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複雑 2話

主人公sage中

『黒谷湊 フィードバック』


 真横に設置されているディスプレイの文字を眺めながら、ヘッドギア形状の機械を外す。これはVR【バーチャルリアリティ】技術の応用であり、脳へ擬似五感情報を送り込むことにより、仮想世界へと入り込むことを可能にする。


 だが……

「っ、ぅ……」

 右眼に強烈な痛みを覚え、思わず押さえる。

 これは戦闘訓練用に改良された機械で、痛みがシャットダウンされておらず、痛覚フィードバックをもろに受ける。つまり、内部で過剰な怪我を負うと、実際には怪我していないのに関わらず、現実でも痛みが生じるという訳だ。


あの男に瞳を刺された右眼は炎で炙られたかの如く熱を持ち、視界の焦点が定まらない。

 暫くの間は起き上がるのは無理そうだ。

 黒谷はカプセルベッドに再び寝転び、熱の篭った息を吐き出した。


「……うわぁ、チキンが授業中に寝てる。気持ち悪」


 黒谷に対してあからさまな嫌味を吐き出しながら、三人組の女子が近くを通り掛かり、訝しむように視線を三人組へと向ける。


「チキンと目が会うとか最悪。吐きそう」

「死ねばいいのに」


 無茶苦茶な台詞を吐き捨てながら通り過ぎていった。

 対して、黒谷の方は辛辣な言葉を気に介した様子はなく、右眼の調子を確かめるようにパチパチと瞬きを繰り返していた。


「よし。大分マシになってきた」


 黒谷は軽い動作で立ち上がると、ベッドから抜け出す。その際、二人同士の男女が何かしらの口論をしていたようだが、そんなものに関与する気は毛頭なく、担当教諭の元へと歩いていく。


「ミッキー」


 某有名テーマパークを思い起こさせる名前を口に出す。

 カプセルベッドの間を見回っていた教諭達の一人が黒谷の声で気が付くと、こちらに向かって歩いてくる。


「クロ、もう試験は終わったのか? あと、そのあだ名はいい加減に止めろ。黒服さん達がハハッ、とか言いながら私を追いかけてくるだろ」

「一応、単位は取ったよ。あと、ミッキーも俺のことクロって呼んでいるし、おあいこってことで」


 目の前で呆れ果てたような表情を浮かべている女性の名は三木東海。黒谷が所属するⅡBの担当教諭でもある。

ちなみに、戦闘教諭中最凶の称号を持ち、その所為で周囲に男が寄り付かず、現在進行系で婚期を逃し続ける三十路である。

本当に残念な人だな。

と、心の中で哀れみの視線を向けていると、肉体的な脅しを受けたので、本当にやめておこう。命が幾つあっても足りない。


「で、私になんの用だ?」

「でさ、ミッキー。俺、ちょっと――」


『ⅡB担当教諭の三木東海先生。至急、一二一会議室までお越しください。緊急の用事があります』


 まるで俺がエスケープするのを阻止するタイミングの良さに、呆気に取られてしまう。今回程、呼び出しの放送に憎悪を抱いたことはないだろう。

「クロ、悪い。話は後で聞いてやるから」

 ミッキーは踵を返すと、そそくさと部屋から出ていった。

「一二一会議室ってここから無茶苦茶遠いだろ」

 呼び出しの内容に関わらず、授業中にミッキーが戻って来ることは期待しないでおこう。


 残りの数十分どうしたものか。もう一度、仮想世界に潜り込むのも良いかもしれないが、またクラスメイトの連中が殺しに掛かって来るのも嫌だし。ジッと座っているか。

 自分のカプセルベッドまで戻ろうとしていると――

 後方から聴こえていた雑音が強くなり、黒谷は訝しげに声がした方向へ振り返る。

 先程、無視した男女の口論がヒートアップしたようで、周囲には野次馬が集まっている。


 普通の感性の人間なら、何があったのか首を突っ込んだり、仲の良い人に聞きにいったりと、関与する行動をとるのだろうが――


黒谷はとある理由で、この学園の全校生徒から憎まれている。そんな人間と仲良くしようものなら、その人もまた人間関係の輪から外され仲間外れにされる。だから、黒谷には甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる幼馴染や悪友といった類の人は存在しない。


