13 ぼくときみ (男子小学生と白い子猫)
学校の帰り道。いつもの曲がり角を曲がらないで真っすぐに進んでいく。ちょっとした寄り道だ。それにそんなに遠くじゃないからきっと見つかっても怒られない、はず。と、橋本 徹はそう思い込んだ。
別に皆、ちょっと寄り道したり、何だったら秘密基地まで作っているのだ。だからこれぐらいは大丈夫だ、きっと。それに何したって、これだから小学生はって言われるだけなんだから、きっと大丈夫だ。きっと。
見かけたのはつい昨日だった。白くて小さいものが誰も住んでいない古い家と家の間に入っていったのを見たのだ。つい気になってしまった徹は見てしまった翌日、好奇心のままにこっそりと入っていたそこへ足を踏みれた。
「あ、やっぱりいた!」
徹は目の前にいた、白くて小さな子猫を見つけて駆け寄りそうになり、慌ててゆっくりと歩み寄った。走ると子猫がびっくりして逃げてしまうことを徹は何度かやってようやく覚えた。だから今度こそはと逃げられないように静かに近づいたのだ。
白い子猫は徹の大きな声にびっくりしたように体を小さく跳ねさせたが、徹がゆっくりと近づいているのを見ると逃げるどころか駆け寄ってきた。
これはもう大丈夫、ということだ。徹はしゃがみ、足元まで駆け寄ってきた子猫に両手を伸ばした。もちろんだけど、ちゃんと優しく、だ。
「昨日ねぇ、きみの姿を見たから、ここにいるかなぁって思ったんだぁ」
子猫は伸びてきた通るの手に遠慮なくじゃれつき始めた。噛みついたり、小さな手でパンチしてきたり。お腹を出したから、そこに手を突っ込むと前足でしっかりと掴まれて後ろ足でたくさん蹴られた。ちょっとひりひりするけど、とても痛くはない。
「へへへぇ、かわいいねぇ」
にゃう。
「にゃー」
徹の声に反応して、子猫が鳴く。徹が真似て一つ鳴いてみると、子猫は今度はみゃあ、と鳴いた。
一匹と一人。互いにみゃあみゃあ、にゃあ、と交互にお話をしながら徹はぐるりと周りを見て、子猫に問いかけた。
「……きみ、お母さんはいないの?」
白い子猫は徹の手に戯れついたまま、答えない。分かっていることだが、寂しいものは寂しいなぁ、と徹は誤魔化すように鼻先を突いた。
「ぼく、お母さんいないんだぁ……」
嘘。本当はいる。けども、置いてどこかに行ってしまった。
ある日突然いなくなった。どうして、どうして、と泣きわめいたのを徹はちゃんと覚えている。父と一緒に泣いた。けども姉は泣かなかった。泣かない代わりに、ずっとどこかを睨んでいた。
どうしていなくなってしまったのだろうか。
誰もそれは教えてはくれない。誰がが何をしたか、なんて話はすぐに広まってしまうのに、どうしてか分からないまま。
だから徹は姉に聞いたのだ、一度だけ。
どうしていなくなったの、と。
姉はしばらく徹を凝視し、そして笑った。笑ったけど、泣いてしまいそうだった。
そして、分からないや、と言った。
たぶん、聞いたら駄目なことだったと徹は幼いながらに分かってしまった。だから徹はあれから何も聞いていない。
姉が時折、思い出したかのように何かに怒っていても、父が時折、夜遅くに一人で泣いてしまっていても。徹はただ、気づかず、見ず、聞こえないふりをし続けるしか出来なかった。
にゃん、と子猫が小さく鳴いたかと思うと、別の方からまた違うみゃあ、という鳴き声が聞こえた。
徹は子猫から顔を上げて、聞こえてきた方を見れば何匹かの子猫と、大きな猫が一匹、徹を見ていた。
「やっぱり、いるよね……」
そう、こんな場所で子猫が一匹だけいるなんてことはない。どこに言っても子猫の近くには兄弟がいて、そして親がいる。
徹と遊んでくれていた白い子猫はぴょん、と立ち上がりまっすぐに家族へと駆け寄った。橙色の光の中、子猫達は飽きずに一緒になって遊び始める。遠くから鴎の声が聞こえたと思ったら、今度は目の前にいるたぶんお母さん猫がみゃあ、と鳴いた。
早くお帰りなさい、と言うように。
徹は跳ねるように立ち上がった。
「さよなら! またね!」
去り際に猫達に手を降って、急いで徹は来た道を戻り、家へと駆け出す。何故だろうか、今すごく父と姉に会いたくなった。そしてただいまと言うのだ。けど父はいつも遅いから、今度はおかえりと言うのだ。
それで、それで。
早く大人になって、大好きな父と姉と、笑って過ごしたい。
徹は幼心に、大きな夢を抱き続けていた。
「きみ、お母さんはいないの?」少年の足にすり寄る子猫に問う。けれども子猫はにゃあと鳴き、軽い足取りで離れるとその先に猫の家族が待っていた。夕焼け空に鴎が鳴いて、次いで母猫がにゃあと鳴く。さよならと言っているようで、少年はさよならと手を振って家族が待っているはずの家に急いだ。




