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08 そういう時もある (父と父)

 見た目の通り、大里 源太(おおざと げんた)の父、大里 源二(おおざと げんじ)はとても頑固だった。

 口を開けば怒鳴り口調。常に顔をしかめているせいもあるが、元から強面顔のせいもあって常に怒っているようにさえ勘違いをされてしまう。背丈だって歳だと言うのに、現役の漁師ということもあってそこそこ大きいままだ。だから尚更に迫力のある頑固爺としてこの港町ではだいぶ有名な漁師の一人だった。

 くわえて源太もまた、そこそこ有名だった。名前は一文字違い。そして息子というだけあって、顔つきなんてそのままで背丈はさらに大きく成長した。同じ漁師で同じ船で常に大声で話をしているものだから、仲間内からまた喧嘩かと面白がられるのが常だった。



 源太は若い頃。それこそ二十前半あたりは、絶対に成功してやると意気込んでこの港町から出ていった時がある。若気の至りというものだ。

 結果として言えば成功はしなかった。だが、そこで今の嫁と出会い、この小さな港町に嫁いで来てくれたのだ。さらに言えば一人息子まで産んでくれたのだから果報者であるのは間違いない。



 近頃、一人息子の様子がどうもおかしい。

 確かに高校受験を控えているせいもあるだろうが、以前に比べて一気に会話をすることがなくなったのだ。

 何かに悩んでいるようだった。進路はほぼ決まっているようなものだが、それにしたって明らかに態度が違うのだ。しかも、いつもは外でサッカーをしているか、家で小さい画面を見ながらスマートフォンのゲームをしているかのどちらかだったが、近頃は源二の部屋によくいるようになった。

 息子は小さい頃から源二の部屋を好んでいた。何をしているわけでもない。ただ、読書家な源二が持っている本をぼうっと眺めているだけなのだ。当時それを見ていた源太はちょっとだけ自分の息子ながら怖いと思ってしまったのは内緒である。

 何か、やりたいことでもあるのだろうか。それならばそれを目指してくれれば良いと源太は思っている。

 父である源二も、その息子である源太もそろって漁師だ。しかも同じ船に乗っている。とはいえ、息子に跡を継いでほしいとは思っていない。何せ今の時代は多くのものが見ることが出来て、触れることが出来るのだ。それならばその中から適したものを掴んでほしいと源太は、息子の父としては考えている。

 というより、外に行くべきだと確信している。

 外を知らなければいけないのだ。こんな小さな場所にとどまらず、もっと、もっと広い場所へと行くべきなのだ。

 けども、やはり僅かばかりに冷たい隙間風が過ぎ去っていくような感覚はどうしたって拭えなかった。



 ほんの少しばかり緊張してしまうのには理由があった。


「なぁ、親父」

「ああ?」


 部屋を覗き込めば、源二は老眼鏡をかけ、真新しいコピー用紙に印刷された文字を追っていた。


「まぁたもらって来たのか?」

「悪いかよ」

「悪いとは言ってねぇだろ」


 喧嘩腰に近いいつものやり取りだ。普段はそこから一つや二つ、要件を伝えるだけで終えているが今日は違う。


「親父。良い酒もらったんだ。飲まねぇ?」


 どうせ明日は休む予定だ。だから多少の深酒だって許されるだろう。

 ようやく顔をあげた源二に、一升瓶と、適当に持ってきたコップを二つ掲げて見せれば、険しい顔をさらに険しくさせた。


「……酒だけかよ」

「今つまみも持ってきてやるよ」

「てめぇが用意しろよ」

「もう用意してるっての。両手ふさがってるだけで持ってこれねぇんだって」


 源二は嫁にひどく甘い。とにかく煩わせたくないと言わんばかりに、全て源太にやれと言って来るのだ。今みたいに。

 そしてちゃんと一定の距離は保ってくれているが、少しばかり気にし過ぎではないかと嫁が時折困った顔をしているのは今も変わらない。ただ源太からしてみれば、こんなものだろうと思うしかなかった。何せ他を知らないから。


「……へぇ、大吟醸かぁ。こりゃあ良いもんもらったな」

「飲まねぇからってさ」


 友人からもらったものだ。飲むのは発泡酒か焼酎ばかりで、日本酒は悪酔いするからとくれたのだ。結局これも貰い物だとかで、誰も飲まないからと高級な料理酒になるところ、源太の元にたどり着いたというわけだ。