 だから、自分は騒ぎに干渉しないのが正しいのだろう。

 黒谷は騒ぎの中心から避けるように、遠回りにカプセルベッドへと歩いていく。


 ――だが。


「納得いかない。黒谷君、いない?」


 その一言で、人の視線から外れるように歩いていた黒谷へ一斉に視線が集中した。

 どうして自分の名前が呼ばれたか分からずにいた黒谷に、人混みを掻き分けるようにして中から一人の少女が現れる。


  身長百五十センチ位で、小柄な体格、細い四肢から体重は大して重くはないだろう。褐色の髪は腰まで届くほど長く、首元にはトレードマークの黒マフラーを巻いている。

 彼女の名前は、仁田結衣。

整った容姿から、クラスメイトという贔屓目なしにしても美少女と呼べるだろう。その容姿から、クラスでも隠れたファンが多いのだが、何よりも彼女の人気を集めるのは、自身が持つ才能や技術の高さ故だ。

仁田は、黒谷とは違い戦闘ユニットではない。彼女は戦闘ユニットを支援するオペレーターだ。しかも、通常のオペレーターと比べると、その状況把握能力や戦略性は桁違いに高い。また、一年前の青龍の件では学生とは思えない功績を残したと聞いている

つまり、凄腕オペレーターなのだ。


 結局、彼女と【コミュニティ】――チームを組むということは、戦闘ユニット個々の技量に関わらず、生存確率が大幅な底上げをされるという意味になる。そういった理由から、彼女の人気は絶大に高く、コミュニティの勧誘が後を絶たないという。

 さっきの口論も、勧誘か何かだったのだろう。



 で、どういう展開で、俺が呼ばれることになるんだ?


「仁田さん。どうかした?」


 思わぬ人から声を掛けられたことに同様しながらも、冷静を装って返事を返す。


「ちょっと来て」


 仁田は黒谷の手を掴むと、人混みの中心へと強引に連れていこうとする。


「ちょっ、結衣」「死ね」「うわぁ、やめなよ。結衣。チキンの手を掴むなんて」「仁田さんの手に触れるとは、万死に値する」


 掴まれている側は俺なのに、皆、本当に酷いと思う。後、最後の奴はガンダム好きだと思いました○。

 憎悪、嫉妬、不快感を露わにする人混みを抜け、騒ぎの中心へと連れられる。黒谷は仁田の手を振り解くと、正面に立つ三人組の男女と対面する。

 左から、茶髪の東宮 冬至。金髪の藤乃沢 宗一。最後に黒髪の久木林 綸の三人組だ。この三人は、対人関係を半ば放棄した黒谷でも知っている。この三人は、学年でもトップクラスに匹敵する実力者だ。

 学内カースト制で、シュードラの立場にいる黒谷の顔を見るや否や、クシャトリヤ共は嘲笑うような態度を見せる。


「チキンなんか連れて来て、どうするつもりだよ」


 中央に立つ藤乃沢が、最初に笑いを堪えたような声を発した。それに同調するように、他の二人も声を揃える。

 しかし、仁田はその声を無視すると、黒谷に質問する。


「黒谷君。試験でオペレーターや他の戦闘ユニットに協力してもらった?」


 どうしてそんなことを訊くのだろうか? と、疑問を浮かべながらも、ここまで来て答えないわけいかない。


「いや、一人で参加したけど……どうして、そんなことを?」


 だが、その質問に仁田は答えることはせず、納得いかない表情を三人組へと向ける。本当に、どういう事態になっているのだろうか?


「彼は一人で参加したって。それに引き換え、あなた達はどう? 仲間内で協力して、オペレーターまで付けて、試験に落ちれば、全部、責任はオペレーターに押し付けるの?」


 仁田の言葉をそのままの意味で受け取るなら、彼等は試験で芳しい成績を残せなかったのだろう。その鬱憤、苛立ちを晴らす為、オペレーターをしていた仁田に八つ当たりしたのが妥当な所だろう。

 しかし、同時に幾つかの疑問も浮かび上がる。

 目の前の三人は、学年トップクラスの実力者であり、黒谷の隣にいる仁田も凄腕のオペレーターなのだ。こんなチート地味たユニット相手に、勝利を勝ち取れるような奴がこのクラスにいるのだろうか? まず、三対一の戦力差の時点で無理ゲー確定だろ。


「うっ…でも、そいつが近付いて来るのも仁田がちゃんとオペレーションしていれば、回避出来た筈でしょ! オペレーターが見過ごしていた間違いなんじゃない。自分のことを棚に上げないで」


 久木林は黒谷を指差し、癇癪でも起こしたように反発する。

 そう、俺を指差して。……って、倒したの、俺かよ。


 そもそもの話、今日の授業内容は仮想空間【VR】内での実戦試験だった。

 VR内で、合計五人以上のキル数を稼ぐという至ってシンプルな課題を出されたのだ。大抵のクラスメイトは、制限時間内に十キルに達せれば良い方で、課題を達成出来る程度が普通とも言えるレベルなのだ。

