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27 一枚だけが残された (古書店店長と写真家)

 気まぐれだったのかもしれない。いや、気まぐれだった。だから今もこれを残してしまっているのだ。

 あの時、捨ててしまえば。そうすれば良かった、はずだった。

 野崎 澄(のざき すみ)は何気なく取り出した写真を目の前に、息をついて天井を見上げた。



 今日もノザキ書店は閑古鳥。仕方がないと言えば仕方がない。取り扱っているのは古本ばかり。しかもここは寂れた小さな港町。やってくるお客と言えば、暇を持て余したご近所さん達。悪いとは思っていない。

 今や本はネットで売買が出来る時代だ。ここで営んでいようとも、売上にはほとんど影響が出ない程度には成り立っていた。

 とは言え、暇であることには変わりない。ああ、暇だ、暇だ。

 誰かこないだろうか。それともお店をもう閉めて、その当たりを歩き回ってしまおうか。

 そんなことを考えていれば、がらり、とガラス戸が開かれる音が聞こえた。すぐに澄は視線をそちらに向けてすぐ、盛大に顔をしかめた。

 そこに立っていたのは、澄の幼馴染でもある染岡 誠(そめおか まこと)だった。出入り口に立ったままの誠は、後ろ頭を掻きながら困ったような笑みを浮かべた。


「あー……やっぱり出直すわ」

「さっさと入りなさいよ」

「そんな顔して言われてもなぁ」

「こっちは暇なのよ。相手しなさいよ」


 机越しに置かれている誰も座ってない折りたたみのパイプ椅子を指しながら澄が言うと、誠はくしゃりと浮かべた笑みを深め、大人しく店内へと足を踏み入れた。


「ここって煙草良かったんだっけか?」


 椅子に座りながら誠が聞いてきたことに、澄はさらに顔を歪ませる。


「駄目に決まってるでしょ」

「これ一本だけ。頼むよ」


 ジーンズのポケットから少し潰れた煙草の箱を取り出して見せる誠に、澄は大きく息を吐き出した。


「灰皿はあるの」

「もちろん」

「一本だけよ。お茶いる?」

「お、悪いな」


 澄が仕方がないと許可を出してやれば、誠は嬉しそうに煙草をくわえ火をつけた。慣れた手つきを横目で見つつ、澄は奥に入り、すぐに湯呑に茶を入れて誠の前へと置いた。


「本でも買いに来た?」

「悪い、本は読まなくってさ」

「客じゃないのね。残念だわ」


 この幼馴染が本を読む姿なんて想像出来ないがあえて聞いてやれば、やはり首を横に振られた。

 わざとらしく肩をすくませながら澄はいつもの椅子に座り直し、深く背もたれに寄りかかって、目の前の男を見やった。


「それで? 一体どういう風の吹き回し? いっつも私が話しかけると逃げるっていうのに」

「逃げてるか?」

「すっごく余所余所しい」

「気のせいだろ」


 何かを誤魔化すように大きく煙草を吸い込んだ誠は、細い紫煙を吐き出しながら携帯灰皿に灰を落とした。

 変わらずに誤魔化し方が下手な誠が、ついには煙草を使うようになったことに澄は呆れながら仕方がないと話題を変えてやることにした。


「どこで写真を撮ってきたの? 国内?」

「おお、国内。さすがに海外は疲れてきた」

「まだそんな年じゃないでしょ」

「体力がいるんだよ。結構」


 誠は写真家だ。場所は国内外。選んでいる場所の理由は分からないが、名の知れた写真家になっていることに澄は幼馴染としては誇らしく、しかしどうしたって胸の内にある空洞というものは大きくなっていく一方だった。

 澄は、この空洞が何なのかをすでにもう知っている。けどもずっと目をそらしてきていた。

 適した言葉はもう見つけていたくせに、見つけていないふりをして今の今まで過ごしてきた。だというのに、何故、今更になってこの男はわざわざここにやってきたのだろうか。外でならば、あれこれと理由をつけて逃げることが出来るっていうのに。

 僅かな沈黙が店内に広がる。

 風が強いのか、ガタガタと安っぽいガラス戸がけたたましく鳴っている。近頃、開けにくくなってきたし、そろそろと見てもらう必要が出てきそうだとぼんやりと考えていると、ガラス戸の音にまぎれて誠の小さな声が耳に入り込んできた。


「……その写真」


 澄は無意識に何気なく机の上においていた写真へ手伸ばし、裏返した。

 別に見られたって困るものではない。むしろ、昔話をする良いきっかけになるはずだ。だが澄は何故か、この男には見られたくはないと思ってしまったのだ。


「まだ、持ってたのか」


 澄の行動に苦笑をこぼしつつ、細い紫煙を吐き出す誠に澄は視線を大きく反らした。


「……綺麗に撮れたからって無理やり渡してきたじゃないの」

「それはそうなんだけどさ」


 誠が写真家になる前。それこそ、この小さな港町で一緒に過ごしていた時に撮ってくれた一枚の写真。

 あの時の誠の笑顔を澄は一度たりとも忘れたことはない。

 夏の強い光に照らされる海のようだった。目が眩んでしまうのではないかと思ってしまうほどだった。

 だから、つい、受け取ってしまった。

 そして勝手に期待をして、それで勝手に、この町から出ていってしまった誠に裏切られたと思い込み、傷ついた。

 時々帰っては来るけども、澄からは逃げるような素振りばかりで。だから心の傷は余計に深まっていたというのに。

 それなのに、何故今更になってここにやってきたのか。

 澄は誠の考えなんてこれっぽっちも理解が出来ない。

 ただ、何故だろうか。澄が隠してしまった写真を目にした誠は、どうしてか苦しむように目を細めながら器用に笑みを浮かべていたのだ。

 どうしてそんな顔をするのか。だってこれは、貴方が置いていってしまった思い出だっていうのに。何故、そんな後悔したような顔をしているのか。

 澄は黙ってしまった誠に、声をかけることを止め、またガラス戸の向こうに見える景色を眺めることにした。

日差しで焼けた写真。最初の一枚。これがなければと何度思い、破りかけただろうか。「それ、まだ持っていたのか」紫煙を吐き出す写真家の視線から遠ざけるように、伏せて置いた。「貴方が綺麗に撮れたって無理やり渡してきたのに?」そして貴方は写真だけを残して、私を置いて行ってしまったわね。

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