第4話(後編) 紅音 ―権力の影―
トイレで起きた事件を隠蔽しようとする教師たち。
そして、その報告を受ける理事長室には、意外な人物が待っていた――。
「紅音」後編では、学園の権力構造と新堂家の闇が浮き彫りになります。
「斉藤です。失礼します」
そう言って理事長室のドアを開けた瞬間、斉藤先生は圧迫されるような重圧を感じた。
理事長と校長の他に、もう一人――見覚えのある女性がいた。
「あなたが斉藤先生。いつも紅音のワガママを聞いてくれてありがとうございます。姉の新堂瑠璃です」
前生徒会長・新堂瑠璃。なぜ彼女がここに。
学園の絶対的存在として君臨した“伝説の女王”。
彼女に逆らえた者は一人もいないと言われていた。
斉藤先生の血の気が引いた。足が震え、息をするのも苦しかった。
「今回の件、表沙汰にならないよう取り計らってくれたこと、心より感謝します」
思いもよらぬ言葉だった。処分を求められるどころか、礼を言われるとは。
「いえ、優秀な生徒を守るのは私たち教諭の使命ですから」
声を整えながら答える。わずかに安堵が胸に広がった。
だが、瑠璃の瞳が冷たく光る。
「斉藤先生。今のは“今までのこと”を知っていての行動だと思っていいのかしら?」
“今までのこと”――その言葉が鋭く突き刺さる。
斉藤先生の表情が一瞬でこわばった。
「一年もの間、いじめを隠蔽していたことを、私が何も知らないと思っているの?」
瑠璃の声は凍りつくように冷たく、部屋の空気を支配した。
理事長と校長は息を呑んだ。
「私は何も報告を受けていません! 今日、初めて知ったのです!」
校長が慌てて言い訳する。
「あなた方に協力している教諭ばかりではないんですよ。校長と理事長のやり取りを知らないとでも?」
瑠璃の鋭い視線が二人を貫いた。
理事長と校長の顔が見る間に青ざめていく。
「知っているとは……録音か何かされたのですか?」
校長が弱々しく問う。
「それはご想像にお任せします。やましいことがないのなら、堂々としていればいいのでは?」
瑠璃の言葉は冷たく、確信を突いていた。
その時、部屋の奥から重い声が割って入った。
「瑠璃。そのくらいでいい。表沙汰にしても誰も得をしない。紅音は説得したのだろう?」
――新堂社長だった。
すべてを支配する男が、まるで何事もなかったように言葉を投げた。
「お父様……それでは示しがつきません!」
瑠璃が詰め寄る。だが、その眼差しを冷たく遮った。
「今は“社長”だ。場をわきまえなさい。今回は何もなかった――それで納得しなさい」
瑠璃は拳を握り締めた。怒りを飲み込み、唇を噛む。
「社長がそうおっしゃるなら、そのようにいたします。やはり社長は話が分かりますな。忖度は必要ですよ、何事にも」
校長が、媚びるように声を上げた。
「この学園は新堂社長のお力添えあってこそ。今後ともよろしくお願いいたします」
理事長も続く。
瑠璃は静かに二人を見つめ、ため息をついた。
「あなた方はまだ分かっていないのね。自分たちが“虎の尾”を踏んだことを。……まあいいわ。この世には、権力なんて通じない人たちもいる。そのことを、いずれ知ることになるでしょう」
そう言い残して、瑠璃は哀しげな表情で部屋を出て行った。
その背中には、どこか決意のようなものが宿っていた。
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「斉藤先生。今回の件、迅速な対応ありがとう。さすが新堂社長の推薦だけあって優秀だ。あなたを学年主任にして正解だったよ」
校長が満面の笑みで握手を求めてきた。
そのねっとりとした手の感触に、斉藤先生は顔を引きつらせながらも握り返した。
「お役に立てて光栄です。これからも全力を尽くします」
――そう答えながら、心の奥で小さく呟いた。
「この学園は、私が守る」と。
四人はそのままソファに腰を下ろし、淡々と“処理”の確認を進めた。
「現場は数日で復旧させます。目撃者はおらず、当時トイレは閉鎖状態でした。私が入退室した際も誰もいませんでしたので、問題はないと思います」
「盗聴や盗撮の恐れは?」
新堂社長が確認する。
「職員に詳しい者がいるので確認させています。修理業者も身元確認済みです。外部に漏れる心配はないかと。ただ……瑠璃様がどう動くかが懸念です」
斉藤先生はわずかに声を落とした。
「瑠璃も新堂家の立場を理解している。家を傷つけるような真似はしない」
社長の言葉は断定的だった。
彼は、自分の娘を完全に“支配できている”と思っていた。
「そうですね……その通りかと」
斉藤先生も同調する。
だが、瑠璃が最後に残した言葉が頭を離れなかった。
――“権力なんて関係ない人たちがいる”――。
そんな存在が本当にいるのか?
この学園の支配構造を崩せるほどの存在が。
「自分の意見が通らなかった腹いせで言っただけだろう」
校長が楽観的に笑う。
だが、その笑顔も数日後には凍りつくことになる。
その考えが、あまりにも甘かったことを思い知るのは――もうすぐだった。
権力と隠蔽が渦巻く理事長室。
その中で唯一、静かに怒りを燃やしていた瑠璃。
彼女の言葉は、やがて学園全体を揺るがす“予兆”となる。
次回――トイレでの大立ち回り。その後の出来事が語られます。




