第39話 戦後の砦と、英雄の娘
戦いが終わった後に残るものは、勝利だけではありません。
評価、視線、立場、そして――新たに背負う名前。
今回は「戦後」を描きつつ、
由香里が少しずつ**“守られる存在”から“認められる存在”へ**変わっていく回です。
英雄の娘であること。
それは誇りであり、同時に重みでもある。
砦で交錯する騎士たちの本音と、
相変わらず親バカな父の背中を、
楽しんでいただければ幸いです。
戦いが終わった。
正確には――
終わらせられてしまった、と言った方が近い。
砦の外に広がっていたはずの魔物の軍勢は、
いつの間にか跡形もなく消え去り、
残っているのは、砕けた大地と、焦げた空気だけだった。
「……生きてる、よな?」
英雄騎士団の一人が、恐る恐る自分の腕をつねる。
「痛っ!?」
「生きてるな……」
その声を皮切りに、
張り詰めていた空気が、少しずつ緩んでいった。
「……勝った」
「いや……勝ったというか……」
「……蹂躙された?」
誰かが呟いたその一言に、
全員が、無言で頷いた。
⸻
「達也様!」
砦の門から、数人の騎士が駆け寄ってくる。
その先頭にいたのは、副団長ラーハルトだった。
「この度の救援……」
そう言いかけて、言葉に詰まる。
――英雄の隣に、少女が立っている。
しかも、手を握られている。
(……近い)
(いや、近すぎないか?)
ラーハルトは一瞬、視線を逸らし、
そして、正しく理解した。
「……こちらが……」
「娘だ」
達也は、あっさりと言った。
「由香里。俺の大事な娘だ」
「…………」
ラーハルトだけでなく、
その場にいた騎士全員が、固まった。
(やっぱり娘なんだ……)
(冗談じゃなかった……)
由香里は、少しだけ居心地悪そうに、頭を下げる。
「……はじめまして」
「……おとうさんがお世話になってます」
「「「…………!!?」」」
その瞬間、
英雄騎士団の女性陣の脳内で、
何かが音を立てて崩れ落ちた。
⸻
「お、おとうさん……?」
金髪の女騎士が、震える声で呟く。
「……達也様が……ちち……?」
「……娘持ち……?」
「しかも、あの年頃で……?」
誰かが小さく、
「……聞いてない……」
と呟いたのを、由香里は聞き逃さなかった。
(……え? 何を?)
達也は、そんな空気を気にも留めず、
由香里の頭に、ぽん、と手を置く。
「初陣にしては上出来だ」
「よく動けてた」
「……ほんと?」
由香里の顔が、ぱっと明るくなる。
「ああ」
「俺の娘だ。自慢していい」
そのやり取りを目撃した瞬間――
「…………」
「………………」
女性騎士たちの視線が、
一斉に由香里へと集まった。
(……勝てない)
(戦場でも、立場でも……)
ある者は悟り、
ある者は静かに、敗北を受け入れた。
⸻
「……あの」
一人の女魔法士が、意を決したように前へ出る。
「由香里様……で、よろしいでしょうか?」
「は、はい」
「その……」
彼女は深く頭を下げた。
「英雄騎士団を代表して、感謝を」
「あなたがいなければ、側面突破は防げませんでした」
「え……」
由香里は慌てて手を振る。
「わ、私……夢中で……」
「それが、なお恐ろしいのです」
女魔法士は、真剣な目で言った。
「達也様の“背中”を追っている時点で、
すでに英雄の領域に足を踏み入れている」
由香里は、少しだけ驚いた顔をして、
そして――父を見る。
達也は、何も言わない。
ただ、静かに頷いただけだった。
それが、
最大級の肯定だった。
⸻
「……あの」
今度は、別の女性騎士が、控えめに手を挙げる。
「由香里様……」
「その……達也様って……普段から……あんな感じなんですか?」
「……あんな?」
由香里は首を傾げる。
「えっと……」
少し考えてから、にこっと笑う。
「……家では、もっと親バカです」
「「「……っ!!」」」
決定打だった。
その瞬間、
砦の女性陣の間で、
英雄・達也という存在が、完全に“既婚者カテゴリ”へ移行した。
(……娘持ち)
(……しかも、あの可愛さで)
(……無理)
静かに、だが確実に、
戦後の空気は変わっていった。
⸻
ラーハルトは、改めて姿勢を正す。
「由香里様」
「よろしければ――英雄騎士団として、
正式に礼を尽くさせていただきたい」
「え!?」
「そ、そんな……!」
だが、達也が口を開く。
「いい経験になる」
「受けとけ」
「……はい」
由香里は、少し緊張しながら、胸を張った。
砦の上に、
戦場とは違う――
だが確かに、新しい伝説の始まりが刻まれつつあった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第39話は、激戦の直後にも関わらず、
あえて「大きな戦闘」を入れず、
空気の変化と人の視線に焦点を当ててみました。
・英雄達也の“戦場での顔”
・父としての“完全防御態勢”
・そして、その間に立たされる由香里
女性騎士たちの反応はややコミカルですが、
彼女たちにとってはかなり真剣な敗北(?)でもあります。
次回は――
砦の静けさとは裏腹に、
魔王側が本格的に動き出します。
由香里が「英雄の娘」としてではなく、
“明確な脅威”として認識され始める展開になりますので、
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
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