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02 先は長く、しかし明るく (売れない作家と強面漁師)

 誰もいないコンビニエンスストアほど暇なものは無い。佐古 直仁(さこ なおひと)はくぁと口を押えずに大きな欠伸をした。


「……暇、だなぁ」


 この港町に来てもうどれくらい経っただろうか。ふと気になって指折り数えようとしたが、どうもはっきりと思い出せないので止めた。確かこっちに来て同時にこのコンビニエンスストアのバイトを始めたはずだったから余計に思い出したくもない。

 誰かが来れば気がまぎれるのに、と思ってみたが小さな駐車場には一台も車も、自転車も、人影も一切なかった。

 一緒に働いている店長はちょっと出てくると言ったっきりもう二時間ほど戻ってこない。きっとどこかで油を売っているのだろう。誰かに聞けばすぐに何をしていたか分かるのだから、堂々とサボってくると言えばいいのにと思いつつ、外に向けていた視線を少し上にあげて突き抜けるような青空を見て、眩しさを覚えた。


「……夏だなぁ」


 梅雨が通り過ぎ、気づけば夏も中盤にさしかかってきていた。直仁はガラス越しの外を眺めながら、小さく息を落とした。

 直仁は夏が嫌いだ。暑いし、汗でべたつくし、食欲なんてさらに無くしてふらふらになる。一度病院に担ぎこまれそうになった時だってあったが、当時はまだ都会にいた頃で、その時はエアコンもない部屋で必死に原稿を書いていたせいで熱中症になりかけた。しかし今はとても古いがエアコンもあって、さらに安い家賃で借りた部屋で過ごせると思えば随分と快適になったと言える。

 そうだ、どうせここにいるのだから今年は海水浴をしよう。そしてスイカを食べよう。

 と思ったが、そう言えば海水パンツがないことに気付いた。この町にある商店に売っているだろうか。いや、後でネットで買おう。この町の狭さと言ったらそれはもう、とても狭い。店長がどこで何をしていたのか誰に聞いてもすぐに分かるほど狭い。

 それを知っているからなんとなく買いに行くのが妙に躊躇われた。とは言え、スイカは食べたい。どうせならスイカ割りをしたい。一玉買えば、きっといつの間にか人は集まってくるのだから、むしろちょうど良いのではないかと思いついた。



 ここの住人達は何か始めようとすると、何故かぞろぞろと集まってくるのだ。

 好奇心が旺盛なのは素晴らしい。だがそこにお節介という言葉が無ければもっと良い。

 都会は冷たいと言うが、あれは別にパーソナルスペースが広かったり、自由を謳歌しているだけでそれほど冷たいというわけではない。加えて余所者の方がそこそこ集まっているからこそ、冷たいという空気感が産まれているだけだ。

 元から都会にしか住んだことのない直仁はそこにおそらく、とつけた。

 ああ、なんて面白くもない思考なのか。

 学生の頃から作家を志して、いくつも賞に応募をした。そのほとんどはかすりもしなかった。けども運よく書いた小説は書籍になり、書店に並んだ。しかし当然のことながら本は飛ぶように売れることはなかった。

 いずれ大作家になってやると家を飛び出したが良いものの、結果はこの有様。アルバイトで食いつなぎながら毎日毎日机に向かって小説を書き続ける日々。無理やりにひねり出したネタなんて、当然の如く読者にはかすりもしないし担当編集者には叩き返される。

 あんなにも身体の内から溢れていた文字たちが、気づけば両目から出てくる涙に姿を変えていた。

 限界だった。

 だから直仁は全財産をつぎ込んで、この遠く離れた港町へとやって来た。

 とにかくあの都会から、知っている場所から、人間から、喧騒から、音楽から、人工的な光から、全てから逃げる為に。

 あれから二年も過ぎていた。

 あまりにも呆気なく、あまりにも早く、あまりにも、心はずいぶんと穏やかなものへと変わっていった。

 ここの住人達は皆お節介焼きだ。あれほど嫌っていた人間だというのに、今はどうしようもなく話したくてたまらないのだ。だから暇さえあれば近所の古書店へ冷やかしに行き、近所の奥様方と立ち話に花を咲かせ、中学生達はもちろん小学生達にちょっと大げさに物事を話しては驚かせてみたり。

 次に身体の内から溢れ出てきたのは言葉ばかりだった。

 文字から涙へ。涙から言葉へ。だから直仁は帰宅してすぐに、今日どんな話をしたのかという記録を残すことにしている。いわゆるただの日記なのだが。

 そこから短編をいくつか書いてみたり、長編を書こうとしては手が止まり、散歩がてらにネタ探しという名の話し相手を日々探しては、また机を前にしっかりと座って文字を綴るようになった。

 そんな日々を繰り返してもう二年。人間という生き物は何ともしぶとく、適応力が高いものだと直仁はついつい自分のことであるはずなのに、他人事のように関心してしまった。

 ああ、そうだ。私小説なんて良いのかもしれない。早速帰ったら、今まで書き溜めた日記を読み返そうと決めた。

 と、ようやく軽い機械音の音楽と共に、自動扉が開かれた。


「いらっしゃいませー」


 平坦に慣れた言葉が無意識に出てきた。この前、客としてコンビニで買い物をしていた時に間違えて言いそうになってしまった時を思い出し、今後は気を付けなければと身を引き締めた。

