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フィギュアスケーター、ガチ氷河期に転移する・2

 それがどうしてこんなことになっているのだろう。

 世界選手権に向かうアラスカ経由の飛行機、激しい揺れ、機内のアナウンス、忙しく動き回りシートベルトと酸素ボンベの着用を促す客室乗務員の鬼気迫った顔――そこまでしか覚えていない。




 今、俺は氷雪の大地の上で、大きな琥珀色の瞳に睨まれている。

 その瞳孔は爬虫類のように縦に細く、草木も生えない雪原に現れた格好の獲物ーーつまり俺ーーを捉えて見開いていた。


 トカゲみたいな巨大生物で二足歩行する、絵に描いたような恐竜。

 しかし今、俺に向かってよだれを滴らせ牙を剥くそれは、恐竜の大きなワニのようなイメージに反して異様にふわふわとしていた。

 鳥。そうだ、鳥に近い。怪鳥。

 鳥のような羽毛に覆われている。腕も小さな翼のようで昔のロックスターのフリンジみたいだ。

 その羽根は身体の割に不格好に小さすぎて、とても飛ぶのに適しているとは思えなかったし、その先には鋭い鉤爪のついた手が光っている。


 こいつはなんなんだ。ダチョウ? エミュー? 火喰鳥?


 考えているうちにも、鳥みたいな巨大とかげは甲高く咆哮を上げ、手を振り上げた。

 鉤爪の切っ先がまっすぐに俺の顔を狙っている。


 もう駄目だ。どんな状況!? なぜいきなり凶悪なエミューに狙われている!?

 わけがわからないのに、わけがわからないままもう終わりだ!


 ぎゅっと目を閉じたそのとき、誰かが俺の腕を強く引いた。

 頬の横を鋭利な何かがかすめて、足元の氷から勢いよく水が噴き出す。


「ギャオオオオオオ」


 獲物をかすめとられた怪鳥がひときわ怨嗟のこもった雄叫びを上げた。

 と同時に腰を抱かれて猛スピードで視界が回る。

 空の蒼と雪原の白がぐるぐると混ざり、もう駄目かと遠ざかる意識が、嬉しそうな声で醒める。


「よかった勝山さん! しっかりつかまっててくださいね!」


 それは人間の声だった。

 ようやく顔を上げて、自分の腰を抱いて駆け出す人の顔を見、驚く。


「流星!?」 


 それはフィギュアスケート世界王者、岩泉流星なのだった。

 後輩スケーターの岩泉流星がスケート靴を履いて俊敏なターンで恐竜の爪を(かわ)している。


 なんだ。本当になんなんだこの事態は!


 しかし頭に次々と湧き上がる質問は、舌を噛みそうでとても口には出せなかった。

 なんとか自分でバランスを取ろうとしている間にも足元の氷が割れて足をすくわれそうになる。

 せめて自力で滑れたらもっと危なげなく逃げられるのに。

 自分のスケート靴はバッグの中に置いてきた。流星にリードされるに任せるしかない。


 流星との間に鉤爪のついた脚を蹴り込まれる。

 繋いだ手をとっさに振り解いた俺は、氷の上を転がりながら巨大なアイスピックのような爪の連撃を避けた。

 立ち上がれない。頬を風圧がかすめ、ぬるついた感触が耳を伝う。

 拭うとそれは自分の血なのだった。


「勝山さん!」


 悲痛な叫び声が耳を打つ。

 深くエッジを倒しながら滑りこんでくる流星の手を、俺は必至で掴んだ。その数瞬後に氷が崩落する。


「勝山さん! 頬! 怪我してる!」


 必死で引き上げながら叫ぶ流星に


「おかげで怪我で済んだ。ありがとう」


 ようやくそれだけ伝えると、流星は舌打ちをしながらスピードを上げた。


 こんな状況でなければ惚れ惚れするほどのスピードとターンだ。

 軽やかに重心を切り返すスケートチェイスの応酬の末に、怪獣は悔しそうに翼を氷に打ちつけ、どこかへ去って行った。




「……あれはなんなんだ」


 茫然と怪獣の背中を見送りながら氷の上にへたり込む。流星は当たり前のように答える。


「恐竜」


 そうだろうとは思っていたが、流星の返答はあまりにもあっさりとしていて、その当たり前のように軽い言い方に頭を殴られる。


「恐竜?」


 嘘だ。と、俺は震える声で言った。


 地球に隕石が落ちて氷河期になったから、恐竜は絶滅したんじゃなかったか。それに恐竜ってこう、ワニみたいなつるつるした肌なんじゃないだろうか。あいつはなんだかもふもふとしていた。


「なんか最新の研究では、恐竜って意外ともふもふだったみたいですよ。そんでよく飛んだり海に潜ったりできる種類の恐竜が氷河期を生き延びて鳥に進化したんですって。恐竜は鳥で鳥は恐竜だって」

 岩泉が言う。


「なんだそりゃ」


 あきれる俺に、流星は肩をすくめる。


「丹波の受け売りなんですけどね」


 突然飛び出した名前に、俺は驚いて流星の肩を掴んだ。弾みで彼の長身が大きく揺れる。


「丹波? 丹波ってあの丹波樹(たんばたつき)!?」


 その剣幕に、流星は目をしばたたかせてからうなずいた。


「そう、びっくりでしょう? 俺たち世界選手権代表三人、全員ガチ氷河期に吹っ飛ばされたみたいです」

「な…………」


 常識の追いつかない最悪の事態に、俺は声もなく口をパクつかせる。


(世界選手権代表三人とも氷河期に!?)


 声も出ない俺にわざとらしく明るく、流星が言った。



「でね、あいつ結構オタクなんすよ。オレが今季ジュラシックシリーズ演るって聞いたら語るのなんの。そんで次の日いきなりインスタフォローしてきたくらい」




 いや、恐竜オタクだったことにもびっくりだが、そうじゃなくて驚くべきことは丹波までこんな異常事態に巻き込まれてしまったことだ。


 とはいえ冷静に考えれば当然、同じ飛行機に乗っている可能性はあるだろう。丹波は日本選手権二位、グランプリファイナル三位で余裕の世界選手権出場者だ。鮮烈のシニアデビューを遂げた新鋭の高校生スケーター。


 シンゴジラっていう映画で閣僚全員が乗ったヘリが焼き尽くされるシーンが脳裏をよぎる。

 世界のVIPは絶対に同じ便に乗り合わさないんだっけ……全員いっぺんに死んだら世界が混乱に陥るから。

 そりゃスケートで世界の命運が変わるわけじゃないけど、日本代表全員が事故で棄権とあらば来年の出場枠はどうなるんだ――俺は暗澹たる気持ちになった。


 フィギュアスケートは個人競技だが、翌年の世界大会の出場枠は同じ国の代表が何人どれだけの成績を上げたかで決まるというチームプレイめいたルールもある。

 そういう意味では若手の台頭に苦しみながらも、もし自分に何かあっても誰かが出場枠を取ってきてくれると思えばプレッシャーからは救われていたのだが、まさかの全員が氷河期にタイムスリップ。信じられない。



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