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12 それは何か (姉と弟)

 なんで人は誰かを好きになるのだろう。

 橋本 香(はしもと かおり)は未だにそれがよく分からない。何せまだ中学生二年生。恋愛のれの字とは何かすら、まだ分からない年頃なのだ。

 と言っても、友達は恋をした。相手は一つ上の先輩だ。小学生の時からずっと片想いを抱いていると香は知っているが、何故そう長く恋を抱いていられるのか、本当に香には理解が出来なかった。

 理由があるとすれば、きっと母の事だった。

 香の母は、香と弟と父を置いてどこかに行ってしまった。

 母の生まれはこの港町だ。一度、同じように高校へと通うために外へと出て行ったが、戻って来て父と結婚し、香と弟を産んだ。とても幸せな日々だった。ずっと、ずっとこの幸せが続くと思っていた。

 そんなものは幻想だった。いつの間にか、母は香達を置いてどこかへと行って消えてしまったから。その日、消えたのは母だけではなかった。この小さな港町に住んでいた男もいつの間にか消えていたという。

 当時は分からなかったが、今になって分かってしまった。

 ああ、二人は駆け落ちをしたのだ、と。

 父は泣いていた。耐えきれずに香と弟の前で涙を流し、変な顔をして、心配かけまいと笑おうとしていた。そして弟はずっと泣いていた。わんわんと二人は泣いていた。

 あの日の喪失と、怒りを未だに香は忘れていない。

 好きになったから結婚までしたのではないのか。その時は好きだったけれども、冷めてしまったから仕方がないというのだろうか。それなら何故、子供まで作ったのだろうか。相手が欲しいと言ったから仕方がなくというのだろうか。

 別の人を好きになったからと、そんな、裏切るような真似をどうして。

 いや、知ろうとは思わない。ただ、二度とここへは戻ってこないでほしいと香は願っている。今も、ずっと。



 だから、香は恋というものを理解することが出来ないでいる。

 けども、友達の恋というものの応援はしっかりとやろうと決めている。理解は出来ないが、恋をしている友達はとても美しかったから。静かな海が、太陽の光できらきらと輝くようだった。夕方の、橙に一面に染まる海のようだった。月明かりで出来た、海の細い光の道のようだった。

 恋は人を美しくする。今の香には、これ以上のことを理解することは出来なかった。

 そんなことよりも、香には大事なものがある。

 小さな港町の小さな学校。そこに通っている生徒なんて数えられるほど。だから小学校と中学校は一つにまとめられている。

 そのグラウンドには小学生と中学生が一緒に使っている。中学生達は部活動を。小学生達はただ遊んでいるだけ。香は小学生達が遊んでいる場所に近づいて大きく息を吸い込んだ。


「迎えに来たよー!」

「あ、お姉ちゃん!」


 今日はサッカーをして遊んでいたらしい。弟の橋本 徹(はしもと とおる)は、友達に帰るねと一声言った後、隅っこに置いてあったランドセルを掴んで元気に香のもとまで駆けてきた。


「早いよ! まだ時間になってないし!」

「もう暗くなるから駄目よ」

「えー!」


 文句を言う徹の言葉を聞き流す。


「ほら、ちゃんとランドセル背負って」

「はぁい」


 手に持ったままのランドセルをちゃんと背負わせながら、香は今日の徹の汚れ具合を確認する。

 うん、やっぱりよく分からない砂汚れがひどい。泥よりはマシだろうが、それにしたって毎日の洗濯は本当に大変だ。

 本当になんでこんなに汚れてくるのかが意味が分からないが、祖母やご近所の人から聞けば元気な印でとても良いと言う事らしい。

 母がいない我が家のことを気にかけてくれる大人達は多いし、祖母も家は違うし毎日ではないが様子を見に来てくれている。後はご飯だって作ってくれる。もう一緒に住めば良いのにと思ったが、祖母は一人で過ごしたいらしい。

 そんなことを考えていると、徹から、あ、とまるで何か思いついたかのような声が耳に入った。


「お姉ちゃん。今日、ハンバーグ食べたい」

「ハンバーグ? えー、どうだったかなぁ」


 香はすぐに冷蔵庫、冷凍庫に残っている食材の思い出す。冷凍庫には使っていないひき肉。祖母がくれた野菜の数々に卵。大きいものは作れないけど、一緒に作るのなら小さくたって構わない。


「うん、いいよ。それじゃ、一緒に作ろ」

「やった!」


 徹が料理を面倒くさがらない子で良かったと、香は改めて思う。母のいない我が家では基本的に香が料理をする。もちろん祖母も作りに来る。そして徹もたまにだけども一緒に作る。おかげで作らないのは父だけだ。

 けども父が作らないのも仕方がない。自分たちのためにと頑張って働いてくれているのだから。


「どっちが家に早く着くか競争しよ」

「うん、やる!」


 日が海に落ちれば一気に周囲は暗くなる。足元だってよく見ないと転んでしまうほどだ。

 だから香はそうなる前に家に早く帰るためにと提案してみれば、徹は簡単に頷いてくれた。いつまでこんなに純粋な弟でいてくれるんだろう、なんてちょっとだけ不安になったけれども、今考えることじゃないと香は転ばないように足元を注意しながら駆け出した。

 そうして駆け出して、後少しで家にたどり着くという時、徹が声を上げた。


「あ、お父さんの車だ!」

「あれ、今日早いんだ」


 父はいつも夜遅くにならないと帰ってこない。けども今日は何故かいつも無いはずの父の車があった。

 もしかして今日、何か悪いことでもあったのだろうか。

 香は不安を抱きながらも、急いで家の前にたどり着き、息を整える間もなく玄関の扉を開けた。



 聞けば今日、父はお休みだったとか。だから頑張って料理をしてみたんだとか。

 父が作ってくれたハンバーグはだいぶ黒かったけど、どれもが美味しかった。結局冷凍庫のひき肉は残ったままだが、明日は父の好きな麻婆豆腐を作ろうと香は決めた。

 恋はまだ知らない。けど、香はこの家族に対する愛をよく知っているだけで十分満足だった。

恋する友は美しかった。恋した母は家から消えた。恋とは何かと彼女は考える。美しくさせて狂わすそれを、彼女はけれども知るのを拒んだ。「今日、ハンバーグ食べたい」「うん、いいよ」それよりも、腹をすかせた弟に今日の夕食を作るほうが大事だと、弟と家までかけっこをした。

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