第13話 光と影の再会
由香里の胸に芽生えた“誰かの温もり”。
それは失われたはずの父・達也の想いだった。
穏やかな朝を迎えた加山家。しかし、その平穏は長くは続かない。
闇はすでに、静かに忍び寄っていた――。
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
由香里はゆっくりと目を開ける。
まぶしさではない。
胸の奥で、何かが優しく灯っている。
――何かを、誰かを思い出しそうで思い出せない。
夢のような、遠い記憶。
ベッドに腰を下ろした指先に、かすかな温もりを感じた。
何もないはずの空間なのに、まるで誰かに手を握られているようだった。
「……誰?」
返事はない。
けれど、その沈黙の中に“確かに誰かがいる”と感じた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
ふと机の上の写真立てが目に留まる。
小さな自分と、優しく笑う父の姿。
由香里はそっと指でなぞり、震える声でつぶやいた。
「……お父さん」
言葉にした瞬間、空気が微かに震え、光の粒が舞い上がった。
その光の中で――達也は静かに娘を見つめていた。
(……やっと、ここまで来たな)
声にはならない。想いは届かない。
けれど、その瞳には確かな誇りが宿っていた。
(強くなったな、由香里)
涙が頬を伝う。悲しみではなく、温かさに包まれた涙。
「……ありがとう」
その言葉は風のように、彼の心を撫でていった。
達也は目を閉じ、微笑む。
(言葉は交わせなくても、それでいい)
あの日、自分を救った“誰か”の想いが、今、娘の心を照らしていた。
――
「由香里、早くしないと遅刻するわよ」
母・由香の声が階下から響く。
由香里は涙を拭い、制服に袖を通した。
胸の奥に残る温もりを抱いたまま、階段を降りていく。
「あなたはいつもギリギリなんだから」
「待ちくたびれた、早く食べようよ!」
「やっと起きたか、我が家のお姫様は」
母・由香、姉・久美、義父・正樹。
賑やかで、いつもの朝。
『ごめんなさい!』
正樹と由香里が同時に頭を下げ、母が呆れたように笑う。
「親子漫才はいいから早く!」
「では改めて――いただきます!」
四人の声が重なり、朝の光が優しく差し込む。
温かい日常。けれど、それは嵐の前の静けさだった。
――
「達兄、今夜が最後なんだね」
久美がぽつりと呟く。
「相変わらず勝手よね」
母・由香が眉をひそめる。
「まぁ、達也だからな」
正樹は新聞をたたみ、苦笑した。
「でも一番つらいのは、達兄なんだよ」
久美の声には、かすかな哀しみが滲んでいた。
「その女神とか言うの、張り倒してやりたいわ」
由香の言葉には怒りが混じる。
その瞬間――
「全能の女神に向かってそのセリフは看過できませんな」
上から静かな声が響いた。
「誰っ!?」
久美が顔を上げた瞬間、バタリと床に崩れ落ちる。
「久美!」
由香が叫ぶが、次の瞬間、彼女も意識を失った。
「五年前の方が強かったんじゃない?」
暗闇の中から、黒装束の女が姿を現す。
正樹も倒れ、部屋に静寂が訪れた。
「三人は無理だな。男は置いていくか」
上にいた黒装束の男が冷たく言う。
「まぁ、人質が二人いれば十分。
それにこの男には“伝言板”になってもらわないとね」
女はそう言って笑った。
その笑みは、まるで夜明けを嘲る闇のようだった。
父と娘、想いの再会。
そして、再び動き出す運命の歯車。
物語はいよいよ、現実と異世界が交錯する瞬間へ――。
次回 由香里と達也の怒りが爆発する。




