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痴女と野獣の狂想曲《カプリッチオ》  作者: おうさとじん
第一章、眠れる森の痴女と舞踊曲《アルマンド》
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第3話

惻隠そくいん=同情、可哀想に思い、何かしてやりたいと思う気持ち

 『惻隠そくいんの空回り』



 クルーツが祭事の間の扉を開く。特に呪文を要せず、壁に手をかざせば白壁から少し離れた位置に光の線が左下から走り、扉を形作る。

 淡く発光した空間へと、騎士二人と近衛兵一人が消え、騎士の一人が戻って来た。

 『特に異常ありません!』

 その言葉にガルストは無言で頷く。

 「やべぇ、これ獣人ってやつだよ、うさっぽいのに犬っぽいのもいるよ……でも、ケモ度はバラバラなんだな……」

 興奮気味に呟き、周りをキョロキョロと見ていた詩の背が押される。詩はガルストを仰ぎ見た。詩が落ちてきた時の奇行は何だったのか、興奮した目は幻だったのか、彼の目には大人しくも不安気な様子で、足を踏み出すことを躊躇っているように見えた。

 『大丈夫だ…と言っても言葉は通じないか』

 どうしたものかと思っていると、詩がガルストの服の袖を掴む。

 「これ、あれですか、外に出る魔法なんだろうけど、出たら獣人だらけのお城とかですか?私、ちょっと興奮し過ぎて死んじゃうかもしれないです。って言葉通じてないけどさ、ちょっと待ってもらえるとありがたいんですよ」

 何を訴えかけているのか、眉尻を下げガルストの袖を離さないよう握り締めている姿が、いじらしく感じられた。

 (まるで、迷子の子供の様だな……。あわいの住人ならば、その器も弱いのだろう。護ってやらねばならぬな……)

 ガルストは、詩の袖を掴んだ手をそっと握り、扉を指差す。

 『ウタ、ここから出る』

 意味が通じることは無いとわかっているが、無言で連れ出されることのほうが恐怖を覚えるだろう。己の姿の恐ろしさを思えば無意味かも知れないと思いつつ、ガルストはなるべく優しい声音を心がけた。

 「手繋ぎキター」

 詩が小さくも、驚いた様子を見せる。

 (何を思っているのか理解することが出来ないのが、もどかしい。しかし、今それを嘆いても意味は無い)

 ガルストは盛大に勘違いしているが、それを正せる者はここにはいなかった。

 (神の意思か悪戯か、祭儀のせいでウタがこの世界に召喚されてしまったのは事実。そして、事態を引き起こした要因が私であることは火を見るより明らかだ。クルーツは元の世界に戻すことは難しいと結論付けた。実の世界が干渉出来るのが神の世界のみであり、間の世界へと干渉する為には、実から神へ、神から間へとウタを渡らせねばならない。しかし、神の世界は無の世界……うまく実から神へと世界を渡れたとしても、体も魂も失ってしまう。となれば、ウタを間の世界に帰すことは不可能だ)

 『ウタ……行くぞ』

 目を見つめ、そう話しかけると、詩はガルストが握った手を弱弱しく握り返し、そっと微笑んだ。

 ようにガルストは誤解した。詩はどちらかというと興奮で強めに手を握ったが、ガルストの痛覚に響く強さでは無かっただけだった。

 (今度は、笑うか……弱いウタを、この世界で生きることが出来るように護らなければならない)

 そう、強く思った。

 誤解である。

 「やべぇっす。超萌えるっす。ニヤケるの押さえるのマジ大変っす」

 ガルストは小さな手を引いて、扉へと向かう。

 詩に感じていた警戒心は既に無くなっていた。

 警戒心を失うのが早すぎである。




 *****     *****     *****




 ガルストに促されるまま、詩は魔法の扉を抜ける。思わず目を閉じてしまうのは、人間の習性だ。薄い膜が体を包む感覚が過ぎて、白壁の淡い光とは違う、降り注ぐ光を感じる。しかも、鳥の囀り、木の葉の揺れる音が聞こえる。

