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第4話(前編) 紅音 ―崩壊する支配―

由香里の反撃によって、教室や学園の空気は一変する。

その瞬間を最も近くで見ていた紅音は、恐怖と混乱の中で何を思ったのか――。

そして、教師たちはその「事件」をどう隠そうとするのか。

ここから、学園の闇が少しずつ姿を現す。

紅音はトイレで崩れ落ちたまま動けないでいた。何が起こったかも理解できなかった。いや、現実逃避をしていた。


「何なの? あの子、あんなに強かったの? でも、あの子にあんな度胸があったなんて……」


目の前で起きた出来事が脳裏に焼き付いて離れない。頭の中で何度も何度も、まるでドラマの一場面のように映像が繰り返されていた。


そこに、時間を置いてから、あたかも「初めて気づいた」ような顔で斉藤先生が現れた。

加山さんの“躾”も終わった頃だと思い、何事もなかったかのように後始末に来たのだ。もちろん、新堂社長に「娘をくれぐれもよろしく」と頼まれたからである。


だが、目にした光景は予想とまるで逆だった。

紅音はトイレの入り口付近で放心状態。他の二人は意識がなく倒れていた。


「紅音さん、大丈夫? 何があったの?」

斉藤先生は動揺を隠しきれず、しかし保身のために冷静を装って紅音に声をかけた。


「あの子は……姉とは血がつながってないのに、なんであんな戦闘力があるの?」

紅音は呟きながら、ようやく斉藤先生の存在に気づいた。


「斉藤先生……早く救急車を。二人を病院へ」

腰が抜けて立ち上がれなかったが、それでも必死に言葉を紡ぐ。


「救急車はまずいわ。先生の車で病院まで運ぶから、他の先生を呼んでくるわ」

そう言うと、斉藤先生はトイレから出て行った。


「真田さん、水本さん……返事をして」

紅音は床を這いながら二人の元へと近づき、息があるか確かめた。


「息はあるわ……気絶しているだけ。よかった……」

紅音は安堵の表情で崩れ落ち、そのまま意識を失った。



「秋田先生、山形先生。二人でこの三人を学校のワゴン車に運んでください。幸いこのトイレは裏口に近いから、車を裏口につけて。今は授業中だから誰にも見られないわ」


斉藤先生は的確に指示を出しながら、すぐに誰かへ連絡を取っていた。


「申し訳ありません。子供のすることなので、ここまで大ごとになっているとは……」

秋田先生と山形先生は、その言葉を聞いて思った――報告の相手は、恐らく新堂社長だろうと。


学校の教室から見られないよう遠回りして病院へ向かうように秋田先生に伝えると、斉藤先生は山形先生と共に現場の隠蔽に動いた。


「個室のドアが破壊されて破片が飛び散っている……ドアの再生は不可能ね。

幸い、目撃者は当事者だけ。このトイレは閉鎖するしかないわね。『下水の詰まりで修理中』とでも張り紙しておいて」

山形先生にそう告げると、斉藤先生は足早にその場を去っていった。


「斉藤先生、どこへ?」

背後から山形先生が問う。


「理事長のところよ。校長もすでに来ているから、報告しないとね」

立ち止まらずに答えるその声は、どこか張り詰めていた。


「そちらはお任せします。僕は授業が終わる前にトイレを閉鎖します」

山形先生は淡々と答え、自分の役割を理解していた。


「お願いね。女子は好奇心旺盛だから、うっかり喋らないようにして」

釘を刺すように言い残し、斉藤先生は理事長室の前で立ち止まった。


呼吸を整え、一部の隙もなく状況を説明しなければならない――

真実を、捻じ曲げて。

由香里の反撃がもたらした波紋は、すでに学園全体を巻き込み始めていた。

紅音はただの傍観者ではいられず、教師たちは保身と忖度の渦に飲み込まれていく。

次回――「紅音 ―権力の影―」

理事長室で明かされる真実と、新堂家の暗い力関係が明らかになる。

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