第11話【後編】絆 〜進化する若い才能〜
食後の穏やかな時間が一転、由香里の意識が切り替わり――再び達也が降臨する。
幻日流の奥義「暁月」を前に、久美と瑠璃、そして紅音までもが進化の瞬間を迎える。
若き才能が目覚める時、そこに生まれるのは新たな“絆”だった。
食事の後片付けを終えると、全員がリビングに集まった。
その瞬間、由香里がふっと力を失い、椅子にもたれかかった。
だが次の瞬間、瞳を開いて静かに立ち上がる。
――達也、降臨。
「すまんな、由香里。時間がないんでな」
声のトーンがいつもと違う。部屋の空気が一瞬で張りつめた。
「たっちゃん」
「たっくん」
「達也」
「達兄」
それぞれの呼び方で、みんなが口々に呼びかける。
「悪いな、みんな。協力してくれ」
達也の言葉に、全員が顔を見合わせ、静かに頷いた。
⸻
場所を道場に移すと、達也はすぐに指示を出した。
「これから――幻日流奥義《暁月》をやる。正樹、動画の撮影を頼む」
「久美と瑠璃はウォーミングアップ」
「由香と紅音は救急箱と酸素ボンベを用意して待機」
矢継ぎ早に飛ぶ言葉。まるで戦場の指揮官のようだった。
そして、達也が滑らかな動きで《暁月》の型を再現してみせる。
流れるような動き。無駄のない体捌き。見ているだけで息を呑むほど美しかった。
「久美、瑠璃。二人がかりで来い」
構えを取った達也の目が光る。
「二人がかり?そんなこと言っていいの?後悔するからね!」
久美が勢いよく踏み込み、拳を突き出す。
「舐められてますねぇ、それは!」
瑠璃も笑いながら飛び込んだ。
木刀と拳がぶつかる音、床を蹴る音、空気を切る風。
二人の連携攻撃にもかかわらず、達也は余裕の笑みを浮かべたままだ。
「もっと本気でこい! じゃないと俺も楽しめない!」
楽しげに笑うその声に、久美が吠える。
「言ってくれるじゃない! 瑠璃、本気でいくよ!」
「当然よ、負けないわ!」
二人が息を合わせた瞬間、攻防はさらに激しさを増した。
紅音は少し離れた場所で、食い入るようにその動きを見つめていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「力技じゃ……たっくんは倒せない」
その声に、久美と瑠璃が動きを止めかける。
「久美姉、瑠璃姉――もっと連携して!」
紅音の叫びに二人が振り返る。
「……あんた、私たちの動きが見えてるの?」
久美が目を見開く。
「まさか紅音、因子に――」
達也が彼女の前に歩み寄った。
「目覚めたか、紅音」
その言葉に、紅音の瞳が一瞬だけ光を帯びたように見えた。
「久美、瑠璃。少し休憩だ」
達也はタオルで汗を拭き、由香里特製の栄養ドリンクを一口飲む。
その場に集まったみんなの息づかいが、静けさの中に響いた。
「次は――久美と瑠璃。紅音を参謀につけて、俺を攻略してみろ」
「え、紅音を?なんで?」瑠璃が眉をひそめる。
「待って、瑠璃」久美が制した。「紅音の作戦に従えば、もしかしたら達兄を倒せるかもしれない」
「何言ってるの?紅音は今まで一度も私たちに勝ててないのよ?」
瑠璃の反論に、久美は静かに首を振る。
「……あの子、私たちの動きを完全に見てた。気づかなかった?」
「えっ? あの視線、紅音だったの? 久美か達也だと思ってたけど……」
瑠璃も小さく息を呑んだ。
「覚醒したのさ。紅音は」
達也の声が、まるで父のように誇らしげだった。
「なんで達兄がそんなに自慢げなのよ」
「まさか……達也が紅音に、何か教えたの?」
久美と瑠璃の問いに、達也はただ微笑むだけだった。
その微笑みの奥に――確かに見えた。
師として、父として、彼が信じる“若い才能”への希望が。
⸻
そして、戦いは再び始まる。
新たに目覚めた紅音の瞳が、確かな未来を見据えていた。
達也が指導者として見せた誇らしげな笑み。
紅音の中に眠っていた「因子」が覚醒したことで、戦いは次の段階へと進む。
仲間として、家族として――それぞれが強くなる理由を見つけ始めた。
次回、第12話「覚醒する血脈」では、さらに深い戦いと真実が明らかになる。