 そろっと目を開けると、飛び込んできたのは緑、緑、緑。

 「森?」

 後ろを振り返ると、円柱の白い建物。そこに、つるが一面を覆い尽くすように巻き付いている。てっきり、お城の中とかだと思い込んでいた詩は思わず首を傾げた。

 『どうした?』

 訝しげな様子の詩に、ガルストが声を掛ける。詩は何を言われたのかはわからなったが、語尾が上がってるから疑問形の言葉なんだろうと思い、とりあえず首を横に振った。と、少し顔を顰めてから頷かれる。

 よくわかんないけどいっか、とりあえず首横に降っとけ、頷いとけ。という二人の行動だ。

 『少し、ここで待て』

 ガルストが手を離す。

 (あぁん、もっと繋いでたかった!)

 詩から離れ、ガルストはクルーツの元へ向かう。そこにはシンプルながらも質の良い服を来た明らかに猫な人がおり、詩は鼻血を噴きそうになった。

 『これからのことを決めたい』

 『とりあえずは、城へと連れて行くしかあるまいのぉ』

 『王にこの事態をどう伝えるべきか……』

 『前例の無いことだろう。ウタの出現が吉事であればいいが、凶事と判断されれば……』

 『そのことなのですが……』

 (な~に、喋ってんのかな~?)

 真剣な声音が続く。フードを目深に被ったクルーツが幾度も詩をチラ見していた。

 (あの人はあれかね?魔法使いっぽかったから召喚主とか?う~ん、むむむ?状況として一番考えられるのは、なにか儀式めいたことをしてたら私が出てきちゃった、どうしよう?って所だと思うんだけど……何を考えても憶測にしかならない訳で、私が考えなければいけないのは自分の置かれた状況と、敵意あるアクションがなされた時の対応なんだよねぇ。ま、逃げるしかねぇわな。逃げるしか。うん)

 腹をくくった詩はぐるりと辺りを見渡した。

 (いやー、森だな。とても森だな!そして獣人だな!)

 三人が話し込んでいるので、思う存分獣人観察をしてみる。

 ガルストの後ろに控えるように立っている真紅のカッコイイ服を着ている二人の内、一人は兎だった。でも特徴はウサ耳だけで、顔は人間そのもの。人間の頬に兎らしいヒゲが生えている。もう一人は犬。犬耳、犬鼻、瞳も犬らしくみえるが、肌は毛無しの肌色だった。すこし怖い。七対三で人間寄りと詩は分析した。

 そしてガルストと話し込んでいる明らかに猫な人を見る。九対一で猫。立って歩ける人間サイズの猫。

 (なんという楽園。夢見た世界がここにある!でも、出来ればあの猫さんみたいに立って喋れる動物、ぐらいの方が好みなんだよなぁ。人間にケモ耳付けました!ってあまり萌えないんだよね。えーへー、変人って言われますよ!)

 「……っくしっ!」

 流石にマント一枚、髪が濡れたままの詩は寒気を感じた。

 『ウタ?』

 くしゃみに気付いたガルストに名前を呼ばれる。夢にまで見た野獣が、詩の名前を呼んでいる。酩酊にも似た幸福感。

 (なぁに、この幸せ?死んじゃいそうよ、私!でも、死なない!もっと幸福感味わいたいからまだ死なない!)

