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あだ名 7話

 結衣と黒谷は送ってくれた祐介に礼を告げると、車から降りる。祐介は最後まで黒谷の身を案じていたので、逃げるように断ってしまったのを申し訳なく感じる。


 集合住宅が左右に連なっており、その間を車道が通っている。ただ時間的問題か、現在自動車の類いは見かけない。またレンガ舗装の歩道にも、二人以外には誰も見当たらず、広めに設計されているからこそ余計寂しく感じられる。


 普段は人が多かろうと、少なかろうと意識したことはないが、ただこの瞬間ばかりは幾ら感謝してもしきれない。自分に対して陰口を叩かれるのは別に構わないのだが、自分の所為で誰かが誹謗中傷の対象となるのは、些か気が引けるのだ。

 

 ――その瞬間、至近距離で何かが動き、パンッと乾いた音が響く。


 咄嗟に後方に退こうとするが、途中で結衣が手の平を叩いただけだと気付く。

 むっとして口を尖らしている結衣に、黒谷はどういうこと? 訝しげな表情を浮かべながら小首をかしげる。


「ちょい黒谷君。ちゃんと話、聞いていた?」


 ……え?

 黒谷は突然のことにどう対処していいのか分からず、まるで魚のように口をパクパクさせていた。

 その様子を見るに見兼ねて、結衣は「はぁ」と大袈裟な動作で溜め息を吐き出す。


「その様子じゃ、ちゃんと聞いていなかったんだね。どおりで返事がないと思った……」

「ごめん。ちょっと、考え事してたから」

「どうせ、また心配事でしょ?」

「……う。ソンナコトナイヨ」


 何だが、心の内を見透かされた気分になり、思わず嘘を吐き出す。

 だが、動揺したことで声が裏返ってしまい、これでは嘘を吐いていると証言しているようなものだ。


「声、裏返ってるよ」


 結衣はそんな黒谷をクスクス笑いながら、当然のように指摘する。


「で、仁田さんは何の話を……」


憮然とした面持ちを浮かべながら、もの凄く気恥しくて話題を逸らそうと……。


「もうっ、ホントっ! 笑わせな……っっっ……あー、止まんない。凄くお腹痛い。痛い、痛い」


 せる訳がありませんでした。

 結衣はツボに入ったのか、未だにお腹を抱えて爆笑している。

 黒谷は嫌そうな表情を浮かべて一歩退く。このまま置き去りにした方がいいかも? さっきとは別の意味で、結衣の傍から離れたくなってきた。

 そこまでして、ようやく結衣は笑いを収める。


「ごめん、ごめん」


 涙汲みながら謝っていることから、心の底から笑っていたのだろう。まあ別に、笑っていたこと自体には、それほど嫌な気分はしていない。ただ、仁田さんのツボが一般的とは言えないという事実が残るだけだ。


「……」


 こういう時の対処は簡単だ。

 黒谷はすっと距離を詰めと、頷きながら結衣の肩を叩く。


「ちょっ、何か言ってよ。えっ、可哀想な人を見る目で見てないで!! ちょっと、無言で肩叩かなくていいからッ!!」

「……仁田さんが、変な子だとしても俺は受け入れる自信はあるから……。安心して」

「って!? 違う、違うよ。私、変な子じゃないよ。あと妙な間を開けるのが、ワザとらしくて余計腹立つ」


 ポカポカという効果音が似合いそうな拳を受け入れながらも、黒谷は参ったといわんばかりに両手を上げる。


「大丈夫、大丈夫。もう十分分かったから」

「そうだよね。私、普通だからね」


 その言葉に安心したのか、ホッとした息を吐きだした後、念を押してくる。


「うっ、うん。分かってくれたなら……」

「……仁田さんが想像異常だって」

「そうだよね。私、普通の子だよね。うん、う……? って、何が想像以上だコラ!! それに付け加えて言うと、想像異常って何、普通に想像以上の間違いだとしても、意味が伝わるから余計納得いかない」


 結衣はぷう、と頬を風船のように膨らませると、歩調を速めて黒谷より二歩先を歩く。

 一呼吸してから、どんどんと先へ進む結衣を追い掛ける。近くまで寄ると、結衣が僅かに速度を落としたのを確認し、黒谷もまた歩幅を狭めて歩く。男女並んで歩く姿は、友達というより恋人同士に見られそうだが、どうせ誰もいないのだ。勘違いされる心配など毛頭していない。


