宣戦布告
「分かった、これ佐々木さんに渡しとく」
僕はホテルを出たその足で長沢の働くバーに行った。
長沢に難波くんから受け取った薬を託した。
佐々木さんと言う人が例のマトリなんだろう。
あの後、ホテルを出て難波くんを家に返した。
「増田とは暫く会わない方が良い。今は目をつけられてる。多分その内警察に調べられる事になるから。もしかしたら難波くんも事情を聞かれたりするかも知れない。」
「…」
「難波くんには黙秘権もあるから、言いたく無い事は無理に話さなくて良い」
「…」
「もしかしたら薬物反応の検査もされるかも知れないけど、飲んで無いなら反応は出ない筈だから大丈夫だよ」
「…」
「他に…故意に盛られてたとしたら…どうなるか分からないけど…その時には一緒に考えてあげるから」
「…」
「じゃあ、寄り道しないで帰るんだよ」
「…」
難波くんは終始無言だった。
「多分これ以外でも証拠は出るだろうな。」
「そうか…」
「今、増田の身辺を洗ってるらしいんだが…」
「…」
早かれ遅かれ難波くんも取り調べられる事になるかも知れないな…
「どうやらな、薬物だけじゃ無いかも知れないぞ?」
「どう言う事だ?」
「マトリって後から知ったんだけど…警察じゃ無い、管轄は厚労省だ。捜査、逮捕は薬物関連のみの権限らしい。」
「ああ、僕は知ってたよ。ドラマなんかでも出てくるし。」
「そうか、まあ無知ですまんな。ってそれはどうでも良くて、増田の調査には今警察と協同して動いているらしい。」
「それって…」
「まあ、一般市民の俺には捜査内容は教えて貰えないだろうが…多分薬以外にもなんかやってるな、増田は」
「…」
難波くんは大丈夫だろうか?
あのまま大人しく帰ってくれてれば良いが…
ここに一緒に連れてきた方が良かっただろうか?
しかしホテルであんな事があったので、難波くんも気まずいかなと思ってあの場は別れた。
難波くんは行動が読めない所があるので不安になって来た。
そこが面白いと思っていたが、今は何も面白く無い。
それから数日経って増田が逮捕されたと長沢から教えて貰った。
色々心配だったが難波くんは学校に来ていたので、大丈夫だった様だ。
まあ何か聞かれたり、もしかしたら薬物反応を調べられたのかも知れないが…
最後に別れた日から難波くんと会ったり話す機会が無かった。
と言うより、避けられてるのかも知れない。
まあ、増田が逮捕されて当て馬としての僕も用済みになったのかも知れない。
その内受験シーズンとなり、3年生はほぼ学校に来る事は無く、卒業式の日を迎えた。
○○○○○○○○○○
「卒業おめでとう。難波くんと出会って、色々お喋り出来て楽しかったよ」
卒業式の後、難波くんに呼び出されたので、お別れの挨拶をした。
「何お別れの挨拶してんのセンセー、何か勘違いしてない?」
「んん?何だろう?」
「僕、センセーと別れて無いし、別れるつもりも無いからね。」
「そうなの?てっきり僕は用済みかと思ってたけど…」
「何言ってんの?僕、言ったじゃんセンセーが好きだから付き合ってって。」
「あー…確かに言ってたかも…でもどの辺りが好きなのかイマイチピンと来ないな…実際僕は生徒には皆に嫌われてるし。」
「僕、年上好きだし、センセーのカッコいい所って言ったよ?」
「確かに…言ってたかも…咄嗟に出た口から出まかせだと思ってた。」
「酷いなあ。プン」
「でもあの時はもう増田と付き合ってたよね?増田が沢山の人と付き合ってて嫉妬させたいからって言って無かった?」
「意味が違う。沢山の子と付き合ってる増田先生と僕が付き合ってる事をセンセーに心配して嫉妬して欲しかったの!」
「えー…何か説明不足って言うか…ややこし!分かりにく!」
「じゃあ僕を都合良く利用したいって…」
「自分からセンセーに浮気しちゃったから、増田先生に愛想尽かされて嫌われたら良いかなって思ったの!」
「多分あの告白の会話を第三者が聞いたら絶対難波くんの意図がわかる人居ないと思うよ…」
「自分でも言葉足らずな所は認めてる!国語苦手だったし」
「そうと分かってればもっとしっかり国語教えておくんだった…」
「僕はもう、高校卒業するし生徒じゃなくなるから、これからはちゃんと付き合ってくれる?」
「うーん、難波くんの事は嫌いじゃ無いんだけど…」
「子供だから抱けないの!?」
「年下だからとか子供だからでは無くて…今までも僕は好きな人じゃ無いと反応しないし、身体の関係にはならないかな。」
「どうしたら好きになるの?」
「今まで僕が付き合った人を客観的に分析してみると…面白い人が好きで…何考えてるか分からない様な人とか…話をして自分が考え付かない様な言葉をを返してきたり…行動が予想出来なかったり…その点は難波くんも当てはまるんだけど…」
「じゃあ僕の事もう好きじゃん!」
「後は…自立してる人かな…自分の意思で選択して行動してて…見た目じゃ無くて考え方なんかに吸引力みたいな魅力がある様な…お互い影響し合える様な…それでいてお互いを干渉しなくて…」
「それって年上しかいなくない?」
「まあそうなるよなあ。実際年上が多かったなあ。」
「そんなのズルい。」
「後は仕事が忙しくて体力的に誰かを抱きたいって気持ちになれないのが正直な所かなあ。」
「ナニソレ、本当におじさんになっちゃって…」
「実際おじさんなんだから仕方ないよ。」
「僕は諦めて無いからね!別れても無いし!覚悟しといてよね!」
そう言って難波くんは走り去って行った。
これは…バレンタインの時以来…
いや、それを上回る…
卒業式の乱
だなあ…




