第59話 魔王城突入前夜、父と娘
魔王城突入を目前に控えた夜。
英雄としてではなく、父と娘として向き合う静かな時間を書きました。
派手な戦闘の前の、心の距離が一番近づく一話です。
夜の王都は、珍しく静かだった。
昼間まで続いていた瓦礫の撤去音も、人々のざわめきも、今は遠い。
月明かりが、修復途中の街路と王城の壁を淡く照らしている。
王城の一室。
簡素だが、静かで落ち着いた部屋。
由香里は窓辺に立ち、外を眺めていた。
その背中越しに、達也がゆっくりと口を開く。
「……眠れないか」
「……うん」
由香里は振り返らず、小さく頷いた。
「怖いか?」
一瞬、沈黙。
「……ちょっとだけ」
正直な答えだった。
達也は椅子に腰を下ろし、深く背もたれに体を預ける。
「それでいい」
「え?」
「怖くない奴なんて、いない。
俺だって――最初はそうだった」
由香里は驚いたように父を見る。
「おとうさんも……?」
「ああ。
強くなっても、慣れても、
“失うかもしれない”って感覚だけは消えない」
由香里は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
「……私ね」
由香里は言葉を探しながら続ける。
「英雄とか、世界を救うとか……
正直、まだ実感がないんだ」
「だろうな」
達也は苦笑する。
「でも」
由香里は拳を握る。
「おとうさんと一緒なら……行ける気がする」
達也はその言葉に、少しだけ目を伏せた。
「……由香里」
「なに?」
「明日の戦い。
無理だと思ったら、迷わず下がれ」
「え……?」
「俺が前に出る。
お前は、俺の背中を見ていればいい」
由香里は一瞬、言葉を失った。
「それじゃ……私、役に立たないみたいじゃん」
「違う」
達也は即座に否定する。
「お前は“娘”だ。
それ以上でも、それ以下でもない」
静かな声だった。
だが、そこには強い想いがこもっていた。
「俺はな……」
達也は天井を見上げる。
「この世界を救うために来たんじゃない。
お前を守るために、強くなった」
由香里の喉が、きゅっと鳴る。
「……ずるいよ」
「何がだ」
「そんなこと言われたら……
私、逃げられなくなるじゃん」
達也は、ゆっくりと立ち上がり、由香里の前に立つ。
「逃げる必要はない。
だが、背負う必要もない」
由香里の頭に、ぽん、と手が置かれる。
「明日は――
“英雄”じゃなくていい。
俺の娘として、隣に立て」
由香里は、強く頷いた。
「……うん」
窓の外、月は高く昇っている。
それは、嵐の前の静けさ。
父と娘。
二人の“英雄”は、
静かに、最後の夜を迎えていた。
次話から、いよいよ魔王城編本格突入です。
ここで交わした言葉と想いが、これからの戦いの中でどう響くのか――
ぜひ親子の行く末を見届けてください。




