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最強勇者の葛藤

作者: 渡部安恵
掲載日:2026/04/10

【聖ニートの聖域:怠惰こそが世界の救い】


 王都の防衛ラインが崩壊しかけていた。

 地平線を埋め尽くす魔王軍の咆哮。空を覆うガーゴイルの群れ。人類最強と謳われる聖騎士団ですら、その圧倒的な物量の前には膝を突き、絶望の淵に立たされていた。


「もう……終わりだ……」


 団長が剣を杖代わりに立ち上がろうとした、その時だった。

 世界が、不自然なほどの「静寂」に包まれた。


 次の瞬間、戦場に異変が起きる。

 咆哮していた魔物たちが急に膝から崩れ落ち、まるでひどい二日酔いか五月病にでもかかったかのように武器を投げ出し、その場にごろりと横たわり始めたのだ。一方で満身創痍だった騎士たちの傷はみるみる塞がり、全身にみなぎるような……いや、正確には「明日から本気出せばいいや」という万能感に近い凄まじい力が溢れ出した。


 これこそが王国最終兵器――サトウが「二度寝に成功した」合図であった。



【王宮地下・特設「自堕落」ルーム】


 そこは王国の命運を握る最重要拠点。

 豪華な装飾は一切排除され、代わりに床には散乱したポテチの袋、脱ぎっぱなしの靴下、そして最新の魔導ゲーム機が並んでいる。


「サトウ様!お願いですからそのまま!そのままでいてください!」


 王国の第一王女エルゼが、必死の形相でサトウの部屋のドアを叩こうとして……寸前で手を止めた。

 ノックをするという行為自体が、サトウに「来客対応」という労働を強いることになりバフが切れるのを恐れたからだ。彼女はドア越しに、消え入るような声で囁く。


「今、魔王軍が撤退を始めました。あなたが昼夜逆転生活を貫き、生産的な思考を一切放棄してくださったおかげです。どうか、そのまま何もせず、自分を律することなく、欲望のままに過ごしてください……」


「……うっせーな。今、いいとこなんだよ」


 部屋の中から、覇気のない、しかし世界を揺るがすほどの重みを持った声が返る。

 サトウは今、カップ麺の蓋を開けようとしていた。しかし彼は気づいている。

「自分で蓋を開けてお湯を注ぐ」。これは紛れもなく「調理」という労働だ。


(……危ねぇ。今、俺が自分で麺を作ったら最前線のバフが15%は下がる。あいつら、死ぬな)


 サトウは葛藤した。腹は減っている。しかし、世界を救うためには、彼は「腹が減っても自分で動かない」という究極の怠慢を完遂しなければならない。


「……エルゼ。お湯、持ってこい。あと、あーんしろ」


「喜んで!国家存亡の危機を救うため、私が手ずから麺を運ばせていただきます!」


 エルゼは歓喜に震えながら特級給仕スキルを駆使して部屋へ飛び込んだ。

 彼女にとってサトウの「甘え」は、人類への「加護」そのものなのだ。



【設定の深化:世界を脅かす「勤勉」の誘惑」


 だが、この「はたらいた負け」スキルには恐ろしい脆弱性が存在した。

 それはサトウが不意に抱いてしまう「良心」である。


 ある日、サトウは部屋の隅に溜まった埃が気になり、つい「クイックル的な魔法」で掃除をしようとしてしまった。

 その瞬間、空が割れ、隕石級のデバフが人類を襲った。

 各国の農作物は一瞬で枯れ、賢者たちは魔力を失い、幼児は夜泣きを始めた。


「サトウ様!何をしたのですか!?」


「悪い……ちょっと部屋を綺麗にしようと思って……」


「馬鹿なことを!あなたが『清潔な環境で過ごしたい』という向上心を持っただけで、世界は滅びかけるのです!いいですか、あなたは汚物の中で、泥のように眠り、他人を顎で使い、社会に1ミリも貢献しないクズでなければならないのです!」


 王女にこれほどまでの罵倒(称賛)を浴びせられサトウは深く反省した。

 そうだ、自分は世界のために「真っ当な人間」であることを諦めなければならないのだ。




~~ 今後の展望 ~~


サトウの戦いは続く。


第3話: 「ボランティア団体、襲来」。善意で部屋を片付けようとする者たちとの、生存(怠惰)をかけた防衛戦。


第5話: 「家庭菜園の罠」。ベランダに飛んできた種が芽吹いただけで、サトウに「農業ポイント」が加算され、人類の防御力が激減するパニック。


第8話: 「初恋」。女の子に「ありがとう」と言われたいという欲求が、世界最強のデバフ呪文となって魔王を消滅させる。


 彼は今日も、重い瞼を閉じコントローラーを握る。

 世界を救うために。誰よりも、何よりも、働かないために。


「……明日の俺が、なんとかする……」


 その一言が、人類に不滅の加護を与えた。





主人公のスキル

・はたらいた負け。

・能力:労働しなければしないほど人類に強力なバフをかけ、ダンジョン生物にデバフをかける。

※家庭菜園、家事、ボランティアのような行動でも労働判定される。

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