第7話(後編) 由香里と紅音 ―赦しと再生―
戦いが終わった夜、静かな玄関先で再び出会う由香里と紅音。
嫉妬、羨望、そして後悔――。
紅音が抱えてきた本音が初めて明かされる。
由香里の言葉が、紅音の心に灯をともすとき、
止まっていた二人の時間が動き出す。
瑠璃と久美も母の後を追うように入って行った。由香里も家に入ろうとすると新堂紅音が暗がりから現れた。
「相変わらず規格外な2人ね」
そう呟いた新堂紅音は、私を見て表情を変えた。
「貴方はそんな規格外な力を持って無いと思ったのに。私と同じ凡人だと思っていたのに
十分規格外だったわ。貴方を毛嫌いしていたのは、いつか規格外の力を目覚めさせるんじゃないかって、内心恐怖していたから。私の姉、瑠璃。貴方の姉、久美。学園の化け物コンビと世界中で有名だった。あらゆるスポーツ系競技でトップを独占。世界で初めて開催された世界異種格闘技大会で高校生ながら初年度優勝、加山久美。2年目優勝、新堂瑠璃。互いをライバルと認識してどこまでも上を目指す2人を見ていて憧れだったけど、同時に姉との差をイヤと言うほど思い知らされた。憧れの姉の姿を追い続けて、努力したけど、その度に思い知らされるの、才能の差を。貴方にわかる?どんなに努力しても憧れてる人の背中を追い続けられない辛さや悔しさ。なぜ私には才能が無いんだろう?父や母はなぜ、私を凡人に産んだんだろう?全てのモノを呪ったし、憎んだわ。特に私自身を。
そんな時、貴方と同じ学園に通う事になった。妬みの塊だった私は、劣等感のカケラも見せない貴方が嫌だった。だって、私の姉、瑠璃よりも凄い姉がそばにいて、何でそんな大らかでいられるんだろう。何で私みたいに嫉妬や妬みに襲われないんだろうって。でも貴方にもきっと嫉妬や妬みの顔があるって、ずっと見ていた。でも貴方にはそんな負の感情は無かった。それが分かった時から、貴方への嫉妬が始まったわ。それが日を追う毎に強くなって
貴方の存在自体が許せなかった。だから貴方に辛く当たった。そうよ。私の負の感情を貴方にぶつけてただけ。私にはそうするしか出来なかった。許してくれとは言わないわ。でも私は貴方の全てを否定する。」
自分自身の感情をぶつけるように、紅音は言葉を解き放っていった。
由香里は言葉が出なかった。その時、またあの時の光が自分の中で目覚めたようだった。でも今回は自分の中に閉じ込められる感覚じゃあなく、自分自身の想いを解き放つような衝動に駆られていた。由香里は勇気を持って話す。
「紅音、何を言っているの。貴方は貴方じゃない。他人と比べてどうするの。憧れた姉をいくら追いかけても追いつける訳無いじゃない。貴方と貴方の姉は同じ人間では無いんだから。貴方には貴方にしか出来ない事がある。それを見つける方が、憧れた姉に近づく唯一の近道だと思うよ。お姉さんを憧れに思うなら、お姉さんが誇りに思うような妹になればいい。その道は一つでは無いし、紅音が自分を信じているなら可能性は無限大だよ。まだまだ先は長いんだから少しずつ前に進めばいい。コツコツ積み上げてきた物は、自分自身の財産に必ずなるから。紅音が嫌でなかったら、一緒に前に進んで行こうよ。」
由香里は笑顔で手を差し伸べた。
「ふざけないで。私が今まで貴方にどんな事をしてきたか覚えているでしょ。こんな妬みと嫉妬の塊の私を許すというの?信じられる訳ないじゃない。仲直りするフリして、私に復讐したいんじゃないの?正直に言いなさいよ。私の事が嫌いだって。私の事を憎んでるって。言ってみなさいよ。」
紅音は目に涙を一杯溜めて、私を凝視した。
