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短編A-① 4『無名の痕跡』「好意の裏返し」  作者: Taku


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「好意の裏返し」

僕は、彼女のことが好きだったのだと思う。


今でも、本当にそれが恋だったのかはわからない。


ただ、僕にとって彼女は特別だった。


昼休みになると、みんなが教室で騒いでいるのに、彼女だけは図書館へ向かう。


窓際の席。


本を開く。


静かにページをめくる。


その姿は、中学生だった僕には少し大人びて見えた。


同時に、近づきにくいとも思った。


だから気になった。


でも、話しかけられなかった。


どうやって近づけばいいのかわからなかった。


だから僕は、遠くから見ているだけだった。


ある日の昼休み。


僕は彼女のノートに一枚のメモを挟もうとした。


緊張で手が震えた。


汗で紙が指先に吸い付くように引っかかった。


でも、そのまま押し込んだ。



「お前ん家のこと書いてある本らしいぞ。」


本当は話しかける口実が欲しかった。


彼女が振り向いてくれればよかった。


「それ面白いの?」


その一言だけでよかった。


でも当時の僕は、それを素直に言えなかった。

だから、そんな回りくどい方法を選んだ。


彼女はその本を借りてきて、夢中になって読み始めた。授業中も、休み時間も。


僕は少しだけ嬉しかった。

自分がきっかけを作ったのだと思ったから。


けれど、それは長く続かなかった。

彼女は本を読むたびに、どこか遠くへ行ってしまうように見えた。


振り向いてほしくて渡した言葉なのに。

彼女は僕ではなく、その本の向こう側を見始めていた。


その時になって、初めて思った。

まずいことをしたかもしれない、と。

でも謝れなかった。


謝ったら、自分が彼女を気にしていたことまで認めることになる気がした。

だから何も言わなかった。

見ているだけだった。


卒業して、僕たちは別々の高校へ進んだ。


季節だけが過ぎていった。


あの出来事は、少しずつ記憶の奥へ沈んでいった。


それでも時々思い出す。



図書館の夕方の光。


本を読む彼女の横顔。


ノートに挟んだ紙の感触。





数年後。


記憶の彼方にあった『彼女の計画』という作品の名前を耳にした。


内容は知らない。


読んでもいない。


読む勇気がなかった。



ただ、その本が彼女に何かを残したことだけは、なんとなくわかった。


僕は今でも考える。


あの日。


素直に話しかけていたら。


メモなんかじゃなく、


「好きだよ」


と一言だけ言えていたら。


何かは違っていたのだろうか。


もちろん、そんなことはわからない。


僕は彼女の人生を知らない。


彼女も、僕のことなんて覚えていないだろう。


ただの同級生の一人。


それだけだ。


でも、確かなことが一つある。


僕の幼稚な好意は、一枚のメモになった。


そのメモは、誰かの人生を少しだけ動かした。


善意でもなかった。


悪意でもなかった。


ただ、未熟だった。


そして、その未熟さこそが、


誰にも知られないまま残った、


僕の痕跡だった。

――『無名の痕跡』は各話を独立短編で投稿――


短編A-➁第1話「見ていただけの人」

https://ncode.syosetu.com/n9555mm/1/

短編A-➁第2話「冷めたコーヒー」

https://ncode.syosetu.com/n9565mm/1/

短編A-➁第3話「匿名の通報者」

https://ncode.syosetu.com/n9566mm/1/

短編A-➁第4話「好意の裏返し」

短編A-➁第5話「読んだ母、読まなかった母」

https://ncode.syosetu.com/n9575mm/1/

短編A-➁第6話「『カフェあおい』最後の日」

https://ncode.syosetu.com/n9587mm/1/

また、「彼女の計画外伝」に同時投稿されます。

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