 しかし、俺は日頃からの鬱憤を晴らす為、無茶苦茶なことをしてしまった。

 序盤から二十人を超える人数を強襲し、殺し回ったのだ。藤乃沢達には、生憎な話なのだが、俺は倒した敵の顔を一々把握していないのだ。

 ちなみに、あまりにもキル数を増やし過ぎたので、途中から黒谷討伐隊らしき組織が出没し、追われる羽目になったのだが、どうでもいいことだろう。


「……未然に彼の接近を捉えきれなかったのは、私の責任だけど。それでも……」


 確かに彼女の言う通り、全ての責任をオペレーターに擦り付けて良い訳ではない。だが、逆にオペレーター自身に責任がないとは、断言できない。ある意味、オペレーターは戦闘ユニット達の命を預り、選択一つで生死が決めているからだ。これが本当の実戦なら、悔やんでも悔やみきれないだろう。よって、久木林の論も的外れなものではない。


 ――ただ。


 彼等はユニットを組んでいる。ということは、それなりに仲が良い。もしくは、有力な生徒同士、互いの実力不足を補っていたのだろう。しかし、今回は偶然にも俺が問題を持ち込み、仲違いさせるような結果にしてしまった。なら、悪者になるのは俺だけで十分な筈だ。悪意を俺一人に向けることで、彼等は今後、変に気遣いせずに済む。


なら、少しだけ頑張ろう。


「……はぁ~」


 黒谷はこの場にいる全員に聴こえるように、大きく溜め息を吐き出す。

 周囲にいたクラスメイト達は、仁田と藤乃沢達の口論から、黒谷へと視線を移す。皆から、なにこいつキモイ。死ね。といった悪意、敵意に満ちた視線を感じる。

藤乃沢もまた、仁田から黒谷へと視線を移す。


「チキン。お前、何のつもりだよ」


 上手い具合に誘導に成功したようだ。三人組の苛立ちが俺に向けられる。

 そもそも、彼等を仮想世界で殺したのは俺なのだ。俺に対して怒っていない筈がない。当然、むかついているはずだろう。なら、後は煽るだけで十分だ。


「いや、面倒臭いと思って。強い戦力を保持するには、他人と協力する他ない。だけど、そんな力なんて、その他人と仲違いすれば簡単に瓦解するだろ」


「何を言うのかと思えば、そんなことか。そういうお前はどうなんだ? コミュニティどころか、オペレーターすら組んでいない? ああ、悪かったな。組んでいないんじゃなくて、組んでもらえない。の間違いだったな」


 その辛辣な言葉に、周囲の野次馬からも嘲笑が込み上がる。

 本当に、俺の精神力が脆かったら自殺するレベルだろ。と、心の中で他人事の様に受け流す。

 一々、まともに受け止めていると、単に辛いだけ。不必要に自虐的になってしまうのを防ぐには、醒めたままでいるのが一番楽だ。


 ――だからこそ、俺はこいつらにハッキリ言ってやる必要がある。


「――オペレーターに頼っている時点で、底が浅いって気付けよ」


 その瞬間、彼等の行動は思いの外早かった。

 呆気に取られたのは、一瞬で、次の瞬間には藤乃沢が俺に掴みかかっていた。

 襟元を掴み、脅すような体勢を取ろうとする。だが、怒りに思考が支配された奴など、意図も簡単にあしらえる。


 相手の手が自分の襟元に届くよりも先に手首を掴むと、右脚で相手の左脚を払い、相手を自分の背中に乗せる。後は、一本背負いの要領で地面に叩き付ける。


「ぐぁあっ」

 情けない声を出しながら、ぐったりと横たわる。

 まずは一人目。

 骨は折れていないだろうが、暫くは起き上がれないだろう。


 続いて、背後から風が唸る。咄嗟に、右足を背後へと回し蹴りを放つと、確かな重量感と共に東宮を蹴り抜いた感覚が伝わる。


 最後に――拳銃を構える独特な音が響く。姿勢を低くし、グロック17を構える久木林へ容赦なく拳を叩き込む。拳は鳩尾へ寸分違わずヒットし、久木林は拳銃を手放した後、ほか二人と同様に倒れる。


 時間にしてほんの数秒間の出来事。

 野次馬は、何が起こったのか判らないという風に呆然と立ち尽くしていた。


「結局、仁田さんがいても、いなくても。お前達の負けだよ」


 聞こえているか定かではないが、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。後のことは知らない、と、黒谷は仁田に一瞥するとその場から離れていった。

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