第60話 魔王城突入――英雄親子、最後の戦場へ
いよいよ物語は最終局面へ。
英雄となった父と、その背中を追い続けた娘。
魔王城突入――ここから先は、引き返せない戦場です。
夜明け前。
空はまだ暗く、太陽の気配すらない。
だが――魔王城の周囲だけは、常に薄暗かった。
巨大な城塞は、山そのものを削り出したかのように聳え立っている。
黒く歪んだ城壁。
生き物のように脈打つ魔力の流れ。
空気は重く、呼吸するだけで肺が軋む。
「……嫌な場所だな」
達也が呟く。
「うん……世界そのものが、拒絶してる感じ」
由香里は、無意識に父の半歩後ろに立っていた。
城の周囲には、無数の魔族が配置されている――はずだった。
だが、姿はほとんど見えない。
静かすぎる。
「エバンスの判断だな」
達也が低く言う。
「無駄な消耗はさせない。
俺たちが来ると、最初から分かってた」
その時。
――ゴゴ……ゴ……。
城門が、ゆっくりと動き始めた。
誰も触れていない。
それなのに、重厚な鉄門が、自ら道を開く。
「……招かれてる?」
由香里の声が震える。
「そうだ」
達也は一歩踏み出す。
「“ここまで来たんだろ?”ってな」
城門の内側は、闇だった。
光を吸い込むような黒。
足を踏み入れた瞬間、
空気が一変する。
「――っ」
由香里は息を呑んだ。
耳鳴り。
視界の歪み。
肌にまとわりつく、悪意そのもののような魔力。
「由香里、集中しろ」
「……うん」
通路の奥、魔族の兵が数体、ゆっくりと姿を現す。
だが――数は少ない。
「来るぞ」
達也が一歩前へ。
次の瞬間。
――ドンッ。
音すら置き去りにする踏み込み。
拳が一閃。
魔族の上半身が、消し飛んだ。
由香里も続く。
「はぁっ!」
迷いのない一撃。
魔力を纏った蹴りが、残りの魔族をまとめて壁に叩きつける。
戦闘は、数秒で終わった。
「……弱い」
由香里が呟く。
「弱いんじゃない」
達也は周囲を警戒しながら言う。
「“ここで戦う相手じゃない”ってだけだ」
城の奥へ進むほど、魔力は濃くなる。
だが、敵は出てこない。
まるで――
二人を、最深部へ導くように。
やがて、巨大な扉が現れた。
玉座の間。
扉が開いた瞬間、
圧倒的な存在感が、二人を包み込む。
「……来たか」
低く、響く声。
玉座に座す影。
魔王。
だが――その手前に、一人の男が立っていた。
「……参謀エバンス」
由香里は静かに構えた。
「お初にお目にかかる。英雄の娘よ」
エバンスは静かに頭を下げる。
「そして――磯崎達也。やはり、あなたが来ましたか」
「予想通りだろ」
「ええ。
だからこそ、城の兵を少なくしました
――あなた方を、ここに招く為に」
エバンスの背後、魔法陣が淡く光る。
ただし、攻撃の気配はない。
「……魔王の前に立つ覚悟は出来ています」
エバンスは真っ直ぐに達也を見る。
「この戦いで、全てを終わらせる」
「覚悟、ね」
達也は一歩前に出る。
「悪くない目だ」
魔王が、ゆっくりと笑った。
「人の身で、ここまで辿り着いたか……
やはり“英雄”とは、厄介な存在だ」
玉座の間に、重い沈黙が落ちる。
戦いは、まだ始まっていない。
だが――
逃げ道は、もうない。
英雄親子。
参謀エバンス。
そして、魔王。
世界の行方を決める瞬間が、
確実に、近づいていた。
第60話、読んでいただきありがとうございます。
静かな突入回ですが、嵐の前の静けさでもあります。
次話より、魔王と英雄親子、そしてエバンスの想いが激突します。




