ちゃっぴーの日常2
俺はチャッピー、今日もギルドの酒場で飲んだくれてる
「ねえ、チャッピー!また昼間から飲んでるの?」
耳障りな甲高い声が俺を現実に引き戻す。振り向くと、妻のミリナが眉を吊り上げて立っていた。
「なんだよミリナ。俺は災害級冒険者様だぞ?特別扱いしてもバチは当たらんぞ」
「特別扱いどころか特別扱いされすぎて仕事ないんでしょ!」
痛いところを突かれた。確かに俺に仕事の依頼はほとんど来ない。
「で、何か用か?」
ミリナは手に持っていた小さな布袋をカウンターに置いた。中からは乾燥した薬草が見えている。
「これは何だ?」
「見てわかるでしょ?薬草よ。最近この町で流行ってる熱病の特効薬に必要なやつ」
「へぇ~それで?」
「それでじゃないわよ!足りないのよ、これが!」
彼女は勢いよく袋を叩いた。
「エフィーナさんが言うには山の上の洞窟近くに生えてるって。だけど危ない場所だから普通の冒険者は行きたがらないし……」
「俺に行けと?」
「他に誰が行くのよ?災害級のあなたなら怖いものなんてないでしょ?」
俺は苦い顔でグラスの中のエールを飲み干した。
「でもなぁ……その山の頂上には『風の谷』があるだろ?俺の攻撃で谷が吹き飛んだらどうすんだよ」
「それは心配ないわ」ミリナはニヤリと笑った。「エフィーナさんが特別な腕輪を作っておいたわ」
彼女が渡してきたのは銀色に輝くシンプルな腕輪。表面には微細な文字が刻まれている。
「これは?」
「あなたの魔力……正確には魔力のようなものを抑える呪具よ。これを着けていれば普通の人程度の力しか出なくなるわ」
「普通の人?本気か?」
「一応保証書付きよ。エフィーナさんの言葉を信じるならね」
俺はため息をついて腕輪を受け取った。
「わかったよ。行ってくればいいんだろ?」
「ありがとう!お礼に帰ってきたら……その……特別なお酒を出してあげるわ」
彼女は少し恥ずかしそうに目を逸らした。どうやら別の奥さんと何か取り決めでもあるらしい。
「そりゃ楽しみだ。さっさと終わらせて帰ってくるよ」
立ち上がって腕輪を装着すると、体の中で何かが落ち着く感覚があった。
「おうおう、おめえさんはまた美人の奥さんに呼び出されちまったのかい?」
隣で飲んでいたジーサンがニヤニヤしながら言った。
「うるさいぞじーさん。俺はこれから人助けに行ってくるんだ」
「へっ、災害級が人助けとは世も末だな」
「うるさい!」
酒場の扉を開け、眩しい日差しの下に出る。山の方角を見ると、確かに危険な気配が漂っていた。
「さて、久しぶりの仕事だ。どれだけ抑えられるか試してみるか」
俺は腕輪を嵌めて試してみた。軽く石を蹴ると、普通の石のようだ。これなら行けるかもしれない。
山道を登りながら考えた。最近の俺は本当に怠けていた。エフィーナと出会った頃の初心を思い出すべきだ。
「俺が守るべきものは強いモンスターじゃない。弱い人たちなんだよな」
そんなことを考えているうちに目的の洞窟に到着した。中からは不気味な唸り声が聞こえる。
「なんだよ……やっぱり罠かよ」
ため息をつきながらも洞窟に入ると、そこには巨大な影が待ち構えていた。
「おいおい……ただの薬草採取じゃ済まなさそうだな」
だが俺の心には妙な高揚感があった。腕輪のおかげで抑えられているとはいえ、俺には妻たちからもらった特別な力がある。
「まあいいか。たまには真面目に仕事をするか」
俺は剣を抜いた。腕輪を通じて力が調整される感覚を感じながら、未知の脅威に向かって一歩踏み出した。久しぶりの緊張感に胸が躍る。
「さてと……行くぞ!」
洞窟の暗闇に目が慣れるにつれ、そこに潜む存在の輪郭が明らかになっていく。漆黒の毛皮を持つ狼のような獣。だが大きさは普通の狼の二倍はあるだろう。黄金色に輝く両眼が俺を捉えた瞬間、空気が震えた。
「グルルルル……」
低いうなり声と共に、獣の周囲に小さな雷が走り始める。雷狼か。確かに厄介な相手だ。だが腕輪の効果で通常の人間程度の力しか出せない俺にとっては格好の獲物だ。
「悪いが通らせてもらうぜ」俺は静かに剣を構えた。「お前みたいな雑魚に構ってる暇はないんだ」
挑発に乗るように雷狼が跳躍する。閃光と共に襲いかかる爪を紙一重でかわし、反撃の隙を伺う。
(動きは見える……)
腕輪のおかげで力は抑えられているが、視力や反射神経はそのままだった。これなら戦える。素早く身を翻し、雷狼の側面に回り込む。
「そこだ!」
鋭い突きが獣の横腹を貫く。しかし……
「グァアアアッ!!」
予想以上の抵抗。雷狼は俺の剣を弾き飛ばし、再び距離を取った。その目には怒りと共に警戒の色が浮かんでいる。
(腕輪の制限がきつすぎるな……これじゃあ倒せない)
俺は冷静に状況を分析する。単純な力比べでは勝負にならない。頭を使わなければ。
(そうだ……雷を使う奴には……)
「おい!もっと遊ぼうぜ!」
わざと挑発的な態度を取りながら洞窟の奥へ誘導する。雷狼は警戒しながらも後を追ってきた。奴が雷を使った攻撃をするタイミングを見計らう。
(ここで……!)
