責任 3話
ちなみに、現段階ではこの作品はハーレム要素はほぼ皆無、純愛をテーマにした作品に仕上げたいと思っています。
これから先、女の子が出てくるとしても、恋愛感情よりも友情や絆といったものをテーマにしていきたいと思います。
「ねぇ、結衣、美咲。さっきのチキン。マジ、ヤバかったよね。あの藤乃沢と取り巻きを一瞬で倒しちゃうんだから」
本日最後の授業、仮想空間内での試験が終了し、手短にSHR【ショートホームルーム】が済まされる。クラス内では、試験に落第し補習に行く者、修練に行く人達、部活に行く人達や帰宅する人達、そして美咲や結衣、千歳のように教室内に残る幾つかのグループに分けられる。
「うんうん。私、藤乃沢達はあんまり好きじゃなかったから、いい気味だと思った。そもそも、結衣」
「ん? どうかしたの」
美咲は、はぁ~。と呆れたように溜め息を吐き出し、まるで幼い子供に説得するような口調で言い聞かせる。
「前に、私、言ったでしょ。戦闘系ユニットは無駄にプライドだけは高いから、安易にコミュニティ組むのは止めたほうがいいって。今回は運が良かったけど、過去には流血沙汰になった事例もあるんだよ」
「そうそう、結衣はただでさえ人気が高いオペレーターなんだから、余計気を付けなくちゃ」
「うん、ありがと。美咲、千歳。藤乃沢君にコミュニティを脱退すること、伝えてきたから。今度選ぶときは、ちゃんと注意するね」
(それにしても、無理やり騒ぎに巻き込んだ形になって、黒谷君には悪いことしたかな? あの後、お礼言う機会もなかったし……)
結衣は考え込むように、頬に手を持っていくとぼんやりと夕暮れの空を眺める。夕日が西の空へ沈みかけ、空を赤く染めている。
「って、そうだ。今日は、ぼんやりしてる時間はないんだった」
結衣はがたっ、と椅子を弾き飛ばすかの如き速度で立ち上がる。
「結衣。どうかしたの~?」
「そんなに慌てて、もしかしてコレ?」
千歳は揶揄うように親指を立てる。ちなみに、小指は彼女のこと、親指は彼氏のことを示す。
「違う。今日はお父さんが亡くなって一年経つから。お墓参り」
結衣は鞄を掴むと、駆け足で教室から出ていった。
「そっか。あの事件から一年経つのか……」
★
黒谷湊。
彼は、東京都に在住する全ての人達から憎まれていると言っても、過言ではない。そもそもの話だが、彼は最初から学園中の生徒達から憎まれていた訳ではない。むしろ、一年前では誰もが彼のことを褒め称えていた。私こと仁田結衣も、彼の噂は少なからず耳にしていたし、彼の常識を覆す力や前向きな性格はとても好感的で、学園では女子だけに限らず、男子、教師までもが彼のことを慕っていた。
しかし、たった一つの出来事で、彼の全てが逆転してしまった。
一年前、私の父が亡くなるに至った事件。
東京へBランクのアグレッサーが侵攻してきたからだ。
東の支配者【青龍】は、関東周辺地域を支配するBランクのアグレッサーである。
通常、アグレッサーのクラス付けは、支配領域の関係で決められる。
Gランクは、五十㎡単位に一つ。
Fランクは、百㎡単位に。
Eランクは、五百㎡単位に。
Dランクは、千㎡単位に。
Cランクは一万㎡単位に。
Bランクは五万㎡単位に。
Aランクは各国に一つずつ配置されている。
Sランクはアメリカ全土を覆う無敵艦隊の世界最凶のアグレッサーである。
つまり、地球表面積を約五億九百万㎡とすると、Gクラスは世界中に一千万体存在するということだ。
ランクが一つ上昇すれば、アグレッサーは段違いに強力になる。
平均的な戦力を持つ戦闘ユニット一人では、Gランクを相手するのが精一杯で、Fランクが倒せれば天才と崇められるレベルである。三人から八人の学生コミュニティならば、Fランクを相手にすることは容易だが、Eランクを倒すことは難しい。もしも、Eランクを倒すことが可能なコミュニティは、実践力のあるプロとして十分やっていける。Dランクと対峙可能なコミュニティは、戦争最前線で戦えるだけの戦力を保持していると認められる。
――そして黒谷君は……
彼は、過去にCランクを倒した経験が唯一ある戦闘ユニットだ。
詳しい話は知らないのだが、東京都支配権を持つアグレッサーを殺したのは、他でもない彼である。
だからこそ、青龍が襲撃した時、誰もが彼に助けを乞うた。Cランクをたった一人で倒せる実力者なら、Bクラスの青龍とも相対出来るのではないか?
