30 同じ風景の中で (彼女と彼)
毎日の日差しが強まるにつれ、海の青さは濃くなってくる。小さな白波に合わせて聞こえてくる波の音が心地よい。
あの頃から変わらない。この海岸線も、空も海も、この目に映る風景全て。その全てが彼女を心を満たしていた。
さすがにあの頃、学生の時に着ていたワンピースなんて着れないから、今日は滅多に着ることのない薄い緑のワンピースを着てみた。いたずらな潮風がふわり、とスカートを膨らませてくる。彼女は慌ててスカートを押さえた。
サンダルを履いたまま砂浜へ歩を進めれば、あっという間に飲み込もうとしてきて気づけば砂だらけだけども、そんな感触が面白くて笑みがこぼれてしまう。
あの頃も、同じように砂浜に足を取られるのが面白くって歩き回っていたことを彼女は思い出す。と、後ろからおーい、と彼が声をかけてきた。
彼女は振り返る。と、その先にはあの時と同じように古びたカメラを構える姿があった。
思わず彼女は顔をこわばらせてしまうと、彼はカメラを下ろして笑った。あの時と同じように。
「変顔すんなって」
「うるさいわね」
彼女もまた、あの時と同じ言葉で言い返す。と、彼はその時のことを思い出したのか、くしゃり、と顔を歪ませながらも器用に笑った。
「ほら、撮るぞ」
「ちょっと待ってよ」
膨らむスカートと、乱れる髪を押さえながらも彼女はレンズに視線を向けた。
潮風が通り抜ける中、シャッター音が妙にはっきりと聞こえた。
うまく笑っていられたかは分からない。けれども彼はとても満足そうに微笑むものだから、きっとうまく撮ってくれたのだろうと彼女はそう思った。
けど、それにしたって、だ。
「ほら、早く戻ろう。綺麗に撮れたんだ」
「フィルムカメラなのに、そんなのどうして分かるのよ」
「何度も撮ってれば分かるさ」
今は一眼レフとかいう素晴らしいカメラがあるというのに、写真家の彼はフィルムカメラにどうも強いこだわりを持っている。それで有名になったようなものではあるけども。
「一眼レフとか、そういうので撮ってくれると思ってたわ」
「それは次回だな」
砂浜に足を取られそうになる彼女の元へ、彼は急ぎ足で迎えに行き、手を取った。
あの時と同じ無邪気な笑顔で。けども、あの時とは違って、今度はちゃんと手を引いてくれた。
たったそれだけのことだというのに、彼女は少しばかり呼吸がつまりそうになり、ついつい誤魔化すためにその手を引っ張った。
「え、な、何だよ」
「別にぃ。けど、一枚だけで良かったの?」
「……後でたくさん撮らせてください」
「仕方がないわねぇ」
彼は耳を少しばかり赤く染める。この日差しのせいなのか、それとも恥ずかしさのせいなのか。
きっと、両方だ。
彼女は耐えきれずにクスクスと笑いながら、また海へと振り返る。そこにあるのは何一つ変わらない風景。潮風に混ざって、遠くの方からせっかちな蝉の声が届いてきた。
ああ、今年もまた、夏が来る。
あの時と変わらない場所。変わらない海。変わらない風景。久しぶりにレンズを向けられ緊張で顔が強張る。「変顔」「うるさいわね」あの時と同じ会話。通り過ぎる潮風に聞こえるシャッター音。貴方はあの頃と同じ無邪気な笑顔を見せて「早く戻ろう。綺麗に撮れたんだ」と手を引いてくれた。