雷狼が放電攻撃を仕掛けようとした瞬間、俺は地面に伏せた。放たれた雷が岩壁に当たり、大量の石灰粉が舞い上がる。
「今だ!」
煙幕の中で一気に懐に飛び込む。狙いは一点集中。喉元への致命的な一撃だ。
「終わりだ」
剣を振るった刹那、腕輪が一瞬光ったような気がした。雷狼は悲鳴を上げることなく崩れ落ちる。倒した後に自分の手を見ると、わずかに痺れを感じた。腕輪の制限を超えた攻撃だったのか。
「ふぅ……危なかったぜ」
壁際によろけながらも薬草を探す。ミリナのメモ通りの場所に確かに自生していた。それを丁寧に採取し、袋に詰める。任務完了だ。
「さぁ、帰りはゆっくり……」
その時だった。洞窟全体が揺れ始める。天井から小石が落ちてきた。
「げぇっ!まさか……地震か?」
慌てて洞窟の出口に向かって走り出す俺。壁が崩れ落ちてくる音が背後から迫る。
「うわぁぁ!死ぬーーー!!!」
必死で走るものの、崩落スピードの方が早そうだ。万事休すかと思った瞬間、腕輪が激しく光り出した。
「な、なんだ!?」
次の瞬間、パリーンと音を立てて腕輪が壊れた。抑圧されていた力が解放される感覚。それと同時に俺は本能的に行動していた。
「くっそぉぉぉぉ!!」
全身に力が漲り、拳を握る。前方の瓦礫に向けて全力でパンチ!轟音と共に巨大なトンネルが開いた。崩れ落ちる天井を避けて出口へ一直線。
「ふぅ……危なかったぜ……」
振り返ると作ったトンネルの奥で大きな空洞ができていた。もともとあった洞窟は完全に崩れて新しくできたトンネルだけが残っている。
「……俺の力ってまだこんなにあったんだな」
腕輪のおかげで力が戻ったものの、制御装置は壊れてしまった。町に戻るのが少し恐ろしい。
「ま、いっか。どうせ俺は災害級だし」
ポジティブに考えることにして薬草の入った袋を持ち上げる。ふと気配を感じて振り返ると、先ほどの雷狼が幼体を連れてこちらを見ていた。親は既に倒されているが、子供は無事だったようだ。
「おっと……悪いことしたかな」
申し訳なさそうに見つめていると、雷狼の子供は小さく鳴いて洞窟の奥へと去っていった。
「自然の摂理だしな……気にすんな」
罪悪感を振り払いつつ町へと歩き始める。帰路の途中で思いついたことがある。
「これってエフィーナの腕輪が壊れたって報告しなきゃならんのか?」
彼女の怒った顔が目に浮かぶ。怖い。
「いやいや、これは事故だ。不可抗力だ!」
自己弁護しながらも冷や汗が止まらない。そういえばこの前も似たようなことがあって……
「おいおい、またかよチャッピー!今度は何を壊したんだ!」
聞き覚えのある声。振り返るとギルドの同僚ハンスが馬に乗って駆けてきた。
「ああ、ハンス。ちょうどよかった。聞いてくれよ……」
俺はことの経緯を説明した。ハンスは呆れ顔で肩をすくめる。
「お前なぁ……災害級って言われてる理由がよ〜く分かるよ。でもさっきの山の方角……なんか地形が変わってねぇか?」
「そ、そうかな?気のせいじゃない?」
「いやいや、明らかに新しい道ができてるし……」
会話していると遠くから馬車の列が見えてきた。商人たちだ。
「おーい!そこの旅人!大丈夫か?山が崩れたと聞いたが!」
一人の商人が叫んだ。しまった。もう噂になっている。
「大丈夫ですよ!私が無事ですから!」
俺は自信満々に答えた。商人たちの表情が微妙に変化する。
「無事?あんたが無事なら他の人はどうなんだ?」
「あ〜……ちょっと待ってください!」
必死で言い訳を考える俺。ハンスは爆笑し始めた。
「ハハハ!お前の災害っぷりは有名だもんな!また何かやらかしたのか?」
「違う!今回は俺のせいじゃない!事故だ事故!」
「でもお前が関わってるとみんな思うさ」
「くそぉぉ!」
商人たちが近づいてきて質問攻めに遭う。俺は適当に誤魔化しながら町へと急いだ。
「とにかく急ぎましょう!ここは危険です!」
半ば強引に彼らを誘導して町へ向かう。なんとか無事に戻れたが、当然のことながらエフィーナが待ち構えていた。
「おかえりなさいチャッピーさん……」
その笑顔には恐怖のオーラが漂っている。
「た、ただいまエフィーナ……」
「その腕輪は?」
俺は恐る恐る壊れた腕輪を見せた。
「事故です!決してわざとじゃないんです!」
「でしょうね。山を一つ変形させる『事故』なんて普通じゃないもの」
「え?知ってたの?」
「私の情報網を甘く見ないでください。すでに町中の噂ですよ」
彼女はため息をついて続けた。
「まあいいわ。代わりのものを用意してあるから」
ホッとしたのも束の間、彼女が差し出したのは金属製の首輪だった。
「次はこれで抑えるわね♡」
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!!」
俺の絶叫がギルド中に響き渡った。こうして俺の平穏(?)な日常は続いていくのであった。




