第9話 英雄の帰還(前編)
異世界の空に最後の戦いが訪れる。
魔王ギガンデスとの死闘を終えた勇者・達也は、女神と創造神のもとへ向かう。
長き冒険の果てに彼が選ぶ“願い”とは――。
そして、それを拒む神々に、新たな存在が姿を現す。
これは、父としての“帰還”の物語の始まりである。
「これで最後だ」
全ての力を右拳に集中して、魔王ギガンデスの頭上まで飛ぶ。
「させるか勇者!」
魔王は頭上に飛ぶ勇者に向かって、自身の全開魔力を放った。
「そんなもので俺のこの拳が止められるか!」
輝く右拳が魔王の魔力弾を切り裂く。そのまま魔王の頭上に振り下ろされた。
魔王の額に亀裂が入り、その線が全身へと広がっていく。
達也を睨みつけながら、魔王の巨体は崩れ、やがて天空に吸い込まれるように消滅した。
静寂。
そして――山々の間からゆっくりと日が昇る。
その瞬間、歓喜の声が大地を震わせた。
この世界は今、救われた。
***
その夜、達也は女神の城に向かっていた。
豪華な装飾が並ぶ通路を進み、謁見室の前に立つ。
衛兵たちが六人がかりで重い扉を押し開けた。
長い回廊の先には、玉座に座る女神と、その横に立つ創造神の姿があった。
「……なんで女神が玉座に座ってるんだよ。座るなら創造神の方だろ」
そんなツッコミを飲み込みながら、達也は歩みを進めた。
「達也。この世界を救ってくれて感謝しています」
女神が頭を下げる。
「達也。これまで幾つもの世界を救ってくれたこと、心より感謝する。
今度こそ、願いを叶えよう」
創造神が確約するように言った。
達也は静かに口を開く。
「俺を――元いた世界に戻してほしい」
それが、ただひとつの願いだった。
家族のもとへ帰ること。
しかし、創造神の答えは冷たかった。
「達也……それは、ワシでも無理じゃ」
「願いは何でも叶うんじゃなかったのか!?」
達也は憤りを隠せなかった。
「過去に戻ることはできる。じゃが――お前はもうこの世界の人間なんじゃ。
元の世界は別の次元、そこには別の神がいる。ワシの力は及ばん」
説明を続ける創造神の声は、どこか悲しげだった。
だがその言葉に、達也の胸は怒りで煮えたぎる。
「それはなぁ、そこのバカ兄貴が、いろんな次元に因子をばら撒いたからだよ」
天井から声がした。
光が降り、そこに現れたのは――もう一人の創造神。
「アルバンよ。いきなり来るでない! 全宇宙会議以外、接触は禁じておると……!」
兄の創造神は慌てて声を上げる。
「堅いこと言うなよ兄貴。同じ創造神同士だろ?
それに、そこの人間に納得する説明をしなきゃ、また戦争になるぜ」
弟の創造神・アルバンは笑いながら肩をすくめた。
だがその瞳は真剣だった。
「わかっておる。だから正直に“できない”と言っておる」
兄の創造神は苦々しく言う。
「できないで納得するわけねぇだろ。そのために命張ってきたんだ」
アルバンの言葉に、達也は拳を握った。
「わかっておるが、出来ぬものは出来ぬのじゃ。この次元でのことなら何でも叶える。達也よ、分かってくれまいか」
――その時。
「じゃあ俺が叶えてやろう。その願い」
空気が震えた。アルバンの声が響く。
「何を言うのだ、アルバン! 期待を持たせて出来なかったら最悪になるのだぞ!」
兄が血相を変える。
「三日だ。三日間だけなら、俺の力でなんとかしよう。それが限界だ。どうだ達也」
アルバンが提案する。
「……本当に、俺の世界に戻れるのか? 三日間だけでも」
達也の声は震えていた。
「創造神である俺が誓ってやる」
粗野だが、確かな響きを持つその言葉。
達也の心に灯がともった。
「三日間でもいい。元の世界に戻してくれ。その後はこちらの世界で生きよう」
達也はそう答えた。
「すでに肉体は失われている。だから精神体として戻る。誰かの中に入ることになる。それでもいいか?」
「……特定の人物に入れるか?」
「できるが、誰にする?」
「娘だ。由香里に」
「わかった。ただし、“自分が父親とは名乗るな”。それが条件だ」
アルバンは静かに目を閉じた。
達也も目を閉じ、深く息を吐く。
「娘の今までの歩みを見せてくれ」
アルバンは光る球を創り出し、達也に渡す。
「これを持って娘のことを考えてみろ」
光の中に、少女の姿が映った。
幼き日の笑顔、涙、そして孤独に立ち向かう姿――。
達也の頬を、一筋の涙が伝った。
「アルバン。感謝する」
そして、静かに告げた。
「三日ほど――留守にする」
兄の創造神はただ頷いた。
「今だ」
アルバンが空間を開く。
達也の魂が光に包まれ、異なる世界へと送り出される。
ドオオオンッ!!!
「――借りるぜ。お前の身体。目、つぶってろ」
その瞬間、由香里の“もうひとつの時間”が動き出した。
達也が選んだ願いは、ただひとつ「家族のもとへ帰る」こと。
その想いに呼応するように現れた“もう一柱の神”が、運命の扉を開く。
次回――英雄は、娘の中へと帰る。
「英雄の帰還(後編)」で、親子の絆が静かに再び動き出す。




