第69話 達也と由香と正樹。
久しぶりの平穏な朝。戦いを越えた家族が、笑い合い、語り合い、音楽でひとつになる時間を描きました。英雄たちの、何気ない日常をお楽しみください。
朝5時――加山家の道場。
少しずつ空が白み始め、静かな朝の気配が広がっていく。
その静寂の中、ひとつの影がゆったりと動いていた。
空気と溶け合うような、流れる動き。
達也の朝の日課――幻日流の「練り」。
その場の空気を感じ取り、自然の流れと力を己に取り込む基本の型である。
「……綺麗。いつ見ても、おとうさんの練りは美しいよね」
異世界から帰還して以来、由香里も朝の稽古を日課にしていた。
父の技の冴えに、改めて見入ってしまう。
「静かな動きなのに、空気がピンと張るんだよね。達兄の動きって」
久美も、寝ぼけ眼のまま道場をのぞきに来ていた。
「久美姉、こんな時間に起きるなんて珍しいね」
由香里が少しだけ意地悪く言う。
「達兄が帰って来たからね。それに、由香里と同じくらい強くなりたいし。いつでも頼れる久美姉でいたいじゃん?」
その言葉に、由香里は胸の奥が少し熱くなる。
すると、不意に達也が声をかけた。
「おい、お前ら。そこで見てないで、組み手やるぞ」
相変わらずの強引さである。
顔を見合わせ、苦笑しながらも二人は嬉しそうに道場中央へ向かった。
「二人で来い」
達也が静かに構える。
由香里と久美も同時に構えた。
次の瞬間、朝の静寂を破る激しい攻防が始まった。
⸻
その頃、リビングでは。
「まったく……あの格闘オタクたちは」
由香が朝食を並べながらぼやく。
「前は近所迷惑になるって、よく注意してたよな」
正樹が手伝いながら笑う。
「だから道場を最新の防音仕様に改装したんだろ?安全対策も万全だし」
「まあね。おかげで、こんなこともできるし」
そう言って、由香はマイクを手に取る。
そして――
「こらぁぁ! あんたたち! ご飯できたから早く来なさーい!!」
防音設備をフル活用した大音量放送だった。
数分後。
耳を押さえ、ふらふらしながら三人が現れる。
「……正樹、なんだあれは。鼓膜破れるかと思ったぞ」
「お母さん、声に張りありすぎ……」
「まだ頭クラクラする……」
三人が文句を言いながら席に着く。
由香は満面の笑みで言った。
「はい、お母さんの勝ち。撃退成功!」
達也が正樹に文句を言う。
「余計なハイテク入れやがって。あんなに騒いで外に音漏れないって、逆に怖いぞ」
「何言ってる。お前が道場に寝泊まりしてた頃、由香が毎日近所に頭下げて回ってたんだぞ」
それを聞き、三人は一斉に黙る。
「……ごめんね、お母さん」
「由香ちゃん、ごめん」
「……悪かった。すまん」
由香は苦笑する。
「“大きいネズミでも飼ってるんですか?”とか、“埋蔵金でも掘ってるんですか?”とか言われたのよ?まあ、たっちゃんだから仕方ないって思ってたけど」
そして笑顔で続ける。
「ほら、ご飯冷めるわよ。食べましょ」
こうして、いつもの賑やかな朝食が始まった。
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食後、リビングでコーヒーを飲みながらくつろいでいると、久美がふと思い出したように言う。
「そういえば達兄って、車の運転できるの?」
「……磯崎のジジイに自衛隊に入れられてな。大型特殊まで持ってる」
意外な事実に皆が驚く。
由香が苦笑する。
「大学出てすぐよ。まさか五年もいるとは思わなかったけど」
「その時は、もう付き合ってたの?」
由香里が身を乗り出す。
「付き合ってたわよ。大学三年の時、帰り道で不良に絡まれてね。助けてくれたのが、たっちゃん」
それから付き合い始め、磯崎の父に挨拶に行った結果、なぜか自衛隊入り。
「五年勤めたら結婚許すって話になってね」
「それで、ようやく結婚して、由香里が生まれて……幸せだった」
「でも、修行でほとんど家にいなかったけどね」
この馴れ初めは、娘たちの大好物だった。
「ねぇ、お母さん。おとうさんのどこが好きだったの?」
「うーん……なんとなく?」
「それ答えになってない!」
久美が笑いながら振る。
「じゃあ達兄は?」
「……なんとなくかな」
「よくそれで結婚したね!」
正樹が笑いながら口を挟む。
「酔った達也が言ってたよ。由香は自分を怖がらないって。普通に話せるからいいって」
さらに続ける。
「由香もさ、昔大喧嘩して俺に愚痴って、“この人なら全部受け入れて守ってくれる”って言ってた」
由香は慌てる。
「ちょっと、覚えてないんだけど!」
正樹は静かに続けた。
「達也が死んだ時、亡骸にすがって“嘘つき、ずっと守るって言ったじゃない”って泣いてた。だから俺が守ろうと思った。一周忌が終わってから、プロポーズした」
達也が静かに頭を下げる。
「……すまんな。由香、正樹。俺のワガママに付き合ってくれるの、お前らだけなんだ」
その空気を、由香里が明るく変える。
「なんか素敵だな。私も、生涯の友って呼べる人を大切にしたい」
「由香里、アンタは私が一生守る妹だからね」
「私も久美姉とずっと一緒にいたい」
正樹が笑う。
「俺たちは三人だったけど、由香里たちは八人だろ。羨ましいよ」
「数だけじゃん」
「これから伝説作ればいい」
達也が笑う。
「なんか熱くなってきたな。発散するか」
また組み手かと思ったが――
道場に入った瞬間、二人は驚いた。
「えっ?何これ!」
そこには本格的なカラオケ設備。
「防音を活かさないとな」
「どんなに叫んでも外に漏れないわよ」
実は夜な夜な楽しんでいたらしい。
「お母さんズルい!」
「お父さんも技術使いすぎ!」
そんな騒ぎの中、達也はすでに選曲を終えマイクを握っていた。
「達兄ズルい!」
「おとうさん、いつの間に!」
曲が流れ始める。
フォルテシモ――達也のお箱だ。
その後、家族全員で歌いまくり、笑い続けた。
そして達也が言う。
「正樹、あれは無いのか?」
「……あるぞ」
スイッチが押され、床からドラムセットが現れる。
さらにギターとベース。
「お母さん、ギター弾けるの!?」
驚く娘たち。
達也がドラムを鳴らし始める。
力強いビートが奏でられる。
正樹はベース。暖かみがある音色。
正樹の性格そのままのようである。
そして…圧巻が由香のギター。
まるで歌っているような戦慄。
三人の音が重なり、空間が震える。
自然と体が動き、由香里と久美はヒップホップで踊り出す。
音楽と笑顔が、道場いっぱいに満ちていた。
家族の絆をさらに強くするライブ。
この音は、これからもずっと奏でられていくのだろう。
戦いだけでなく、帰る場所や支えてくれる人がいるからこそ強くなれる――そんな家族の絆を描いた回でした。次回から物語は再び動き出します。