 と、脳内が忙しい詩が反応しなかったからか、ガルストが詩の傍に来た。

 『……すまない、お前は裸同然だったな』

 ガルストは上衣アビを脱いで詩の肩に掛けた。余裕で身長二メートル越えてるガルストの上衣アビである。まるでロング丈のワンピースのようになった。しかし、マントに包まれているせいで手が通せない。詩は感謝の意味を込め小さくお辞儀をして、木に隠れて服装を整える(?)ことにした。




 *****     *****     *****




 (どうにも、調子が狂う……)

 己は、突発的な事態にこうも弱かったのかと反省する思いにかられた。詩はアシテア大陸の民に多い身体的特徴を持っている。つまりは毛無し猿の特徴である。毛のない種族は冷えに弱い。マント一枚ではすぐに体が冷えるのは自明の理であった。

 上衣アビをかけてやると、詩の首がガクッとなった。

 (な、今のはなんだ?間の住人は体が弱いと聞くが、もしや上衣が重過ぎるのか?最低限しか触れぬようにしたが、まさか、あの程度の接触で体を痛めたか……?)

 ただ軽く会釈をしただけなのだが、ガルストが悩んでいるうちに、詩がフラフラとした足取りで木々の合間へと入っていく。

 (まさか、この短時間で熱か!?間の住人とは、どこまで器が弱いのか!)

 『ウタ!大丈夫か、ウタ!?』

 慌てて駆け寄るが、詩はただ服を整えたかっただけなので急に追いかけられ眉を寄せた。

 (熱が出たわけでは…ないのか……?)

 「お、ちょ、なんですなんです?」

 ガルストは全身が毛に、手は肉球に覆われている為、体温を測ることが難しい。一般的に動物の特徴を強く持つ者は肉球に汗をかいていないか、もしくは熱が篭っていないか耳を舌で舐めることで確かめるのだが、流石にそれをすることははばかられる。

 『苦しいのか?大丈夫か?』

 言葉と共に、詩の頬を優しく包む。意識を肉球に集中し、熱が無いか確かめるが、そもそも基礎体温はこちらの住人と同じなのだろうか?アシテアの特徴を強く持つからと言って、こちらの常識に当てはまるとは限らない。そう思い悩む。

 詩の顔を見つめるが、困惑が見て取れるのみで、不調という訳ではなさそうだ。と、思った傍から詩の顔が赤くなっていく。

 (やはり、熱なのか?)

 「な、なに?そんな熱い目で見られると、年甲斐も無く照れちゃうんだけど……」

 赤く染まる頬に、掠れたような声。

 (やはり体調を崩し始めているのか……!)

 『……配慮が足りず、すまない』

 「この状況は物凄く嬉しいんだけど、私この上着に腕通したいんで、ちょっと失礼しますよ」

 また首がガクリとなり、詩が離れていこうとする。繰り返すが詩は会釈しただけだ。

 しかしガルストは慌て、咄嗟に腕を掴んだ。

 「おふっ!?」

 詩は驚きに目を見開いた。

 「え?えっと、ちょっとだけだから離して欲しいんですけど……」

 (何故、離れていこうとしたのか……やはり、私や周りの者の姿に恐怖を感じているのか?アシテア大陸では我等を恐れる者も多い。嬉々とした様子を見せていたから我等を恐れているとも思えなかったのだが……もしや、去ろうとしているのか?迷惑を掛けられぬと?)

 とんでもない方向に誤解していくガルスト。

 「いやね、素っ裸で顔に抱きついたりとかしちゃいましたけどね、三十路手前っても羞恥心はある訳で、ちょっとあっち向いてて貰えるとありがたいんですがね?」

 『なんだ、何が言いたいんだ?』

 「ほんと、言葉通じないって困るな!」

 流石に困り、少し大きな声を上げる。

 (私は、ウタを怒らせたのか?いや、どちらかと言えば困っているように見えるが……)

 「今、ほぼ簀巻きなんだよね!転んだら顔面強打の危機なんだよね!」

 (何かを訴えかけている?くっ……わかってやれないことが、歯痒い)

 見つめる顔は、やはりほんのりと赤い。

 (そうだ、ここでウダウダと悩んでいる場合ではない。我等を怖がっているにせよ、去ろうとしているにせよ、私の取るべき行動は一つだ)

 『ウタ、わかってやれなくてすまない。しかし今はお前を医者に見せる事が先決だ。怖がるな、お前を早く運ぶ為だ』

 伝わらないとわかっていつつも、声をかけ、詩を抱き上げた。

 「うひょう!?」

 (不思議な声を上げたな……間の世界では普通なのか?)