 源太はほんの少しばかり大きな足音を立てながら台所に戻り、先ほど適当に作った肴をつまみ食いをしていた嫁の姿を見てつい笑ってしまった。

 嫁の分を取り分けた後、少しだけ減った肴を持って源二の元に戻れば、また小説に目を向けていた。


「別に読むなら読んでても良いけどよ」

「ああ? なんでお前の隣で読まなきゃならねぇんだ」


 なんとも理不尽すぎる。喉から出かけた言葉をどうにか飲み込み、隣にどかりと座った。小さいちゃぶ台に肴と酒を用意し、源二と自分のコップに酒を注いだ。

 乾杯なんてものはない。準備が出来たら、各々好き勝手に飲み始めるだけだ。

 ほんの少しの沈黙。だが、これは慣れたものだ。互いに世間話なんてそこまで得意な方ではない。とは言え、多少の居心地の悪さを感じるのは源二の部屋だからだろうか。


「あいつはあいつで考えてんぞ。ガキだけどな」

「……まぁ、まだ中学生だしなぁ」

「てめぇよりはしっかりしてる」

「余計だろ、それ」


 沈黙を先に破ったのは源二だった。あいつとは息子の事だ。

 この部屋に居座るようになってから、どうも源二とはそこそこ話はしているらしい。どんな話をしているのか気になるところだが、きっと源二は教えてはくれないだろう。

 むしろ源二は息子と比べてくるのだから、正直耳を塞ぎたくなってくる。


「本当、あの頃のお前ときたらなぁ」

「うるせぇ」


 昔を懐かしむように言う源二はあっという間に酒を飲み干す。源太は少しばかり間をあけ、酒を注いでやった。

 源二は当たり前のようにそれを受け入れ、また酒を飲む。


「本当、なんで戻ってきちまったんだ。お前はよぉ……」

「なんでって」


 酔いが回ってきたらしい源二から、初めてそんな文句を言われ、源太は答えに詰まった。

 まさか、戻ってくないとばかりに思っていたということなのか。一人でここにいるつもりだったのか。

 聞きたいことが山程浮かんできたが、代わりに出てきたのたった一言だけだった。


「……別に良いだろ。ここが良かったんだよ」

「はっ、そうかよ」


 理由というのはあまりに子供じみたことを言ってしまったが、源二は何が面白かったのかゆるく肩を上下に揺らした。

 ああ、そういえば、自分がガキの頃もこうやって話をしたなと思い出した。もちろんその時は酒ではなく、甘ったるいジュースだった。夏の夜風が心地よかった。けども、どんな話をしたのかは忘れてしまった。

 ただ、源二は今のようにゆるく肩を上下させて笑い、そうか、と楽しげに言っていた。


「……あのさぁ」

「んだよ」

「いや、まぁ。なんていうかさ」

「女々しいな。さっさと言いやがれ」


 源二に急かされ、つい、言ってしまった。


「あいつ、戻って来るとか言っていたか?」

「てめぇが話せ。あいつの親父だろうが」


 正論だ。だか、ここの所、会話らしい会話なんてしていないのだ。一体どうやって話せば良いのか本当に分からないのだ。だからつい、源二に聞いたわけなのだが、この様子では聞いていたとしても教えてはくれないだろう。


「で、てめぇは戻ってきてほしいって思ってんのか?」

「……いや、どっちでも良いとは思ってる。あいつが元気に過ごせるなら、どっちでも」

「じゃあ聞く必要はねぇだろ」


 結局のところ、不安なのは先が見えないからだった。

 今まで側で見ていたのだ。それがあと少しで見れなくなってしまう。それだけのことだ。それだけのことが、こんなにも大きな衝撃になるとは思わなかった。

 それでも、息子ならきっと、うまいことやれるだろう。なんて根拠の無い未来を思い浮かべた。


「だな」


 むしろ、そうだ。楽しまなければいけない。

 息子がどんな風になっていくのか。どんな出会いをしていくのか。

 源二が黙って見守ってくれたように。


「おい、これ、味濃いぞ」

「これがうまいんだって」

「せっかくの酒の味が分からなくなるだろうが」

「ああ? そんな繊細な舌なんてねぇだろ」


 うるさいと嫁に叱られるまで、後数分。

 結局はいつものように喧嘩腰の会話をしながら、互いに酒を注ぎつつ騒がしい夜を親子で過ごしたのだった。

めっきり会話がなくなった息子の後ろ姿に、父親として抱くこの複雑な感情を抑え込んだ。誇らしく、嬉しく、寂しくもあるこの感情を自分の父も同様に抱いたのだろうか。「なぁ、親父」日本酒と二つの杯を片手に年老いた父を呼ぶ。変わらない息子として見て欲しくなったなんて言えるはずなかった。

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