↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/130

第6話 加山家の人々

【第6話 加山家の人々】


学校での出来事を胸に抱えたまま、由香里は家に帰る。

そこで待っていたのは、明るく破天荒な姉・久美、そして母と父。

血のつながりを超えて結ばれた家族との、温かくて少し騒がしい夕暮れ。

けれどその微笑みの裏には、誰にも言えない“痛み”が潜んでいた——。


異世界最強の父と、現代で強くなろうとする娘。

家族の絆が静かに灯る、癒しと伏線の一章です。

『ただいま』


玄関のドアを開けると、家の中の空気がふっと和らいだ気がした。ほんの少し震える声で、でもできるだけ明るく響くように。あんな出来事の後でも、家では“普通”を演じなければならない。心配をかけたくなかった。家族には、絶対に。


「由香里ちゃんおかえり!」


2階から勢いよく駆け下りてきたのは、私の4つ上の姉、久美。東大の医学部に通う才女でありながら、毎日1回は必ず全力で抱きついてくる、愛情の塊のような人。だけど信じられないかもしれない。かつて“金色の弾丸”と呼ばれ、地元のヤンキーすら恐れて近寄れなかった存在だなんて。


『久美姉、ただいま。って、抱きつくなー。息できないってば……』


「だって由香里ちゃん、今日もかわいいんだもん。ところでさ、なにそのジャージ? 体育のあと?」


不意に視線が鋭くなる。


『う、うん。掃除の時にちょっと水被ってさ……』


そう答えながら目を逸らす。これ以上は聞かないで、という私の気配を察したのか、姉は一拍置いてからふっと笑った。


「そっか、ドジしちゃったんだね。じゃあ早くお風呂入って温まって! 風邪ひいちゃうよ。」


そのままカバンをひょいと奪って、脱衣所まで持っていってくれた。パワフルで、天真爛漫で、でも本当は誰よりも空気が読める、そんな姉だ。


湯船に体を沈めると、今朝の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。身体の芯に残る冷たさが、あの水ではなく、心に刻まれた痛みだと気づいた時、不意に涙が溢れた。


『……ありがとう、久美姉』


「どういたしまして!」


声に驚いて振り向くと、いつの間にか裸の久美姉が湯船に入ってきていた。


『ちょっ、なんで入ってくるの!?』


「久しぶりに一緒に入りたくなっちゃって~」


そう言って後ろから抱きついてくる。柔らかな胸が背中に当たって恥ずかしいけど、どこか安心するのが悔しい。


「由香里ちゃん、また大きくなった?……うーん、今はDってとこかな? もうちょいでEカップかも!」


『ちょっ、久美姉! 触らないでよ、変態!』


「何よ~、姉妹で健康チェックしてあげてるだけじゃん♪ 私なんてFあるんだよ。すごいでしょ?」


『自慢すんなーっ!』


そんなふざけたやりとりの最中――


「あなた達は姉妹で何をやっているの?!」


浴室のドアが勢いよく開き、母の厳しい声が飛んだ。裸のままの私たちは固まり、すぐに事態の深刻さを察した。


「お父さんがもうすぐ帰ってくるでしょ。早く出なさい!」


『はーいっ!』


2人して声を揃えて返事し、慌てて体を洗って湯船から飛び出した。


母は、10年前、今の父と再婚するまで女手一つで私を育ててくれた。父が連れてきた久美姉とは血は繋がっていない。でも、5才上の久美姉は出会ったその日から私に優しくしてくれた。最初はその好意すら怖かった。実の父を亡くして心が壊れかけていた私は、他人の優しさを信じる余裕なんてなかったから。


けれど、どんな時も久美姉は私のそばにいた。泣きたい夜には黙って一緒に泣いてくれた。今では誰よりも信頼している、かけがえのない姉だ。


⸻


髪を乾かし、部屋着に着替え、リビングに戻ると――


「ただいま~」


玄関のドアが開いた。父が帰ってきたのだ。


『おかえりなさーい!』


私と姉は、まるで約束したかのように同時に部屋から飛び出して、玄関に駆け寄った。


「おっ、元気なプリンセスたちがお出迎えとは……こりゃ、父さん感激!」


「お父さん、今日もお疲れさま!」


久美姉が父にハグ。私も少し恥ずかしいけれど、そっと腕を添えた。


「……久美、またでかくなった?」


「触ってみる?」


「コラー!!」


すかさず母がキッチンから現れ、鋭い視線を父に投げかけた。


「いいからお風呂入って! 久美は台所手伝って。由香里は洗濯物!」


まるで軍隊のようにピシッと指示が飛ぶ。私たちは「了解しました!」と直立不動で返事し、それぞれの持ち場に向かう。


私の担当は洗濯物。4人家族の分だから結構な量だけど、日課になっているので苦ではない。


⸻


「♪最後の雨に濡れないように〜♪」


父の鼻歌が風呂場から聞こえる。“さらば恋人”で始まり、“I LOVE YOU”、“涙のリクエスト”……そしてラストは“最後の雨”。


『あ、そろそろ出るタイミングね』


このルーティンのおかげで、ビールを冷やすタイミングがバッチリなのだ。


「お父さん、今日もお疲れさま♪」


久美姉が素早くグラスにビールを注ぐ。私は洗濯物をたたみ終えて慌ててやってくる。


『ずるーい! 今日のお酌は私の番だったのに!』


「遅かった方が悪いの♪」


「まったく、両手に花で父さんは幸せねぇ」


母が大皿の唐揚げを運んできた。


「うわっ、お母さんの唐揚げだ! だーい好き!」


姉妹が父から料理に集まり、お父さんが嬉しそうに笑う。


「母さんの唐揚げには、誰も勝てんなぁ……」


「いただきます!」


全員で声を揃えて手を合わせた瞬間、家の中に安堵の光が満ちた。


実父を亡くし、絶望の底にいたあの日。母と私を救ってくれたのは、今の父だった。そして、姉となった久美。血のつながりを超えて繋がったこの家族は、私にとってなにより大切な宝物。


『この幸せが、ずっと続きますように……』


由香里はそう願いながら、いつもより少しだけゆっくりと、温かい夕食を口に運んだ。

お読みいただきありがとうございます。


今回は「加山家」の日常を中心に描きました。

由香里が抱える心の傷と、家族の温もりの対比を意識しています。

久美姉の奔放さ、母の厳しさ、父の優しさ──

そのどれもが、彼女の「生きる力」につながっていきます。


次回、第7話では、再び学校での現実が由香里を試します。

温もりと痛み、その境界が揺れ始める展開をお楽しみに。


ブックマーク・感想・レビューなどいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。