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フィギュアスケーター、ガチ氷河期に転移する・1

 銀色の(ブレード)が細かな氷の煙を巻き上げながら降り立つ。それは見ているものが息を呑むスピードと力強さを持つ着氷で、そのままゼロ秒も立ち止まらずに全身が躍動するダイナミックなステップに流れ込む。


 前シーズン世界選手権王者の今季プログラムは「ジュラシックパーク」。

 誰しもが聞いたことのあるテーマソングはこれから起こる惨劇を予想させないような明朗で雄大なメロディを奏でる。

 研究者の悲願たる恐竜の復元。その成果たる生身の恐竜と触れ合える夢の島。島ひとつすべてが、滅びたはずのあらゆる恐竜を飼育するサファリパークなのだ。

 研究者たちは安全検査のため、その孤島にたどりつく。彼らの不安の面持ちは、滅びたはずの恐竜を見て一変する。南国の島に復元された太古の自然の中、緑に囲まれた湖面で遊ぶ大型草食恐竜。その首が跳ね上げる水はきらめき、生きている恐竜の姿に、研究者は自分の説の正しさを実感して喜ぶ。


 笑顔が広がる。弾けるように走り出す。


 その衣装の腕には細やかなスワロフスキーが散りばめられており、軽やかにステップを踏み、変幻自在のスピンをすれば、腕から零れ落ちた光の粒が音を奏で出す。恐竜サファリパークに降り注ぐ暖かい日差しのように。

 しかし人類の身勝手で復元された古代の生物たちが、人間の意のままにサファリパークの見世物になるわけがなかった。緊迫感の中を流星のような爆速が突っ走る。襲い来る恐竜の爪から逃れるかのように、上体を逸らし、つま先を真外に開く。そのまま氷面スレスレをスピードを落とさずに突っ込んでくるクリムキンイーグル。ぐっと姿勢を落として氷面をすべらせる手は水生恐竜の長い首が水辺で遊ぶかのようだ。身を起こし、助走をつけて高く跳躍する。


「成功! 四回転(クワド)アクセル着氷しました!」


「二回転かと思うほどの余裕のあるジャンプですね。高さもあります」


 世界王者の特技は世界で数人しかできない四回転アクセルを含める全種類五種の四回転ジャンプの成功率。そのまま1.5倍の加点が約束された後半戦に突っ込んでいく。

 嵐が、来る。


「四回転フリップ-四回転トゥループ!」


 かつて自分もメダリストだった実況中継の声はもう涙ぐんでいる。




四回転(クワド)アクセル成功から始まる五本の四回転成功! まさに流星! 岩泉流星いわいずみりゅうせいは止まらない!」


 明るい茶色のゆるい癖毛、衣装に散りばめられたラインストーンの光。

 父親はアメリカ人だというその顔立ちはやや彫が深くて華やか、人気アイドルに似ているという噂もよく聞く。

 そんな華やかな容姿にスピードスケート仕込みの爆速とアグレッシブなジャンプが加わるスケーティングスタイルは、まさに流星のように見えた。

 そんな岩泉流星選手の今季のプログラムはジュラシックパークだ。ダイナミックな高難度ジャンプに手拍子が止まらない。流星は正確なターンを描きながらもコミカルに膝を落として恐竜を制止するポーズで観客を笑わせるサービスも忘れない。




  ◇◇◇



「絶対王者!」


「続く世界選手権でも連覇確実!」




 表彰式を終えた岩泉流星は煽り気味のキャッチフレーズと共にカメラに取り囲まれる。流星は苦笑しながらマイクを取った。



「いやー僕的には絶対王者は勝山さんなんで! 僕が100000000回四回転アクセルを成功させたとしても、勝山選手のルッツにはかなわないんです。あのバカでかジャンプ見ました!? 踊りながらですよ? 『これってジャンプじゃなくてステップなんですよ』みたいな感じで飛んでくるんです。すげえ幅があって華やかだし、難しい空中姿勢から猫みたいに着氷してそのまま踊ってるし、第一踏切の難しいルッツで一度もエッジエラー取られてるの見たことないし、どこをとっても他に誰も真似できないですね。あと――あとねーあとねー! ああどうしよ! 勝山さんについて語り出したら三日くらいは必要なんですけど、皆さんお時間いいですか!?」


 報道陣がどっと笑う。

 しかしその中の何人が意味を理解できただろう。


 最近はいつも全日本三位が限界だ。日本だけの選手権でこの熱戦なのだ。

 その三位すら奇跡だった、と、思う。


 世界選手権の選手枠は三人分。

 ネットは今頃、グランプリシリーズで躍進した篠山と12月に入ってからギリギリ調子を取り戻して今大会だけ三位の俺とで喧々諤々と三枠目の権利を議論しているはずだ。

 その中には心無い言葉も飛び交っているだろう。同世代は急速に多種類の四回転ジャンプをマスターして、中には四回転アクセルを跳ぶ者すら増えてきた。若い選手はスポンジが水を吸うがごとくすくすくと高難度ジャンプを習得していき、その胸にはいつもメダルが輝いていた。

 いまだ四回転は一本も飛べない俺には、ヒーローインタビューの喧騒が遠く感じる。


 しかしその俺だって二年前までは誰にも勝てないレジェンドとして讃えられていたのだ。

 勝山さんのほうがすごいんですよとことあるごとに目を輝かせながら語ってくれる流星のことは嬉しいし、小学生(ノービス)の頃から知る後輩なのだからそりゃあかわいいと思っている。客観的に見て、四回転(クワド)無しで三位に食い込む俺はすごい。

 だけど――。


 凍てついた指先を見つめる俺の気持ちは、もう長く冷え込んだままでいる。




 ジャンプの質が急速に上がり、四回転アクセルを跳べる選手が次々に現れた(シーズン)

 同世代に生まれた選手たちが絶望で凍りつくほどの才能を、そして彼らが永久凍土のように不動の絶対王者であり続ける様子を讃え、人は彼らをこう呼んだ――



「氷河期世代」と。




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