇ」

 記憶に無い声。

 のんびりとした、間延びした声……

 「彼なら行っちゃったよ~って言ったんだよ。彼、ガルストが居ないと間の人間は冬眠みたいになっちゃうんだよねぇ」

 記憶にある顔。

 ただ一枚持っていた傷んだ写真そのままの顔……

 「お…とん……さま?」

 滑稽なほど上擦り、掠れた声が出た。

 「え?」

 金に近い髪色、日本人よりは彫りが深めの目、高い鼻、白い肌。写真と違うのは髪の長さぐらいだ。

 「……おとん、さま?」

 「もしかして…うーたん……?」

 ≪うーたん≫うっすらと記憶に残った呼ばれ方。

 (まさか、まさか、まさか!!)

 「うーた……ほんとにうーた……?」

 遠い昔に、突然消えた父親の、その面影を持った人が茫然自失といった顔で詩を見つめる。

 「詩、だよ……三島、詩……」

 呟くように伝えた名前が確かに聞こえたのか、美しい顔がぐしゃぐしゃに歪みボロボロと涙が零れ落ちた。

 「うーたんぅ!!あ、うあ、ぼぐの、エ゛ンジェル、ぼぐの゛う゛ぅだん゛~!!!」

 鼻水まで垂れ流しながら、抱きついてきたその人は……

 確かに二十五年前、お風呂から忽然と消えてしまった筈の、詩の父親だった……

「どよんでた」は誤字じゃないよ!

よどんで「どよん」とした空気の表現だよ!


2020/5/8 改行直し

2020/9/13 改稿

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