 とはいえ、ここの人々はきっと笑って流してくれるだろうというのが手に取るように分かってしまい、すぐに直仁は力を緩めてしまった。

 そんな姿を見て、何故かため息をつくのは客としてやってきたこの町の老年の漁師である大里 源二(おおざと げんじ)だ。


「暇そうにしてんなぁ」

「あはは」


 まさしく暇なので、否定することもできずに笑って誤魔化した直仁は背後に並ぶ煙草達へと視線を向けた。


「いつもの煙草ですよね?」

「おう」


 歳は聞いていないが中学生の孫までいる現役漁師は、元気に煙草をふかしつつ朝早くから今日も今日とて沖に出ている。そろそろ引退したらどうだと周囲の漁師達が言っているらしいが、見た目通り頑固者の源二はそんな言葉には耳を貸さずにいるのだとか。

 一応、息子と共に漁をしているとのことだから何かが起きても大丈夫なのだろうが、それにしたって元気がすぎると直仁は常日頃ついつい思ってしまう。ついでに何か小説のネタにならない何かもってこないかな、なんて思っていたりもしているが今日もなさそうだ。

 いつものように源二がいつも吸っている煙草を二箱分、会計をする。源二はいつものようにポケットからお札を無動作に取り出し、お釣りの硬貨をぞんざいにまたポケットにしまい込んだ。

 いつだったか財布は持たないのかと聞いたら、取り出すのが面倒だからもっていないと明瞭な答えが返ってきた。なるほどそういう人もいるのかと直仁は小さな学びを得たが、それにしたって不用心である。いや、むしろ財布を持たないほうが安全なのか。だってまさかポケットの中に直にお金を突っ込んでいるのだ。スリ目的の人間が財布を盗もうとしたら何故かお金そのものだった。しかもお金を取り出すにしても、だいぶ手を入れなければいけないのだからすぐにバレてしまうだろう。

 うん、ちょっとお馬鹿なスリの話なんてどうだろうか。内容は思いつかないが。

 会計が終われば、源二はさっさとコンビニを後にする。が、今日は何故か違っていた。


「どうしたんですか?」


 そういえば今日はどこかに寄ってきたのだろうかと、片手にずっとぶら下げている白いビニール袋をつい見やると、何故かそのビニール袋はどかりとカウンターの上へと飛び乗ってきてしまった。

 よくよくビニール袋の中身を見ると、そこには大量の様々な種類の魚達の姿がこんにちは、と顔をのぞかせていた。


「やるよ」

「え、いやいやいや。やるって」

「何遠慮してんだよ。売れてねぇんだろ、先生よぉ」

「うぅ」


 直球や良し。今の直仁にとっては効果抜群で、心に大ダメージを食らわせるには十分すぎるものだった。

 しかしながら、どうしていきなり、と直仁はそれを問おうとする前に源二が先に超能力でも持っているのか、まさしく直仁が聞こうとしたことを答えてくれた。


「この前、くれた話だけどよ。あれ、なかなか面白かったぜ」


 この前、この前。と言われ、直仁は一呼吸置いてすぐに思い出した。

 まさしく頑固親父な海の男である源二は、意外にもかなりの読書家だ。家には大量の本が積み重なっているらしい。

 この町に来た時、直仁が小説家と聞いて真っ先に源二が訪ねてきたかと思うと、お前の小説を読ませろと開口一番に言われたのは懐かしい出来事だ。

 そこから書いた小説達は全て源二に読んでもらい、感想とこうして魚やら野菜やらをもらうだ。最初なんて金を渡されそうになったが、さすがにそれはと遠慮した結果である。


「そ、そうですか。それは、はい。良かったです」

「おう。で、あれはあれで終わりか?」

「一応短編のつもりで書いたものなので……」

「へぇ、そうかい。それは残念だな」


 心底残念がっていてくれているらしく、わずかに源二の声は落ちてしまった。つまりそれほど気に入ってくれた話だったということだ。


「まぁあれだ。気が向いたら続き書いてくれよ。ってことで、安すぎるかもしれねぇがその礼な」

「いつも言っていますけど、多いですって」

「それなら他の奴らにでも食わせておけよ」


 この町ではごもっともな意見であるが、それにしたって多い。もはやその為に渡しているのではないかとついつい疑ってしまう。


「とりあえず、これは焼いて食え。それだけでうめぇからな」

「あ、はい。分かりました、ありがとうございます」


 そう言って、源二は大量の魚達をカウンターの上に置いたまま、煙草二箱を片手に持ってそそくさとコンビニを後にして行ってしまった。

 残された直仁は取り残された魚達を見て、頭を抱えそうになった。

 さてはて、どうしてものか。

 一先ずもらった魚は、バックヤードの冷蔵庫に置いておくとして。しかしこの大量の魚を一人で、消費するのはなかなかに難しい。

 ああそうだ、バーベキューをしよう。グリルは無いから、ご近所さんからお借りして、肉の代わりに魚を焼こう。大丈夫、綺麗に洗って返せば問題ない。むしろ一緒にやっても良い。

 それでスイカ割りをしよう。うん、そうしよう。

 直仁はこの夏の予定を素早く立てた後、さて、なるべく大きなスイカはどこで手に入るだろうかと思案し始めたのだった。


 

 ああ、この夏もまたずいぶんと忙しくなりそうだ。

「先生よぉ」「な、何ですか」老年の厳つい男が、線の細い売れない作家を睨みつけた。「この前の話面白かったぜ。これ差し入れな」そう言って作家のバイト先であるコンビニに、わざわざ今朝の漁でとれたらしい魚を持ってくるのはどうかと思った。もちろん美味しく頂いた。

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