第77話 “牙”VS由香里 FINAL EXAM
第77話です。
“牙”日本支部、そして由香里に迫る最終試験。
悲しみを抱えた日常と、避けられない戦いが交錯する中――
父は、すでにすべてを見据えていました。
由香里の「今」を、どうぞ見届けてください。
“牙”日本支部 隊長室
「俺たちに行かせてください」
「レオたちを退けた実力……本物なのか」
「私たちが確かめます」
静かな部屋に、三人の声だけが響いた。
“牙”日本支部隊長――ジェームズは、しばらく黙り込んだまま二人を見据える。
「……私情は捨てろ。
それから――銃の使用は禁止だ」
短い指示に、男女の隊員は静かに頷いた。
男はジミー。
女はバレッタ。
二人は、由香里が以前戦ったレオたちの“先輩”にあたる存在だった。
「レオを倒したアイツ……許さない」
「リサ……お前のデータ、無駄にはしない」
こうして――
“牙”からの刺客が、静かに解き放たれた。
コルベットに乗り込み、発進する二人。
その様子を、隣のビルの屋上から確認する影があった。
「達也様。動きました」
「ああ、わかった。引き続き監視を頼む」
⸻
加山家
朝の食卓。
いつもの光景――だが、どこか違っていた。
「久美姉は、もう出勤したの?」
「久美は今日、有給休暇よ」
そんな話、昨日は出ていなかった。
「今朝早くに電話があってね。
お婆様が亡くなられたの」
「まーくんと一緒に、車で静岡まで行ったわ」
久美の母親――
その“お婆様”は、まだ元気だと聞いていた。
「私と結婚するまで、久美を支えてくれた人なの」
「まーくんとの結婚も、すごく喜んでくれてね……」
知人ですら喪失は辛い。
それが親族であれば、なおさらだった。
「久美姉……
お婆様のこと、いつも嬉しそうに話してくれてた」
「いつか私にも会ってほしいって……言ってたのに……」
由香里の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……由香里。学校、気をつけてね」
「……うん。行ってきます」
いつもより、ゆっくりとした足取りで家を出た。
⸻
授業が始まり、昼休みを迎える。
久美のいない学校――少しだけ、胸に穴が空いたようだった。
午後の授業を終え、帰路につく。
いつもの道。
いつもの風景。
だが、今日は違う。
『マスター。後方より車両1台。敵意あり』
“アデュー”から警告が届く。
「多摩川までのルート算出。
ミラージュ・コロイドは、カーブごとに限定展開」
『Yes, Master』
背後の車が速度を上げる。
だが――カーブに差し掛かるたび、自転車は視界から消えた。
「前方1キロ先、標的発見」
「……自転車が、車より速いのか?」
「自転車の強みを、よく理解している」
『マスター。あと10分で目的地です』
「うん。着いたら周囲の状況を確認して」
由香里は、多摩川河岸へと急いだ。
橋を渡り、河川敷へ。
自転車を停める。
数分後――
コルベットが、同じく河川敷へと乗り入れてきた。
運転席と助手席から、男女が降り立つ。
「加山由香里。戦ってもらうぞ」
「二人がかりを卑怯なんて、言わないでね」
流暢な日本語で、外国人の女が告げる。
『周囲の索敵、完了。
敵意のある個体は、前方の二名のみ』
『ミラージュ・コロイド展開。
外部からの視認は不可能です』
「ありがとう、アデュー」
「どなたですか?」
「戦う理由は……無いんですけど」
由香里は、静かに問い返した。
「そちらに無くても、こちらにはある」
「我々は“牙”。問答無用だ」
二人はナイフを抜き、戦闘態勢に入る。
――身勝手な理由による私闘が、幕を開けた。
だが彼らは知らない。
レオとリサが戦った頃のデータなど――
もはや、役に立たないということを。
“牙”幹部が驚愕するほどの戦闘。
“英雄”の称号は、伊達ではない。
⸻
“牙”日本支部
「よう、ジェームズ。久しぶりだな」
隊長室に、達也が立っていた。
「……どうやって入ってきた」
「最新鋭のセキュリティだぞ」
ジェームズは、驚愕を隠せなかった。
「日本の忍者を甘く見るな」
「アメリカが、常に最先端とは限らない」
達也は、低い声で淡々と語る。
「なぜここに来た。
娘に刺客が向かったのだぞ……知っているのだろう?」
「お前らじゃ、由香里には準備運動だ」
「前回の戦闘データは確認した。
ジミーとバレッタ――“牙”でもクラスSだ」
「まあ……百聞は一見にしかず、だな」
「モニターしてるんだろ?」
「一緒に観戦といこうじゃないか」
そう言って達也は、隊長席前のモニターに腰を下ろし、
ドリンクとデザートを並べた。
ジェームズも自席につき、操作を行う。
監視衛星の映像が、壁面に映し出された。
同時に、作戦室へ緊急連絡を試みる――
だが、反応はない。
「この部屋は、今――俺の制御下だ」
「外部に異常を知らせることは出来ない」
信じがたい話だ。
だが、この男が出鱈目を言うはずがないことも、ジェームズは知っている。
彼は、覚悟を決めた。
由香里と弟子たちの戦いが終わった後――
その結果次第で、動くしかない。
「私はコーヒー派でね」
コーヒーメーカーから淹れたコーヒーを手にし、
棚からクッキーを取り出す。
互いの弟子たちの戦いを見守る二人。
どこか、スポーツ観戦のような空気。
――今後の道筋を左右する一戦。
由香里劇場、開幕。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回は戦闘前の静けさと、父と娘それぞれの立場を意識して描きました。
次回はいよいよ“牙”との本格戦闘。
由香里の成長と、達也の親バカ視点もお楽しみに。




