第53話 由香里の想いと達也の想い
今回は戦いの前夜、由香里と達也の“想い”に焦点を当てた回です。
最強である前に、父であり娘である二人の心のやり取りを、少し静かに描きました。
次回はいよいよ決戦です。
自室へ戻った達也と由香里。
少しして、達也は由香里の部屋を訪れた。
「由香里、ちょっといいか?」
扉をノックしながら声をかけると、
「おとうさん。いいよ、入って」
由香里は嬉しそうに答えた。
部屋に入った達也は、少し申し訳なさそうに言う。
「すまんな。異世界まで来させておいて、ゆっくりさせてやれなくて」
「いいんだよ。無理やり付いてきたのは私だし」
由香里は首を振り、微笑んだ。
「それに、おとうさんって元々こうだったんでしょ?
周りの人のことばかり考えて、最悪の事態を想定して動く。
そんなおとうさんの日常に触れられて、私は嬉しいんだよ」
「……」
達也は少し驚いたように由香里を見る。
「由香と正樹は、いい親だったんだろうな。
由香里を見ていれば、よくわかる」
そう言って、そっと娘の頭を撫でた。
「おとうさんだって、私に大事なことをたくさん教えてくれたよ。
とってもいいおとうさん。……ありがとう」
由香里は少し照れたように答えた。
しばらく親子で言葉を交わし、やがて静かな時間が流れる。
その沈黙を破るように、達也が唐突に切り出した。
「由香里なら……超獣化した四天王を、全て倒せそうか?」
「うーん……この前は二体だったけど、四体は流石にきついかな。
ガニメデとフレイヤの超獣化は未知数だしね」
由香里は謙遜気味に答える。
『マスターなら問題ありません。
あの程度の相手なら、一時間もあれば殲滅可能です』
"アデュー"が自慢げに言った。
「ちょっと、何勝手なこと言ってるのよ。
戦うのは私なんだから、無茶言わないで」
由香里がすぐに突っ込む。
『由香里様は、ご自身の実力を正確に把握していません。
覚醒後の戦闘能力は、以前の数倍に達しています』
今度は"セイラ"が冷静に分析する。
『ですが"アデュー"。
主人の精神状態を考慮せずに発言するのは不適切です。
気の乱れ一つで、本来の力の半分も発揮できなくなる――
それが生身の生命体です』
"アデュー"にも釘を刺す。
「はは……相変わらずだな、"セイラ"」
達也は苦笑した。
「そういえば、お前に名前を付けて自我が生まれた頃、
何度もこうやって言い合ったな。
今の由香里たちも、あの頃の俺たちと同じだ。
成長の途中なんだから、少し放っておいてやれ」
『……わかりました。マスターがそう仰るなら』
"セイラ"はどこか不満そうに答え、自閉モードに移行して沈黙した。
達也は椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
「……今回の魔族は、今までにないほど狡猾だ。
成長しているのか、それとも裏で操っている奴がいるのか……」
そして、由香里に向き直る。
「王都正面で四天王を迎え撃つ。
あえて苦戦しているように見せ、一体倒した後、
三体を二人で相手しながら、俺は王都へ戻る。
――悟られないように、頼みたい」
「それって……英雄騎士団だけじゃダメってこと?」
「いや、勘だな。違和感と言った方が近い。
"セイラ"も警告していたし、可能性は高い。
だが、そこに戦力を割くのは、
今の英雄騎士団と王国軍には致命的だ」
「……わかった」
由香里は真剣な表情で頷いた。
「おとうさんが言うなら間違いないよ。
"アデュー"も警告してたしね。
あとは……どうやって一緒に戦ってるように見せるか、だね」
彼女は柔らかく笑った。
「すまんな。
由香里を連れて行くのを反対した俺が、
結局お前に頼ることになるとは……」
「ううん」
由香里は首を振る。
「おとうさんの役に立ちたいって思ってたのは、私だもん。
謝らないで。……私、すごく幸せだから」
「……そうか」
達也は、娘の成長を心から嬉しく思った。
その後二人は食堂で食事を取り、
それぞれの部屋で夜まで仮眠を取った。
眠っている間、由香里は"アデュー"と作戦会議を行っていた。
『マスター。
達也様に合わせた甲冑を装備すれば、遠目では誤魔化せます。
その上で高速移動と分身を併用すれば、
しばらくは敵に悟られないでしょう』
「髪型もおとうさんに合わせる。
あとは……頭の中にあるおとうさんの動きにシンクロする」
由香里は静かに決意を固めた。
そして――
日が沈み、夜が訪れる。
ヒューマンと魔族。
生き残りを賭けた決戦の火蓋が、ついに切って落とされた。
親子で並び立つ覚悟と、それぞれの成長を書いた第53話でした。
由香里の決意、達也の信頼が、これからの戦いにどう影響するのか。
次話から本格的に戦局が動きます。ぜひ続きもお付き合いください。