「でさ、仁田さん。話って何のこと?」


 考える時間があったので、自分なりに状況を生理してみたのだが、どうやら思考に耽ってしまい、彼女の話を無視する形になってしまったのだろう。

 結衣が再びこちらを振り向いた瞬間、彼女の膨れっ面は消え去り、どこか恥ずかしげに躊躇う表情が向けられた。


「んとね。私達って、友達だよね?」


 はにかみながら寄って来る。


「そうだね。少なくとも、俺は仁田さんこと――友達だと思っているよ」


 照れくさそうにしながら、黒谷は頬を掻く。

 その返答に、結衣は嬉しそうに笑みを浮かべた後、気恥ずかしそうに上目遣いでお願いしてくる。


「……じゃあさ。その、お互いにあだ名とかで呼び合わない?」

「別にいいけど。どうして?」


 あだ名で呼び合う事は過去にもあったのだが。どうして突然そんなことを言い出すのか、純粋に興味が沸いたからだ。


「何か、いつまでも黒谷くんとか、仁田さんとかじゃ、他人行儀っぽいから」

「なるほど」

「ならさ。私は――黒谷だからクロって呼ぶのはどう?」

「ミッキーの奴か。それならいいよ。なら、俺は……うーん。仁田、にしだ……そうだ! ニッタンとか?」

「ちょっ!? クロのネーミングセンス(笑)」

「なんで、いいじゃん。ニッタン、ニッタン、ニッタン」

「ニッタン、ノーセンキュー」

「そんなに嫌?」

「その名前自体は嫌じゃないけど、クラスで呼ばれると恥ずかしいし……」

「それなら、結衣って呼び捨てにするけど……」

「うっ、それならいいよ。異性に下の名前を呼び捨てにされるって、新鮮だな~」


 その後、結衣と黒谷は、世間話や戦法について取り留めのない話題を広げながら、とあるマンションへと到着する。外壁はライトブルーのペンキで彩られており、まだペンキが剥がれ落ちていないことから、真新しさを感じる。


「へぇ、ここが黒谷君の家なんだ」

「うん。前は一軒家だったんだけど、襲われた時に壊れちゃって。仕方なく、こっちにお引越し。結構気に入っていたんだけどなぁ……」


 懐かしげに呟く彼に、結衣は同意を示すように頷いた。


「私も、前の家は殆ど瓦礫状態だから。その気持ちはよくわかるよ。どうしても愛着が湧いちゃうものだからね」

「そうだね。えっと……どうする? 上がってく?」

「いいの!?」

「そんなに喜ばれるとは……簡単なお菓子ぐらいしか出せないよ?」

「うん。私、今まで友達の家って行ったことないから、ちょっと楽しみ」

「結衣の家とそんなに変わらないと思うけどね」


 二人はスロープ式の階段を登り、四階に到着すると右奥へと進んでいく。

 扉の取っ手に手を掛けるが、どうやらまだ誰も家にはいないらしく、ガチャガチャとした音が伝わるだけであった。

 黒谷は扉の中央にあるパネルに掌をくっつけ、指紋認証を解除する。ピーという音と共に、鍵が外れる音が伝わる。


「――あっ。兄さん」


 丁度、取っ手に指を掛けた瞬間。背後から聞きなれた声が耳に入る。

 思わず振り返ると、マイエンジェルこと妹様が降臨なされていた。


 名前は黒谷鴎。黒谷湊の一つ年下の妹だ。黒谷と同じく白羽学園に通う一年生だ。ただし、その実力は 兄である黒谷に通用する実績と経験を兼ね備えている。付け加えて言わせてもらうと、凄く可愛い。兄という立場の贔屓目を抜いたとしても、美少女という称号が似合う少女である。

 で、そんな鴎さまだが。右手には近所のスーパーの印が入ったビニール袋を提げている。服装が制服のままなので、どうやら学園の帰りに買い物に寄ってくれたのだろう。もう、本当に愛らしい……制服姿マジ萌え萌え。


 不穏な視線を感じたのか、結衣と妹は白い目で俺を見ている。


「まぁ、兄さんがいつも通りなのは仕方ないとして――そちらの方は、どちら様ですか?」


 俺の隣にいる結衣へと、視線を向ける。結衣は思わず硬直し、口を開こうとして下を噛み、痛そうにしながら慌てている。どうしたんだろうか? 首を傾げながらも、代わりに黒谷が説明する。


「彼女は仁田結衣。鴎も聞いたことあったかな? スーパーオペレーターとかリトルエンジェルとか……」

「ちょっ、クロ!!」

「あ、はい。私のクラスだと、イノベーターって呼ばれている人のことですね。でも、そんな凄い人がどうしてここに? 兄さんが今まで、知り合いを連れて来たことってないですよね? ……って、えっ、まさか兄さん!?」

「ない、ない」

「そんな訳ないから」


 妹が変な事言い出す前から、二人して即否定する。結衣の表情にも、俺も照れている等といったラブコメ的なことは全くと言っていいほどなく、寧ろ清々しい程だ。


「あっ、そうですか。ってきり、兄さんに彼女が出来たかと思って焦っちゃいました」

「な、なんだと!? 鴎のデレ期ルートが、こんなことで開けるとは……」

「この兄妹、やっぱり少しズレてる。私なんかより、クロの方がおかしいんじゃ……」

「いや、結衣。俺は普通の兄として、純粋に妹を愛でているだけ」

「いや、お兄ちゃんの発言として十分変だから」

「そうですよ。兄さんは、もっと慎みを覚えた方がいいと思います。と言っても、兄さんは他の女の子とかには全く興味示さないので、私としては嬉しいんですけど、妹としては複雑な気分です」


 黒谷は納得いかない表情を浮かべる。鴎はそんな黒谷の様子を気に介することなく、扉を開く。


「まあ、なにはともあれ。こんな所で立ち話するのも何ですし、結衣さんも兄さんも中へどうぞ」

色々変更しました

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