「言わないわよ。私が貴方の立場だったら同じ事をしていたかもしれないから。私が負の感情に心奪われなかったのは、競うという日常が無かったから。それと血のつながっていない姉が私の為にいつも笑顔でいてくれた事。でも環境のせいにしても、何も変わらない。自分の人生は自分で作っていく物だから。たとえ道が一つしか用意されていなくても、その道をしっかりした道にしていくのは貴方自身。伝統や格式を重んじながら新しい風を吹かせる事が出来るのはその道を歩いている人だけ。どんな時もどんな状況でも、自分自身を見失わなければ負の感情なんかに負けはしない。私の知っている紅音は負の感情なんかに負けないと信じている。」
由香里は笑顔でそう答えた。
「そんな事ない。私は貴方が思っている程、強くない。貴方に対しての嫉妬を抑える事が出来ずに狼狽した。挙句にイジメなんて最低で格好の悪い事をしたのよ。由香里が信じている私なんてどこにも存在しないの。」
強い口調で言葉を刻んでいく紅音。
「紅音。貴方は…」
戸惑いの表情を見せる由香里
「いいから私を軽蔑してよ。罵倒してよ。私は貴方に認められるような人間じゃあない。
お願いだから怒りを私に向けてよ。」
紅音の叫びが由香里の胸を締め付けた。その時、一瞬自分の身体が入れ替わった気がした。気が付くと紅音を平手打ちしていた。
「自分だけで逃げないで。紅音のした事は消えないんだから受け止めなさいよ。私は貴方の自己満足の為になんか軽蔑も罵倒もしない。この平手一発で水に流してあげるから、いつもの凛々しい紅音に戻りなさい。」
咄嗟の事でビックリしたけど、良いキッカケになったから想いの全てを紅音にぶつけた。
「まさか由香里にこんな事が出来るなんて思わなかった。ものすごく痛かったけど、スッキリした。ありがとう由香里。」紅音には暗い悲壮感はなくなり、晴れやかな顔立ちになっていた。
「あなた達何してるの」
由香里の母、由香である。
「夜も遅いのにご近所の迷惑になるでしょ」由香里と紅音の耳を引っ張って、自分の前に座らせた。
「何があったか知らないけど、アップルパイ冷めちゃうでしょ家に入って早く食べなさい」母、由香は玄関に戻った。由香里も後に続く。紅音はその場で立ち尽くしていた。
ドアが閉まってすぐ、開いた。
「紅音ちゃんあなたも家に入りなさい。風邪引くわよ」母、由香が紅音を呼んだ
「でも私は…」
紅音は入るのを躊躇った。
「早く入りなさい」
由香里の母、由香が紅音の腕を掴んで強引に家に連れ込んだ。
「久しぶりね。紅音ちゃんが我が家に来るのは。あなたが悩み苦しんでいたのに話を聞いてあげられなくてごめんね」由香里の母、由香から思いがけず優しい声をかけられる。紅音はその場で泣き崩れた。
「あなたは小さい頃から由香里と一緒にいて、私にとっては自分の子供みたいなものだから」泣きじゃくる紅音の肩をそっと抱きしめる由香里の母、由香。
今までの出来事が雪が溶ける様に静かに流れ落ちていく。玄関脇の隅でもらい泣きをしていた由香里の心にも母の暖かい気遣いで癒されているようだった。
由香里の側には姉の久美や紅音の姉、瑠璃が寄り添って来た。友でありライバルである姉同士と妹同士。歪になっていた関係がようやく元の形に戻っていく様だった。
これから始まる熾烈な運命の幕開け。
ひとときの静寂の中、運命の歯車は回り続けていた。
――第ニ章 完。
長くすれ違っていた由香里と紅音。
赦すことで救われたのは、紅音だけでなく由香里自身でもあった。
母・由香の包み込むような優しさが、
姉妹たちの心の氷を静かに溶かしていく。
だが、これは終わりではない。
運命の歯車は、新たな試練へと回り始めていた。




