第71話 静かな日常、そして牙
日常は、静かに壊れる。
父は護衛として現代を走り、娘は道場で牙を研ぐ。
異世界で得た力は、まだ眠ったまま――だが確実に、現実が追いつき始めていた。
静かな朝の裏側で、戦いの歯車が回り出す第71話です。
早朝。
新堂屋敷の庭に、静かな気配が満ちていた。
達也の日課が始まる時間。
呼吸を整え、身体の芯を目覚めさせる――それは異世界で身についた“戦いの準備”でもあった。
同じ頃。
加山家の道場では、由香里が一人、型を繰り返している。
少女の動きは軽やかだが、その内側には確かな鋭さがあった。
――そして。
達也の中の《セイラ》
由香里の中の《アデュー》
二つの因子が、静かにリンクし、情報交換を開始する。
「おとうさん。昨日、尾行されたの?」
《セイラ》を介して届く由香里の声に、達也はわずかに口角を上げた。
「まぁな。由香里には共有しておくが……外国の組織が絡んでる可能性が高い」
「お父さんも、危険?」
「可能性はある。でも静香が護衛についてるし、正樹が作った装置も車に積んである。過剰なくらいだ」
「静香さんが護衛……保健医のお仕事は?」
「そっちは何も報告を受けてないな。無理はしてないだろ」
短い会話。
だが、そこに含まれる情報量は多い。
互いに無事を確認し合い、稽古を終え、二人はそれぞれ朝の支度へ戻っていった。
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シャワーを終えた達也は部屋に戻り、百合子が用意してくれた運転手用の制服に袖を通す。
「達也様。我が当主のこと、よろしくお願いします」
執事の真鍋が深々と頭を下げる。
「任せてくれ。兄貴には、傷一つ付けさせない」
短く、しかし迷いのない言葉だった。
達也はガレージから車を出し、屋敷の玄関へと横付けする。
後部ドアは改造され、タクシーと同じ自動スライド式だ。
玄関から現れた新堂弦之助は、そのまま後部座席に乗り込んだ。
「達也。タクシーじゃないんだからな」
「俺が外に出てドアを開けたら、相手は警戒して襲ってこなくなるだろ」
「護衛が“襲わせる前提”でどうする」
「襲ってくれないと、首謀者に辿り着けない」
「……やっぱり、お前に頼んだのは間違いだったか」
弦之助は苦笑しながら、シートベルトを締めた。
「昨日、尾行してた車は公安だった」
「……公安? なぜだ」
「新エネルギー開発は、今の世界じゃ目立ちすぎる。政府の中も一枚岩じゃない」
「依頼は日本政府だぞ?」
「だからこそだ。先進国はどこも狙ってる」
弦之助は、運転席越しに達也を見る。
「現代を生きてきた俺達より……なぜお前の方が詳しい」
「色々と、情報源があってな」
「言いたくないが……やはり優秀だよ、達也」
車は屋敷を後にし、横浜みなとみらいの本社ビルへと向かう。
第三京浜を走行中――
《セイラ》が警告を発した。
『マスター。第三京浜では仕掛けてきません。可能性が高いのは――首都高横羽線』
「了解」
第三京浜を抜け、首都高横羽線へ。
その瞬間だった。
後方から、異様に距離を詰めてくる一台の黒い車。
さらに、前方の合流車線からもう一台。
「来たか」
達也の声に、焦りはない。
次の瞬間、乾いた音。
フロントガラスに弾痕が走る。
「撃ってきやがったか」
達也はアクセルを踏み込み、同時にハンドルを切る。
車体がわずかに蛇行し、次弾をかわす。
『装甲、防弾レベル内。問題ありません』
《セイラ》の冷静な分析。
達也は急減速。
後続車が距離を詰めた瞬間、側面へと車を寄せ、相手の進路を完全に塞いだ。
金属音。
相手の車はガードレールに接触し、そのまま減速。
前方の一台にも、進路変更で圧をかける。
「深追いはしない。ここで十分だ」
二台は明らかに追撃を諦め、別方向へと逃走した。
「……撃退、か」
弦之助が息を吐く。
「追い払っただけだ。目的は達成してる」
そのまま車は本社ビルへ到着し、地下駐車場へと滑り込む。
エンジンを切った瞬間、達也は静かに目を閉じた。
――リンク、再接続。
《セイラ》と《アデュー》が、再び情報を共有する。
「由香里。首都高で仕掛けてきた。撃退した」
「怪我は?」
「なし。相手も深追いしてこなかった」
「……本格的に、動き出したね」
「ああ。だからこそ、これからが本番だ」
二つの因子は、同時に同じ結論へ辿り着く。
――これは、ただの“護衛任務”ではない。
静かな日常の裏で、
確実に、戦いは始まっていた。
日常回のはずが、気づけば銃撃戦。
それでも親子は冷静で、だからこそ危うい。
ここから物語は「護衛」ではなく、「戦争」へ向かって動き始めます。
次話も、静かに――そして確実に加速します。