 『パルク、急ぎ城に戻り医者を手配しろ。東の客室がいい。湯の用意と着替えも必要だ』

 騎士の一人に声をかける。パルクは瞬発力があり、且つ、それなりに持久力もある為、伝令を頼むのに適している。

 『はっ!』

 パルクは短く返事を返すが、それを止める声があった。




 *****     *****     *****




 幾千幾万と夢に見た野獣の抱っこのはずだが、簀巻き状態の詩はデカイ魚が釣れた記念の写真撮影で釣られた魚の気分になっていた。ピチピチ動いてみる。

 『お待ちください!王城では無く、眠りの森へ』

 『眠りの森?あれは呪われた場所ではないか。何故だクルーツ?』

 『事情は後ほど説明いたします』

 『しかし、あそこには寂れた城以外何も……』

 『いえ、部屋も湯殿も衣類も全てございます』

 『なに?』

 険悪な空気を感じるがなんとか手を出し、ロマンチカなポーズになりたい詩がまたもピチピチ動くと、ガルストが困惑げな表情になった。

 『恐れることは無い、少し大人しくしていろ』

 あまり動かれても運び辛いため、抱き方を変える。

 (ちょ、これ、赤ちゃん抱っこー!!こんな抱っこの仕方出来るガルストのデカさはとっても素晴らしいと思うけどさ!片腕だけで抱えることが出来るって、かなり素晴らしいんだけどさ!理想の野獣さまなんだけどさ!)

 詩の心の声が届くはずもなく、ガルスト達はさらに剣呑な空気を醸し出した。

 『その……』

 『いや、今はいい。ともかく急ぎたい。眠りの森で構わぬ。クルーツ、パルクを連れて先に行け』

 『はい、わかりました。行きましょう、パルク』

 『はっ!』

 命令された二人は、森の中へ消えた。


 がっちり抱き込まれたせいでピチピチすることも出来なくなり、諦めているとガルストがしっかりとした足取りで小道を進む。

 幅の狭かった道は、ゆっくりと広くなり、車二台が擦れ違える程度の幅になった所で、眼前に大きな城が現れた。

 (うん、お城といっても森の中だからなー。そうだよねー、ちょっと不気味な感じになっちゃうよねー。いや、ある意味これも理想通りなんだけどさー。でも、王子様の呪いが解けて、お城も美しくなりました!なんて展開は期待出来ないよねー。まぁ、ガルストが人型イケメン王子になっちゃったら激しくショックをうけてそれどころじゃないと思うけどね。呪いとかじゃないといいなぁ……って願っちゃうのはガルストに悪いかしら……?)

 大きな城門にはガーゴイルの彫像。柵に巻きつくつた(しかも枯れてる)。何故かシンと静まり返る庭園を抜け、柱廊玄関へと至るが、この柱廊玄関の柱はバフォメットの彫刻に酷似していた。いや、獣人をモチーフにしてて、たまたま山羊面やぎづらに体が人間なのかな!などと詩は思ってみることにしたが、筋肉質な体に女性らしい胸のふくらみ、下のほうにはしっかり男性の象徴的なアレ、着色したら明らかに黒と思われる蝙蝠の翼が生えていては、バフォメットではないなどと思うことは出来なかった。

 (あれー?玄関扉の飾りがミノタウロスだぞー?ここは迷宮の入り口ですか?)

 もしかすると一生出られない迷宮に置き去りにされるのではと、ほんの一瞬、ちょっとだけ、ほんの一ミリ程度だが、ガルストを疑ってしまった詩であった。

外国人さんは、日本人のペコっと小さく頭だけ下げるお辞儀を見ると、なんだ?首がガクッてした!って思うらしい。

ってのを前にどこかで読みました。


2012/5/7 誤字等、修正。

2020/9/13 改稿

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