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03 隠れて (強面漁師と黒猫)

 大里 源二(おおざと げんじ)は人影のない小道をフラフラと一人、歩いていた。

 暦ではそろそろと残暑と呼ばれて、秋の色合いが見え隠れしても良いような時期だというのに、陽射しはまだまだ夏の暑さを残したままだ。いい加減にさっさと涼しくなれば良いのにと、内心悪態をついた。

 しかし源二はいつものように薄手だが長袖の上着を羽織っているのだから、もちろん暑いに決まっていた。が、とにかくこの上着を着て行かなければいけない理由があったのだ。

 人影のない小道を何度か曲がる。陽射しを避けるように日陰の下を選んで歩けば、まるで不審者のようにふらふらとしているように見えてしまうが、誰にも診られていないのだから問題はない。きっと。

 念のためと言うように周囲をぐるりと見渡すが、やはり誰も姿が見えない。

 ここも寂れてしまった、だなんて感傷を少し抱きながら源二は路地裏に足を踏み入れた。

 日陰ばかりの路地裏は表よりも涼しい海からの風が流れていた。生まれてからほとんどをこの港町で過ごしてきた源二にとってはこの潮の香りというものがよく分からなくなってくるが、この町のどこにいても潮の香りがするのだと息子の嫁は楽しげに話していたのを何故か思い出した。

 一体どうやってあれほど器量の良い嫁を見つけてきたのか、今でも不思議で仕方がないが、息子に問いただすなんて馬鹿馬鹿しい真似をしようとは思っていない。

 随分と静かになったなぁ、と源二は思う。

 人も、建物も、随分と少なくなった。しかし、それは仕方のない時代の流れのようなものだ。外の方が、ここにいるよりもずっと良いことぐらい源二にも理解が出来る。

 だから何故こんな辺境な港町に外から人がやってくるのかが全くもって分からないのだが、衰退しているこの町の現状を分かっていながらも住み続けている自分も似たようなものかと考えてしまう。

 何故帰ってきたのだろうか。未だにその問いを息子に問いかけることは出来ていない。



 みゃあ。



 源二は足を止め、視線を下へと向けた。


「誰にも見つかってねぇな」


 当然のことながら答えなんてない。と思ったら、黒猫が小さくにゃん、と返事をしてきた。

 偶然か、それか人の言葉にとりあえず反応しただけなのかは分からない。だが、返事のようなものがあったというだけで妙に撫で回したくなる衝動に駆られてしまいそうになってしまう。

 路地裏の奥まった場所。その付近に並ぶ家はほとんどが空き家ばかりになり、いつかはこの場所は更地になるかもしれない。そんな場所を住処にしている猫達は他の場所を住処にしている猫達よりもずいぶんと大人しく、かなりの人懐っこい。

 全く、面倒な奴らを残したものだと源二は内心文句を言い捨てた。だが、その相手は数年前に、海の中へと引っ越してしまった。引っ越しをするならば、その前に一言挨拶なりしていけ、と理不尽な文句をさらに重ねたが積み重なる重い心は未だにぬぐえないままだった。

 源二は中身の詰まったコンビニのビニール袋を上着の内ポケットから引っ張り出す。だいぶ生臭い匂いが漂ってきたが、今朝の漁のあまりものばかりだから新鮮なのは間違いないはずだ。


「待て待て、お前ら」


 待ち切れないと言わんばかりに、猫達がにゃあにゃあと集まってきた。そのうちのチビ達なんかは、よじ登ってこようとする始末だ。

 慌てて源二はビニール袋の中にある小魚達を地面に広げてやれば、猫達は一斉にそこに集まり、我先にと食べ始めた。どうやらだいぶ腹を空かしていたらしい。

 今年の夏は格別に暑かったが、どの猫達も変わらない様子だ。しかも食欲も変わらないのだから随分とたくましい。


「よし、食ったな。いや、もうねぇよ。ほら」


 空になったビニール袋を揺らし、両手を広げて見せる。

 もちろん猫達にはその行動が分かるはずもなく、むしろ遊んでくれると思ったのかズボンに飛びかかってきた。

 源二は慌てて後ろへとたたら踏み、ビニール袋を上着のポケットへと突っ込んだ。


「じゃあな。また来るからな」


 もちろん返事はない。当然のことだ。

 源二は来た道へ戻る為に足を進めようとすると、その足すら猫達は遊び道具だと思ったのか、また飛び掛かって来た。


「おい! 踏んじまうぞ!」


 つい、大きな声を出せば、猫達は驚いたのは慌てて散り散りに逃げ出した。

 ああ、しまった。気を付けていたのに。しかし、間違えて踏んでしまうよりはまだ良いはずだ。おそらく。

 次回はもう少し良い魚を持ってこようと源二は決めた。

 しかし今日は本当に危なかった。こそこそといつものように小魚を袋にぽいぽいと投げ入れていると息子が急にやって来たのだ。後少し気づくのが遅かったら見つかってしまっていた。

 この港町はとても小さい。誰もが顔見知りになるくらいだ。だからこんな隠れてやっていても、どうせ誰かは知っているはずだが、今は年々と少なくなっているだろう。

 いずれ。

 そういずれ、いつの日か、ここは忘れ去られるだろう。

 その時、猫達はきっと別の住処を探すだろう。もしくは、誰かがここを見つけるだろうか。

 そうであれば良いなぁ、と何とも女々しいと自覚しながら源二はゆっくりと人影のない静寂に満ちた小道に歩を進めた。

大股に歩く厳つい老年の男が、路地裏を覗き込む。それから周囲を見渡し、緊張した面持ちで路地裏に入りこんだ。「誰にも見つかってねぇな」老年の男は胸元から袋を取り出し、中身の魚を撒いた。周囲で寝ていた猫達は飛び起き、一目散に食べ始めたのを見て、満足げに去ったのだった。

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