そんな風に楽観していたのだ。
しかし、戦場の場に彼は現れなかった。
多くの人々の希望を打ち砕き、彼は忽然と姿を消したのだ。
――結果。戦場は滅茶苦茶だった。青龍が放つ蒼の閃光が一瞬にして都市を焼き払い、人々を蒸発させる。建物は瓦解し、炎が至るところで燃え盛っている。民間人を逃がす間もなく、多くの民間人が殺され、私の父もその時、アグレッサーによって殺された。
それだけでなく、青龍に恐れを為した戦闘ユニットが敵前逃亡するという事態にまで発展した。被害は酷く残酷なものだった。
そんな悲惨な戦況の中、偶然にも幸運の天使が舞い降りた。
戦闘開始から一時間後。青龍が侵攻を止め、何故か後退してくれたのだ。そのお陰で、東京が壊滅し、日本人が絶滅するといった最悪のシナリオから免れたのだ。
ただ、その後には総人口百万人の内、十万人が死亡するという辛辣な現実が残った。
建築物の被害も馬鹿にはならず、税金の取立ても厳しくなった。国民の間で不満が高まり、誰かに当たらずにはいられなかったのだろう。
黒谷君は、批判や憎悪の対象として格好の獲物とされたのだ。Cクラスのアグレッサーを倒したというのに、英雄なのに、末世に現れた救世主なのに、どうしてあの時。皆を見捨て、一人だけ逃げだしたのか?
臆病者――チキン。
他にも、多くの戦闘ユニットが戦場から逃げ出したというのに、彼だけが期待を寄せられるという、理不尽な都合で罵られたのだ。
戦闘ユニットが国を護るという責任を放棄し、逃げ出したのは許されることではない。しかし、それならば他の人達も同様の処置に然るべきなのではないのだろうか? 彼一人だけが、国民に目の敵にされ、親の仇敵として狙われ、子供を返せと慨嘆され、犯罪者として罵られるのは間違っている。
せめて、自分だけでも普通のクラスメイトとして接してあげたい。だから、明日会ったら今日は迷惑掛けたことちゃんと謝ろう。で、助けてくれたことのお礼も言おう。
結衣は心の中でしっかりと決意しながらも、墓地を歩いていく。
夕日が沈みきり、曇天が空を覆っていきより一層に暗さが増していき、昼間なら青く茂っている芝生は、今だけはとても冷たく感じられる。そこから一、二分程度歩くと、三十代の夫婦が泣きじゃくりながら、互いに俯いたまま帰っていくのを見かける。彼等もまた、親しい人を亡くしたのだろう。
続いて、十代――結衣とそう年齢の変わらない女子学生達がクスクスと笑いながら帰って行くのを見た。このような場で笑うのは不謹慎じゃないのだろうか? と、憮然としながらも先に進む。
今度は、中年のおばさん達と擦れ違う。彼女達は背後を振り返り、口元に手を当てて何かを話しながら去っていった。その後に通り過ぎた人達も似たり寄ったりな反応を示してるのに気が付いた。
結衣は、彼等の不自然な行動に違和感を覚え始め、早歩きで舗装された道を歩いていく。
巨大な石碑が設置されたある共同墓地が見えてきた。強度墓地の前には何十人もの人達が参列していた。しかし、参列者から少しだけ離れた場所で、不自然な人集りが出来ていた。
焦る気持ちを抑えながら、ゆっくりと近づき――
そして、結衣は違和感の理由を知ることとなる。
「えっ!? あれって……」